チョコレートより甘く優しい
「楽園」のその後の二人のお話
寒い。今年の冬は一段と寒い。夜の帳が降りた後はまた更に。
手に息を吐いて、温めながら思う。あぁなんて寒い。
しかし、俺の心は満たされてる。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいっ。レイ、お疲れさま」
「はい、ありがとうエル」
可愛らしくにっこり笑って俺を迎えたのは元王女・エスカテーラ。今は俺の妻だ。
一年ほど前、騎士だった俺と姫だったエルは王宮から出て、街で暮らし始めた。
元々俺は平民だったが、エルは深窓の姫君。おっかなびっくりに家事をしていたが、一年も経てば慣れるものだろう。
「今日もお仕事ありがとうございます」
「こちらこそ、家を守ってくれてありがとう」
俺が仕事から帰ってくるとエルは毎回同じことを言う。きっと働くことの大変さを感じたからだろう。
いつまでも、どこまでも優しいひとだ。
「ねえレイ、ちょっと、座ってもらえないかしら?」
「ん?……なにか?」
夕食の後、ふんわりと甘い香りを纏わせたエルが俺に言う。言われた通りにエルの傍に座る。
エルは「少し待ってて」と言って、一度料理場に行った後、すぐにカップをひとつ持って戻ってきた。
「はい」と言って渡されたカップには湯気が立ち上っている。
「これは?」
「ホットチョコレートよ。あのね、今日、青果店のおばさまが言ってたの。今日はあ、愛する相手に想いを伝える日なんですって。そのときに、チョコレートを贈るそうなの。それで、私が愛してるのは、レイだから……、あの、その…」
エルはどもりながらどうにか言い終え、恥ずかしそうに顔をうつむかせた。なんて可愛い。
エルが言っているのはバレンタインデーのことだろう。
王宮に引きこもって住んでいたエルは知らないだろうが有名な日だ。愛の告白や贈り物をする習慣がある。その中で最も人気なのがチョコレートだ。
「____ありがとう、エル。いただくよ」
「え、えぇ。今日は寒かったから、ホットチョコレートにしたの。熱いから、少し冷ましてから飲んでね」
嬉しそうににこにこと相好を崩してエルは俺を見つめている。
視線を感じながらカップに口をつけた。
「口に合う?」
「おいしいよ。エルもどうぞ」
カップを差し出すとエルはしばし悩んでから「ちょっとだけ」とチョコレートを飲む。
「ん…レイには甘かったかしら?」
「そんなことないよ。俺にはエルが俺のために頑張ってくれただけで嬉しい」
「そう、なら……嬉しいわ」
まだ冬なのに、満開の花が咲いたような笑顔に自然と俺の頬も緩む。
「じゃあ俺からも、エルに」
俺は懐から小さな髪飾りを取り出した。姫だったときにエルが好きだった薔薇の髪飾りだ。
エルは王宮を出るとき、その長い髪をバッサリと肩上まで切った。
直前に刺客によって髪を乱雑に斬られたため、「ちょうどいいわ」と屈託なく笑っていたが、一年も経てば髪は伸びる。
「貴女を愛してるよ、エル」
耳の後ろの方に髪飾りを挿し、その柔らかい髪に口づける。とても甘い香りがした。
チョコレートに混ざった自然なエル自身の甘い香りがする。
「私も、貴方を愛してるわ。レイ」
エルも俺にキスを贈る。なんて甘いキスなのだろうか。チョコレートより甘い、砂糖菓子のようなキスだ。
溶けてなくなりそうだが、絶対に離さない。
ホットチョコレートが冷めていることにも気づかず、俺とエルは静かに唇を重ねていた。
レイはこの後、ホットチョコレートを冷ましてしまったことに落ち込みます。
そしてそれをエルがわたわたしながら慰めるという。
レイ「すみませんエル……」
エル「だ、大丈夫。もう一度、温めてきましょうか?」
レイ「うぅ…なんて優しいんだ…」
エル「ふふ、ちょっと待ってて」
こんな会話があったり。