百六十巻目 凜監督が働いていた
「お前には、目的がないんだよ」 冷静な声、そして冷静な顔つきでそう言った。
その冷静さには、人を凍らせるものがって俺は言葉が詰まってしまった。
「お前はさっきも言ったようにものすごくいいやつだ。本当に好きだ。でも、そのいいやつというのは、人の下にいるからこそいいやつと思われるんだ」
鈴木さんの言葉が少し難しくなってきた。鈴木さんらしくない。
「お前には、今の状況じゃ発揮できないような力があるんだ。今のような、人の下で働いているだけじゃ、もったいないような力が」
「もったいない……」
もったいない力がある……か。
「生贄ボーイ。お前は大学に行ったことはあるか? 履歴書は監督が保管しているから見たことがないから聞いているんだが……」
「ないです」
大学なんて、行きたいと思ったこともない。
「じゃあ、高校は?」
「行ってないですね」
高校は、そもそも考えたこともなかった。
「高卒認定とかってとったか?」
「いや、何ですか? その、コウソツニンテイって? 誰かの名前ですか?」
「いや……うん…………」
どうやら、俺の答えは的外れだったらしく鈴木さんは黙り込んでしまった。
「……まぁ、後の話は食事が終わってからにしよう。高卒認定の話をするとなると長くなるからな」
「そうですか……」
高卒認定っていったい何なんだろ?
そんなことを考えていると、厨房からおいしそうな匂いが流れてきているのに気づいた。
そして、そのおいしそうな匂いがこっちに近づいてきていることも分かった。
「お待たせしました」
声が聞こえ、料理が運ばれてきた。女店主の声では無かったが、なぜだか親しみのある声だなぁ。
「えっ?」
鮭、米、みそ汁、たくあん。それに付け合わせのほうれん草の胡麻和え。魅力的な朝食だとその美しい光景を見ながら思っていると、料理を運んできてくれた声から疑問形の声が聞こえた。鈴木さんの話が終わってからは下の方に目線を落としていたので、声のした方に顔を向けてみると、そこには
「なんで、あんたらが居るわけ?」
「おぉ、凜君。やっぱりそっちの方が性にあってる」
「先生が主犯ですか」
「主犯とはなんだね。こっちはお客さんだよ?」
なぜかわからないけれども、凜監督が働いていた。




