第二百九巻目 イエース
スーツケースを転がしながら、女に連れられる彼は遠目で見れば外国人観光客と言った感じだ。しかし、その正体は世界でもトップクラスの研究機関である大平真記念研究所が設立している大平学園を首席で卒業している恐ろしい奴だ。
しかし、母国がアメリカなだけあって日本で少し暮らしていてもしっかりとした日本語を習得することが出来ていなかった。
研究所の近くなり、遠くからでも視認できるようになった時、ジョンが指をさしながら女に尋ねた。
「ココガ、ケイキュウデスカ?」
「確かにそうだけれども、研究所よジョン。日本語をしっかりしゃべらないとダメよ?」
「オー……ソーリーデ」
彼は、白衣を着た女に連れられて研究所へとやってきた。彼はまだ日本語が不得意で、名前をジョンと呼ぶ。
女は、彼の右手をつかみながら「まぁ、今日からあんたもここで仕事をするわけなんだから、さっさと日本語覚えちゃいなさいよね!」と言いながら、研究所の入り口にある守衛所に向かった。
守衛所では研究所への入場のためIDの確認を行っていて、彼も女も持っているIDを提出した。
「えーと、君がジョンタイターでいいんだよね?」 守衛の人が彼を指さしながら言ってくる。
「オォ、イエース。ソウデスゥ」 ジョンは片言の日本語で答える。
「それであなたが、藤巻怜奈さん?」
「そうですね」
「そうですか……」
守衛の人が頭を掻きながら、少し悩む様子を見せる。その理由というのは、今日研究所にやってくる新規の研究員が登録をされていなかったからなのだ。研究所は前述している通り、かなり秘密裏に行われている物だ。だから、ここに入場するには許可された登録が必要なのだ。それなのに、なぜか許可もされていないし登録もされていない二人が研究所のIDを持っているのかが分からなかったのだ。
「少し確認するけど……本当に研究所の人なの?」
「本当も何も、あんたらから呼ばれて出張で来てやってんだよ私の場合は。ジョン君の場合はここの職員として派遣されたわけさ」
「そうなんだ……」
守衛の人は藤巻の冷静な対応を見て、偽りはないということを確信した。しかし、登録をしていないことには変わりなかったので、一度上の方に確認を入れることにした。
―――
「お待たせしました。えーっと、藤巻さんとジョンさんで良かったでしたっけ?」
「そうです」
「イエース」
ようやく確認が取れたようで、守衛の人は汗を拭きながら言ってくる。
「なんか、バグがあったらしくて登録を失敗していたらしいです。ただ、今登録が確定したんで入場して大丈夫ですよ」
「バグって……こんな事態になっても、プログラム作る奴が馬鹿だと困るわ」
藤巻はイラつきながらそう言うも、仕事をしっかりこなしている守衛さんには「ありがとうございます」と丁寧なお礼を言って、ぼーっとしているジョンの手を引いて研究所の中へと入っていった。




