百七十三巻目 それは残念ですね
「あぁ、ノブ。起きたんですか」
「うん、起きた」
「今は大体一八時ですから、ノブが寝てから五時間経ったことになりますね」
「五時間しか寝ていないのか……」
「まだ、寝ますか?」
「いや、当分寝れそうにないよ。お前と偽美希は5時間の間に何をしてたんだ?」
「おぉ、いいところに食いついてきますね」
「そりゃ、どうも」
久しぶりにジョンのうざい顔を見た。ニコニコしていて、ニコニコしている。そして、そのニコニコとしている顔は見る人に対して恐怖や不快感を与えるニコニコだ。自らニコニコを発しているのに、影響を受けている人間はニコニコでは無くそのニコニコに「うざい」という簡単な感情を芽生えさせてしまうのだ。
キリストが今生きていたとして、ジョンのこのニコニコ顔を見たら何かしらのしっかりとしたことを言って、理由を作りぶん殴っていると思う。これは、どんな聖人君子であっても殴りたくなる、サンドバックじゃないけれども殴られる的になってしまうものだ。
本当にうざい。
だけれども、そのうざさというのは最初はあまり感じない。毒薬というのには二種類あるだろ? 即効性のあるものと、じわりじわりと効いてくるいやらしいもの。ジョンの笑顔はどちらかというと後者の方だ。むしろ前者の方がまだましだろう。最初にうざい、こいつ殴りたいと思えば、そこで殴って「うざい」の一言を言ってしまえばそれだけで終わるからな。なぜ殴ったかと聞かれれば「うざかったから」で済む。
それが後者の場合だと、何度かそういううざさを経験している訳だから突然殴ってしまうと、百パーセント俺が殴った側が悪くなってしまうわけだ。だって、そのうざい顔というのはいつも見ている物であり、それを突然殴ってしまっては第三者の立場に立ってみれば、俺の方が悪く見えるはずだ。最悪の場合は情緒不安定というレッテルを張られてしまう可能性もある。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
でも、殴りたい。本当に殴りたい顔だ。
「ノブ、そんなに私の顔ってうざいんですか?」 忘れたころに、ジョンは俺の心を除いてくる。こういうところもうざい。
「あぁ、うざいね」
「そんな……これでも愛される笑顔をしているつもりなのに」
「お前の笑顔には愛なんて入ってないだろう?」
「あっ! バレましたか」
「愛の入っていない笑顔をどう愛せというんだ?」
「愛がなければ、愛を入れてあげる。そういう気持ちも必要だと思いますよ?」
「俺の愛はどっかに置き忘れてきたよ」
「あら、それは残念ですね」
まったく。ジョンはうざいな。
「それで、お前と偽美希は何してたんだ?」
俺はもう一度ジョンに聞いた。




