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 米雲の考えは、ある程度上手くいっていた。緑谷家からの応援に、次期当主と言われている駿太郎が顔を出していたことには驚いていたようだったが、それもうれしい誤算とも言えるだろう。当主が簡単に前線に出てこれない以上は、これ以上に頼りになる者はいない。


『指定場所のゲートの強化は終了した』


 駿太郎は、爆発のあった喫茶店ではなく、普段はショッピングモール内を監視するための制御室で、米雲の指示に従っている。米雲と雨城、そして秘都美は、そのまま喫茶店にいた。応急的な手当てを受けた人々は、自力で動ける者は、自力でショッピングモール内の救護室に行き、移動ができない者は、救護室からの助けを待ち、それも先ほどの一人で運び終えていた。よって、この空間にいるのは三人だけだ。


 本来ならば、襲撃のあったこの場所ではなく、駿太郎がいる制御室に向かうべきであるが、刻一を争う事態において、移動によるロスは無視できなかった。


「ここのかどを左に曲がれば、あとは行き止まりだ。座標はさっき教えた通り。動きが鈍くなった瞬間、いけるな?」


 米雲は秘都美の方を見向きもせず、端末を操作しているが、それは彼女への信頼の現れでもあった。怪我人の搬送には、彼女の魔法が一役買っていたし、その移動の正確さは目を見張るものがあった。


「了解です」


 その期待に気付いているのか否か、秘都美は彼女のためにはっきりと返事をする。

 端末との睨めっこと、時を見ての駿太郎との連絡事が繰り返されて、米雲はついに秘都美に次の指示を出した。


「行け」

「はいっ」


 座標も、やらなければならないことも、頭の中に入っている。だからただそれだけの返事で、秘都美は最も使い慣れた魔法を発動した。

 一拍置いて、彼女の姿が消える。



  ◆◇  ◆◇  ◆◇



 そこは、暗い廊下だった。

 超弩級の規模を誇る「シラハ」の地下に埋まった地下シェルターへと通じる非常用通路は、迅速にシェルター内へと移動するために、可能な限り単純な作りになっている。基本的には。


 ベーシックな状態の通路では、間違っても迷うことの無い一本道でシェルターまで繋がっているが、完全な避難が完了したのちに、侵入者の進行を妨害するため、通路の壁を開閉することもできるようになっている。今回もそれを使って侵入者を誘導しているのだが、彼らが走っているのは、今までに無いほど長い直線だった。そして、その直線を突っ切った先には、数百人が収容できるほどのドームになっていた。


 歩みを止める進入者たちの目の前には、新たな脅威かもしれない、青髪の少女が立っていた。



  ◆◇  ◆◇  ◆◇



 秘都美は静かに怒っていた。

 最愛の人を奪われたことに。最愛の人を失いかけていることに。そして、そんな危険に自分が巻き込んだことに。


 目の前の黒づくめの一団を見て、底に周平がとらわれているのを見て、押し殺していた感情が一気に爆発して燃え焼けそうになる。それを必死で押さえ込んで、努めて冷静にその場を観察しようとする。敵はもうこちらに気がついているようだが、止まる気配は無い。


 突っ切ってくるなら、それでいい。

 時間は無く、刹那が勝負だが、やることは突撃と離脱の単純明快な作業。遮るものなんて無い。いつも通り、同じように飛べばいい。


 ふわっとした感覚と共に視界が変わる。周平を掴む男の真横に着地すると同時に、周平に触れて再び飛ぶ。

 無重力の後に地面を掴む感覚を感じた時には、すでに次の魔法を使っていた。護身用に付けていたブレスレット型のMMOにさっと触れて、彼女の家系固有の魔法を使う。


 空間断絶。


 その効果は明快で、ある空間の指定した座標を引き離し、断ち切る。

 しかし、空間の座標を操作してしかも世界が矛盾しないように作用させる魔法式は、ただそこに事象の変化をもたらすよりも広範囲に精密な処理を必要とする。ミクロな一点を動かすために、マクロな視点を要求されるコスト比の高い魔法。それでも、その効果は物質の性質に作用されず、絶大で絶対あるが故に「青影」の名は全国に知れ渡っている。


 耐久性に関係なく、周平を縛っていた拘束物が引き裂かれ、彼は自由を取り戻す。体感した不意の無重力感から、彼は大体のことを悟っていたようだ。少なくとも、秘都美はここに来てくれているのだと。

 一瞬、視線が交錯する。愛しい人の力強い眼に、秘都美は全てを悟った。

 それでも秘都美は、彼に手を差し出す。座標は喫茶店。対象は自分が意識して触れているもの全て。魔法式の定義は終えて、魔法はすでに発動しかかっている。


「行くよ!!」


 周平は差し出された手に、自分の手ではなく、抱いていたはる子を押し付けた。そして確かに、秘都美に笑った。


「すんません、先行ってて下さい」


 多分、周平はそう言った。もうすでに魔法は発動していて、口の動きと、断片的な声から、多分そう言っていたのだと秘都美が思っただけだった。


 周平は踵を返してさっきまで捉えられていた黒づくめに向かっていた。まさかこんなとこになるなんて、思うわけがない。また彼は、自分の手から転げ出てしまった。それがたまらなく悔しい。けど、あの一瞬、目があった時にもう分かっていた。自分の大好きな彼が、愛しくて仕方ない彼が、今どうしたいのか。


 すぐ、戻ってくるから……。


 掠れて行く視界の端で、電撃が舞った。



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