三十三巻目 でーぶいでーだよ!
「ふぇ?」
いやはや、驚き顔もかわいいなぁ。ぼくの言葉に疑問形で返してくれて、ちょっとだけ首をかしげてくれている。表情は笑顔だけれども、どこか怯えているような感じがある。なぜ僕に対して怯えなければいけないのかは分からないけれども、かわいいから許してあげよう。
「やっぱり君だったんだね」
今度は落ち着いて言ってみた。人間落ち着きが大事だからな。
「何が・・・ですか?」
彼女は、ちょっとだけびくびくしながら聞いてくる。か、かわえぇのう。
「いや、君っぽい人がでーぶいでーに出てたから、ちょっとだけ気になってさ・・・」
なんだろうか。ちょっとだけ照れてしまうなぁ。なぜだかわからないけれども、彼女にこういうことを聞くとちょっとだけ、恥ずかしくなってしまう。これは何かの病なのだろうか。現代病という、この時代にいると発症しやすくなってしまう悲しい、悲しい山井なのだろうか・・・。
俺がそんなことを考えているのをよそにして、彼女は俺の言っていた言葉をなぜだか深~く考え始めてしまって、なぜだか無言になってしまった。ど、どうしよう。
「あっ、あの。大丈夫?」
「でーぶいでー、でーぶいでー、でーぶいでー・・・」
なぜだろう。無言のつぎは“でーぶいでー”を何度も繰り返し呟き続けている。何か呪文にでもかかっているのだろうか。それとも、彼女は“でーぶいでー”を知らないのだろうか?
ながーく、ながーく、彼女は呟いた。そして、ようやくその呟きが終わるときがやってきたのだ!
「でーぶい・・・あっ、 DVDのことですね!」
どうやら“でーぶいでー”を知っていたらしいが、どこか発音が違う。もしかしたら俺の知っている“でーぶいでー”と彼女の言っている“でーぶいでー”が違うものかもしれないが、俺には確認するすべがない。あれ? 俺、前にもこんな感じのことを考えた気がする。既視感だろうか?
とにもかくにも、彼女が俺の言っていることを認識してくれたことはありがたいことだ。これで話を順調に進めることができる。
「そうそう、でーぶいでーだよ!」
今度は彼女の発音通り言ってみた。
「そうなんですよ! 私このDVDに出てて・・・って、えっ?」
会話は通じることができたけれども、なぜ彼女の最後の言葉が疑問形で終わったのだろうか。
俺は考えた・・・。なにかまた、まずい発音をしてしまったのだろうかと。
そして、俺は彼女のほうに顔を向けた。すると、なぜか彼女は体を震わし、顔は真っ赤に染まっていた。
「だ、大丈夫?」
大丈夫という言葉をこんな短時間に連続して使うのは初めてかもしれない。
しかし、一体どうしたというのだろうか。さっきは同じ言葉を繰り返しつぶやいていたし、その次は言葉の最後が疑問形で終わったし、今は体を震わして顔を真っ赤に染めている。もしかしたら、本当に何かの病気なのかもしれない・・・大丈夫かなぁ。
「――っ!」
「?」
彼女が、突然声をぼそっと発した。あまりにも突然のことだったので、聞き取ることすらできなかった。聞き返そうにも、なぜだか声が出ない。
彼女は急に立ち上がり、そして俺にこういった。
「今日は、この辺でおいとまさせていただきます。また、今度きますね!信長様」
今度は笑顔だ。だけれどもその笑顔には、いつものようなかわいい笑顔ではなかった。どちらかというと、ジョンみたいな感じの笑顔。いや、ジョンの笑顔から温かみを消した感じ、冷たい感じの笑顔だ。
何か、言わなければ・・・。何か言わなければ俺は、なにか男として大事な・・・信長というブランドを守るために・・・・・・
「・・・わ、わかった。気を付けて帰るんだよ」
「はい、それでは」
彼女は立ち去ってしまった。彼女は、部屋から立ち去ってしまった・・・。
結局俺は、「気を付けて帰るんだよ」と、言うことしかできなかった。全く、何をやっているんだ俺は。この時代に来てから、何だかわからないけれども感覚が鈍っちまってるらしい。
「あっ、そうそう」
玄関から、彼女の声が聞こえる。
「ジョンの奴に伝えておいてください。多分、今は誰の声も届かないと思いますから、プラモデルが作り終わってからでいいですから」
非常に冷静な声で、冷たい怒りが込められた声で言っている。
「これから、夜を歩くときは気を付けろと」
彼女が怒っていると思っているのは、もしかしたら俺の幻想だったのかもしれない。だって、本当に怒っているんだったら人の心配なんてできないだろ? 俺ならともかく、ジョンの心配をしてあげるなんて、なんて天使なのだろうか。そういうところも彼女の好きな部分だな。




