百七十一巻目 あなたのような人
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店を出ると、外は昼下がりと言った感じで日差しがいい感じに俺の方に差し込んできていた。
「生贄ボーイよ」
「なんですか?」
「明日から君は、仕事を休みなさい。仕事のほうは君が居なくても何とか頑張れる人数は確保してあるからね」
「えっ? でも……」
「君がどれほど受験というものを知っているかは分からないけれども、今この時間も戦いはどこかで続いているんだ。もちろん、君は明日からその戦いに臨むわけだから、まだ気にする必要はないけれども、もし戦いが始まったのならばその戦いに集中するべきだよ? 人間というものは色々なものをいっぺんに出来ない生き物なんだ。たくさんの物事を一回でまとめてやって、それを効率がいいと自負する人がいるけれども、それは間違っているんだ。どこかしらで無理がたたって、ぼろが出てしまう。それを防ぐためには、たとえ時間がいくらかかったとしても、一つの物事に集中する必要がある。戦い、受験なんかであれば尚更だ」
「そうですよ、ノブ」
俺は、鈴木さんのものすごい冷静なトーンの説得に少し心を揺るがされた。そして、ジョンが鈴木さんに乗っかってきたので、少し腹を立てていた。
仕事をするのは楽しいし、何よりもこの時代の日本に貢献できているという実感を感じることが出来る。だけれども、鈴木さんがこんな風に冷静に言うんだったら、こんなにたくさん人に説得されたんであれば、その説得をしてくれた人をたてるために、そして何より、ジョンが言っていた通り自分の中で勝手に知らないうちに作っていた固定概念を壊すために、鈴木さんたちの言うことに従うことにする。
「わかりました。仕事を休みたいと思います」
「よし! 凜君には伝えておくから、安心したまえ」
「ありがとうございます」
「明日からはまず高卒認定受験のために、俺の知り合いを君の家に向かわせるからよろしくな」
「え?」
「あっ! ミスター鈴木。私の家がノブの家も兼ねていますからね」
「分かった。安藤にはそう伝えておくよ」
「ミスター安藤ですか。……ノブ、明日は眠れないかもしれませんよ?」
「?」
ミスター安藤というのは、一体どういう人なんだ? 明日は眠れないとは……とても怖いじゃないか。
そのあと俺は鈴木さんと別れ、偽美希とジョンと一緒に家へジョンの車で戻った。ジョンの車の中で本物の美希の話をしたけれども、結局良く分からずじまいで家へと着いてしまった。
「ノブ、悪いことは言いません。人間という生き物は寝だめというのはできない生き物ですが、体をだますつもりでこの昼間から寝た方がいいですよ。私も、ミスター安藤から日本語を習ったときは本当に地獄でしたから」
「なぁ、ジョン。ミスター安藤って一体どんな人なんだ?」
「……一言で言えば、あなたのような人ですよ。彼の昔話を聞けば私の言っている意味も分かるはずです」
俺みたいな人? ということは、かっこよくて優しい人ということか……そんなわけないよな。




