七十七巻目 生贄殿
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「ヌフゥ・・・」
彼は汗をかきながら、特殊な息のもらし方をした。こんな息のもらし声を聞くのは生まれてきて初めてだ。だけれども、俺自身「ふぅ・・・」と息をもらしてしまうほどの人の多さだったので、変な息のもらし方をするのも無理もないだろう。ただ、本当に変なので今後生きている中で忘れることはないだろうな、この息のもらし声を。
「生贄殿」
彼が落ち着いた声色で俺の名前を呼ぶ
“生贄さん”から“生贄殿”と変わったのは、ラジオ会館にいるときだった。変わった時になぜ“さん”から“殿”にしたのかを聞いたところ、「なぜでしょうね?」とこれまたにこやかに疑問形で返してきた。現代人はなぜこんなにも疑問形で返したがるのだろうかね? 私には全く分からないよ。
自分自身で今出来上がっている、訳が分からないという心を落ち着かせ、冷静になり俺は彼に「何ですか?」と聞き返す。何カ月もいればこの時代の言葉にも慣れてくるが、ようやく俺もしっかりと現代の敬語を使えるようになった。これはいいことだね。
俺が聞き返すと彼はさわやかに、それでいてにやにやしながら聞いてくる。
「サブカルチャーを見ることはできましたかね?」と。
この質問に対しての答えはラジオ会館を見た後だったら誰もがこれしか答えないだろう。
「あぁ、堪能できたよ」
俺はにんまりとした顔でこう言う。
「それは良かったです!」
彼はにこやかに笑う。
俺もにこやかに返す。
「さっ、次は秋葉原の名物で、最近では全国的に展開を始めた飲食店の形態に移動しましょうか!」
彼の言っていることは良く分からなかったが、とりあえずついて行くことにしよう。
※※※※
「二回目の公演なんですけれど・・・」
スタッフの人が私に話しかけてきた。パイプ椅子に座ってゆったりしたところに、後ろから突然話替えられたので、体を少し震わしてしまった。その姿を見てスタッフの人もびっくりしていたが、私が「な、なんですか?」と動揺しながらも聞いたので、スタッフの人もちょっとだけ安心したような顔をして話を続けた。
「お客さんのキャパがホール以上になっちゃったんで、抽選かどっかでホール借りなきゃいけなくなったんで、ちょっと長く待っていてくれませんかね? というか。待っててくださいね!」
「わかりました」
スタッフさんに、こう言われてしまっては、私みたいにスタッフさんのおかげで成り立っている職業の人はスタッフさんに従うしかない。変に「ふざけんな! 定時に公演ができないのはお前らが悪いだろ! なんで、お前らの都合に私がつき合わされなきゃならんのだ!」なんていうことを言ってしまったら、「こいつ感じ悪いな」とか以上に、「うぜぇぇ・・・」と思われてしまう。そんな風に思われてしまったら、今後の仕事活動に支障をきたしてしまうので口が裂けてもそんなことは言えない。今のところ、私は一切そういった感情をスタッフさん方に思ったことがないので今後も無いように気を付けたいと思う。
スタッフさんが「じゃっ、そういうことなんで当分休憩をお願いします」といって立ち去ってしまった。
ここは楽屋ではないので(というか、そもそも楽屋というものが存在しない)周りにスタッフの人が忙しそうに動き回っている。そして、私の周りにはしつこく話しかけてくる同じグループのメンバーがいる。勿論無視をしているけれどもね。無視しているのに、なぜ嫌われないのかがぶっちゃけ不思議で仕方がないよ。
「どうするかな・・・」
あまり余った時間をどう使おうかな・・・。




