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二日後。
一日休んで、周平はすぐに学校に復帰した。
そしていつも通り生活を送って、いつも通り生徒会議室に昼食を食べに行った。もちろんというか何というか、秘都美とのデートが日曜日にあって、実は裏でいろいろあったらしいと言う噂が流れていて、それはどうも生徒会議室に集まっていた面々としても、例外ではなかったようだった。
「で、で、どうなったの周平?」
例によって、一番初めに何のためらいもなく口火を切ったのは、涼稀だった。
いつものようにというか、いつも以上に楽しそうな様子なのはだれの目から見ても明らか。そんな彼に、周平は少しムッとした表情で応える。
「なあ涼稀。もうちょっと抑えろよ」
「いやあ、だって、ここにいる全員が、日曜日に何があったのか知りたがってるよ。もしかしたら、重大な事件があったんじゃないかって」
「なんもねぇよ。俺が死にかけただけだ」
「マジで??」
自分のせいではあったが、周平自身は本気の命の削り合いをしていたのだ。それに、涼稀のことだから、本当は一昨日あったことを知っているのではないかという思いもあり、周平はちょっとイラッと来たのだが、涼稀の反応を見てみると、どうやらこいつはマジで本当のことを知らないのではないかと思った。
「俺が日曜日に行ったところは?」
「ショッピングモール『シラハ』。たしか、会長の家がやっている会社だよね」
「じゃ、これは?」
周平は、自分の諜報端末を涼稀に見せる。正確には、その端末につけている「トラさん」のストラップを。
「あ、それ今じゃ生産停止になってるストラップでしょ。たしか、ひと姉もつけてたよね?」
「うん。そうだよ」
秘都美の嬉しそうな笑顔を視界の端に捉えて内心少し喜びながら、周平はもう一つ質問をする。
「ショッピングモール『シラハ』のもう一つの顔は?」
「有事の際の超巨大シェルター。もしかして周平、間違えてシェルターに迷い込んで出られなくなって死にかけたの?」
「で、そんだけ知ってて、おまえ本気でなんも知らないの??」
「あれ、違った?? 二人で楽しくデートを楽しんでほしかったから、今回はさすがのおれもみんなにデートの情報をばらさないでいたし、探ることもしなかったんだよ」
「そーか。じゃあ、この話は秘都美と俺だけの秘密だ」
「え! 何それ! 探らなかったから、今回はおれなんにもしらないんだよ?
だから今日のこの時間をすごい楽しみにしてたのに!!」
ダン!! と机をたたいて起立する涼稀だったが、周平は周平で難しい顔で腕組みをしていた。
「そもそもさぁ、親友と従妹のカップルを偵察するのって相当立ち悪くねぇか??
俺は親友として、こうやってこそこそ探し回ってお前を心配するぞ。そのうち紫乃のことも他の男と話したりしないかとかいう理由でストーカーするんじゃねぇの??」
「わ、私は浮気なんかしないですよ!?」
「だいじょーぶ。おれは紫乃のこと信じてるからね」
「涼くん。茶番は向こうでやってよ。お姉さんちょっと恥ずかしいよ」
「さすがに青影先輩にだけは涼稀も言われたくないと思うんですけど」
と言う周平の言葉に、その場にいた全員がウンウンと頷いた。
これについて秘都美が何か言おうとしたとき、ちょうど校内放送がかかった。
『一年、金糸雀周平君。二年、青影秘都美さん。三年、天白氷華さん。緑谷駿太郎君。至急、職員室まで来て下さい。繰り返します……』
周平と秘都美は顔を合わせて頷くと、途中までしか食べていないお弁当を片付け始めた。思い当たることは一つしか無い。
「つー訳で行ってくるから。涼稀、次の授業実習だから遅れたら先生に適当に言っておいてくれよ。放課後にでも課題やるからって」
「りょーかい。その代わり、何があったのかちゃんと教えてね」
「ほ~ら行くよ周平君」
周平がちゃんと返事をする前に、秘都美は周平の右腕をつかんで引っ張っていく。
現状では、部外者の涼稀たちに昨日あったことを言えると約束することはできなかった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
職員室に呼ばれた周平たちは、早速応接間に通された。職員室の端にある相談用の個室ではなくて応接間にと言われた時点で「まさか」と思っていたが、その「まさか」が本当に「まさか」だった。
「あ、お姉ちゃんとお兄ちゃん!!」
入ってきた四人組に最初に反応したのは、はる子だった。
タタタ、と走って行って、秘都美に抱きついた。
その後ろでは、彼女の両親が頭を下げていた。
「とにかく、お掛けになって下さい」
ここではる子の両親にソファへ座ることを勧めたのは、駿太郎だった。なぜかここには教師が呼ばれていないから、ここでこういった役を引き受けるのは、次期緑谷家の当主と言われている彼がするのが最も理にかなっていた。聡音家も魔法師家系の末席に身を置く家柄であるため、年下といえども、家柄、実力ともに抜きん出た駿太郎に進行を任せることに異存は無かった。
