エピローグ
「あ~すっかり夕暮れ時だね」
「そうっすね~」
周平と秘都美がいたのは、他に誰もいない生徒会室。太陽は西に沈み始めていて、茜色の日差しを一瞬だけ灯らせて、その後は夜の世界だ。
周平が休んでいた一日で、生徒会の仕事が山ほどたまるというわけもなく、二人がここにいたのは、事の成り行きで、ある意味習慣のようなものだった。
成り行きと言うのは、野次馬たちに事の顛末を告げることで、昼休みは、はる子とその両親との面会だけで終わってしまったので、放課後に生徒会の面々とその他親しい人たちに話を聞かせたのだ。こういうときには生徒会室が最も都合が良いのだ。もちろん、全部を洗いざらい話したわけではなかったけれど、周平としては、話せるところは全部話したつもりだった。
「ね~。シュウくん」
「なんすか、先輩」
「ありがとね。いろいろと」
「どうしたんですか。いきなり」
何を思うこともなく、ボケーと外を見ていた周平は、突然の感謝の言葉に戸惑った。けれど、言った当人も、別に特別な意味があってそんなことを言ったわけではないようだった。なんとなく、過ごしている日々と、なんだかんだと言って付き合ってくれている周平への日頃の感謝。それと、今回のデートの件の感謝が合わさっての言葉なのだろう。ごめんではなくて、ありがとうと言えたことが、ちょっとした成長かなと周平は思った。
「なんとなく、そういいたくなっただけだよ。もう下校しなきゃいけない時間だね、いこっか」
「そうですね」
周平は荷物をもって立ち上がり、秘都美は彼の手をとってそれに自分の手を合わせた。
「はる子ちゃんのネックレス、楽しみだね」
「う~ん、学校にはしてこれないかもしれないですけどね。あの大きさの赤い石が服となると、服の下に入れても目立ちますし」
「それなら大丈夫だよ。大きさは小さくしてくれるらしいから。シュウくんのいないところで交渉してくちゃった。
そういえばさシュウくんよ。あの神解きとかいう魔法。ってどうなっているの? 単純に雷属性の魔法をぶっぱなしただけじゃあ、あれだけの魔力を消費するとは思えないんだけど」
「ああ、あれですか……」
神解き。
周平が、地下ドームで最後の一手としてはなった大技だ。
「まあ別に、隠すようなことはないんですけどね。ただ、説明に困るというか説明が面倒というか、あれ結局、複合魔法なんです」
「複合魔法?」
「そうです。ある一つの魔法を神解きって言っているわけではなくって、複数の魔法によって引き起こされる事象を神解きって言ってるわけです」
「ほーなるほどね。それで、どんな魔法を使ってるの?」
「簡易的な刻印系の魔法と、無系統の振動魔法と増幅魔法。それプラス雷系統の魔法です」
出てくる系統が様々すぎて、はじめ整理に戸惑っていた仁だったが、少し考えてから、なんとなく納得した顔になる。
「これもしかして、魔法陣作っていたの?」
「正解です。さすがですね」
刻印系統の魔法は、もちろんのこと魔力を流し込んで魔法を発動する魔法陣に使われることが多い。というよりも、魔法陣を効率よく作るための魔法が刻印系統の魔法だといってもいいくらいだ。
「大気中に電流で小さな魔法陣を作って、増幅魔法でそれを一気に大きくします。そのあと、出来上がった巨大な魔法陣に、必要な魔力を注ぎ込むんですよ。基本的に、魔法陣は大木kれば大きいほど魔力を吸い、大きな威力の魔法を発動できますからね。ついでに、振動魔法は空気を振動させて、魔法で出来上がった雷の通りをよくするために使います」
「それさぁ、発動に何秒かかるの?」
「下準備混みで二秒くらいですかね。普通の魔法よりも溜めが大きいし、大気に電流で刻印して魔法陣を作るのって、概念の相違があるからなかなか難しいので燃費は異常にかかりますけど、今自分が何の準備もなく使える魔法の中では、一番威力が高いのがこの組み合わせなんですよ」
「はぁ、脱帽ものだね。半分キチガイみたいな魔法だよこれ。まず一手目が難しいし、そのあとの増幅で、魔法陣をそのままきれいに広げるなんて、まさに神業だよ」
秘都美の惜しみない賛辞の言葉に、周平は少しだけ照れた。そして、一つだけ言いたかったことをいう覚悟を決めた。
「……先輩」
「あのさぁシュウくん。そろそろさ、二人でいるときくらい『先輩』はやめない?」
「……秘都美先輩?」
「怒るよ?」
冗談っぽく言ったその言葉に、ツンと口をとがらせる秘都美に、周平は子供だなぁと思いながら要望を聞くとにした。そうしないと話が先に進みそうになかったから。
「……秘都美」
「合格。な~に?」
「秘都美がいつも一緒にいてくれることも、駄々こねることも、ちょっかいばっかり出してくることも、俺は別に嫌だと思っていませんから。だから、二人の間に何かあったときに、勝手に自分が悪いとか思わないでくださいね。神解きも、秘都美のために作った魔法だから」
奈良でのことも、今回の襲撃事件のことも、なんだかんだいって秘都美は自分自身に責任を押し付けようとするところがある。
普段はあれだけ自由奔放に生きているくせに、こういうときだけ神経質なのだ。
むしろこれも、自分勝手なのかもしれないと思うほどに。
「俺は別に、押し付けられて秘都美の恋人をしているわけじゃないですから」
「……シュウくん」
「なんですか」
「泣いてもいい??」
上目遣いのその瞳には、涙がなみなみと入っていて、今にも溢れ出しそうだった。
「いいですよ。気が済むまで泣いちゃってください」
その言葉を聞いて、秘都美は周平の胸に顔を埋める。
彼女には、決して少なくない負目があった。シラハの医務室で周平に言っただけじゃ全然足らない、たくさんの後悔があった。周平に言いたいとも、一緒にやりたいことも山ほどあった。でもそれで、本当に周平が嬉しいのか、楽しんでくれるのか、それにはたくさんの疑問があった。彼の目を引くために、自分に気を止めてもらうために、ちょっと以上の無茶をしたことも少なくはない。
それでも、周平は自分の事を受入れてくれると言うことが。本当に心の底から嬉しかった。
数分間。秘都美は周平の胸の中にいた。
そして、ひとしきり泣いてその涙を拭うと、今度はとびっきりの笑顔を作った。
「シュウくん。私、シュウくんのこと大好きだからね」
その言葉に、周平も笑顔で応えた。
「俺もです」
茜色の夕日が差す教室で、二人の視線が重なり融け合って、最後に口付けが交わされた。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
周平と秘都美のお話を書きたいともって始めたこの話なのですが、想像以上に長くなってしまいました。
またどこかで会えることを期待しております。それでは。