六十七巻目 大きな勘違い
「んじゃ、またあとで先陣(居酒屋の名前だね)でね」
「分かりました!」
「美希は先に先陣に連れてってガンガンに酔わしておくから大丈夫だよ!」
一体何が大丈夫なのだろうか? それは結局わからずじまいだったがまぁ、いいだろう。
俺は凛様と別れ、ビルを後にして電車に乗り俺とジョンが住んでいる家に着いた。いつもはここで一度インターホンを押して部屋の扉を開けるのだが、今日は気分を変えてインターホンを押さずに扉を開けてみることにする。
きっとそうしたらジョンは「インターホンを押して開けてくれないと、驚いてしまいますよ・・・」と言うはずだ。久々にジョンを困らしてみるか・・・ふふふっ!
ガチャッ!
しかし、俺は大きな勘違いをしていたんだ。
「ジョン、ただいま戻ったよ!」
俺は結構な大きな声で帰った時誰もが言うであろう、お決まりの文句を言った。いつもであれば、ジョンが俺の声に反応して何か言うはずなのだが。
「・・・あれ?」
なぜだか、声が帰ってこなかったのだ。
「寝てるのか?」
寝てるのであれば反応しないのも分かるが、部屋の中に入っていてもジョンの寝ている気配を感じるどころか、寝具さえもタンスにあったのだった。
「あれ? おかしいな」
ただ、その時は「ただ買い物とか、出かけているだけだろう」と思っていて、あまり重要視はしていなかった。パーティーに行くのにはまだ時間があるから待ってみることにしたが、結局パーティーに行く時間になってもジョンは帰ってこなかった。
こうなると、少しだけ心配になったが、「きっと遠出をしているだけだろう」と思い、スマホを持っていなかった俺は、机に置手紙をしてパーティーに行ってくることを伝えることにして、俺はパーティーへと向かった。
パーティーは盛大に執り行われ、凛様は日本酒を何升も飲みほしてもなお、意識はしっかりとしており美希を酔わせることに夢中になっていた。美希のほうはというと、凛様によって酒をガンガンに飲まされているというのに、酔うこともなく凛に対して「少し飲みすぎですよ」とか、俺やスタッフたちに対して「何かほかに追加で注文するものとかありますか?」とか聞いてくるもんだ。女がここまで酒が強いなんて俺は今まで知らなかったよ。男のスタッフたちは、凛に酒を飲まされて何人か伸びていた。まぁ、当然だろう。だけれども女のスタッフたちは全員伸びずに、酔いも回ってかいつもよりうるさくなっていた。
「おい、生贄!」
「はい!」
「なんか踊れよ!」
「はいぃ!」
俺のことを生贄と呼び捨てにするのは、女の先輩だ。リーダー的な存在で、いつもはその聡明さに学ぶことが多いが、今日に限っては恐怖しか感じない。彼女が命令することは全て、俺に羞恥をあじあわせるための命令だ。恐ろしいものだ。
そんな恐ろしくも楽しい時間が大体五時間ぐらい続いて、終電がなくなるギリギリのところまで飲み続けた。
それでもなお、凛と美希だけは酔わずにいたのだからすごいものだ。俺はというと、少しほろ酔い状態だった。大丈夫、やましいことなんて何もしていないさ。
「じゃあ、今日は解散!」と、凛様が言ったのでレジに向かうかと思ったら全員何も支払わずに外に出てしまった。これは無銭飲食ではないのか? と、凛様に後日尋ねてみると
「大丈夫、ここら辺一帯は顔が効くから大丈夫さ! 私がいるときは好きなだけ食べて飲むがいいさぁ! ここら辺に飲食店がたくさんできるようになったのも、私が頑張ったからなんだよぉ~!」と良く分からないことを口走っていたが、要は無銭飲食ではないということだろう。一安心だ。
帰り際、凛様が「すまんね~生贄君。美希をしっかりと酔わせて、生贄君といい感じにさせる計画が達成できなくて」と言っていたが、俺はそんな計画知らなかったので、仕事で培った作り笑顔で、「大丈夫ですよ」と答えておいた。
そして俺は凛様たちと別れ、家の帰路についたのだった。