「聡音はる子の父、聡音治彦と妻の実沙です。娘を助けていただいて、本当にありがとうございました」
それぞれが席に座って、一段落すると、はる子の両親が再び頭を下げた。
「いいえ。偶然が重なって、この二名がはる子ちゃんと出会う事になりました。そこからは、彼らは当然のことをしたまでと言っています」
「そうです。私たちも、はる子ちゃんとあえてとてもよかったです」
「まったく、感謝のしようもありません。はる子がいなくなってからは、生きている心地がしませんでした」
そういって、両親は深々と頭を下げる。氷華や駿太郎はお家柄からこういったことに慣れてはいるが、秘都美と周平はどうすればいいよかわからずに気まずいまま黙っている。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。ありがとうございました。パパとママとおはなしして、これをあげることにしました」
その雰囲気を悟ってか悟らずにか、はる子はポケットの中から二つの赤い石を取り出した。その石に、周平は見覚えがあった。
「これは、はる子ちゃんのネックレスにあったものと同じものですか??」
ショッピングモールのフードコートで初めて会ったとき、はる子がつけていたネックレスにはめてあった赤い石。
「そうですね。この石のことを刻印石というのですが、ここにある刻印石は、はる子がつけていたものとほとんど同じものです」
「もしかして、それが??」
「その通りです。はる子に護身用に着けていたお守りで、周囲からの認識を受けにくくする魔法が刻印されています。発動を促す魔法を使うと、半径五メートルにわたって定義されたものが認識されなくなる魔法が発動します。ただ、魔法の発動は一方的でして、一度発動すると、魔法の効果時間が切れるか、石が破壊されるまでは効果が続行してしまうのです」
なるほど。それではる子は周りからみられることがなかったのか。と、いう納得の声が上がると同時に、もう一つの疑問が出てきた。どうして、見えないはずのはる子が、周平と秘都美には見えたのかという疑問だ。
「それについてですが、この魔法はやはりまだ開発途上でして、ものを見えなくするという透明マントなわけではなく、そこにあるけれど、見た者が特別興味を示さなくなる魔法なのです。ですから、はる子が強い好奇心をもつと、それが刻印石の効果を押しのけてしまうのです。おそらく、周平君と秘都美さんに魅かれたのでしょうね。こんなおそろいのカップルはあまりいませんから」
「え、いや……それはっ」
「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
おどおどする周平に対して、秘都美は飛び切りの笑顔で答えた。
「やはり、探知できる魔法構造にはできなかったのですか?」
「ええ、本来ならばそれを盛り込むべきだったのですが、これを娘に渡した当時にはまだその技術が確立していませんでした」
が、しかし。といって、治彦は言葉を続けた。
「この刻印石の開発の最終段階まで来ておりまして、周平君と秘都美さんには、最新型の刻印石の試作品を受け取っていただきたいと思っています。術の発動については今後説明させていただきますが、受け取っていただけるでしょうか??」
「そんな、高価なもの受け取ってもいいのですか??」
「ええ、娘の音字であるならば当然のことです」
治彦の表情に裏があると周平には思えなかったし、彼らの思いを無駄にするなんてことはできなかったけど、彼は首を横に振った。
「申し訳ありませんけど、僕にはそれを受け取ることができません」
「理由を聞いてもいいですか?」
「はい。僕がはる子ちゃんを見つけることができたのは本当に偶然ですし、天白先輩と緑谷先輩の方がこの件には深くかかわっていると思います。それに僕も、先輩方に助けられてはる子ちゃんを助けることができました。本来、報酬を受け取るべきは僕らではなくて先輩方です」
「私も、周平君の言う通りだと思います。それに、その刻印石は私たちには少し荷が重すぎます。なんだって出来ちゃう石ですからね。でもその代わり、一つだけ欲しいものがるのですがいいですか?」
「もちろん。私たちにできることであれば何でも言ってください」
「私たちにも、その赤い石でできたネックレスをプレゼントしていただいてもいいですか? 刻印は無しで」
治彦と実沙は、そんなことで本当にいいのか? といった表情をしたが、周平もそれで納得した。というか、そのほうがいいと思った。
「できればペアにしていただけると嬉しいですね。僕と秘都美先輩とはる子ちゃんで」
「分かりました。また機会を設けてお渡しします」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、また会えるの?」
両親の間にお行儀よく座っていたはる子が立ち上がって、二人を見る。
「そうだね。また会えるよ」
「楽しみにしといてね」
それに、周平と秘都美は笑顔で答えた。