百四十五巻目 この人の存在について
「私ですよ、私」
「?」
まぁ、きょとんとしても無理はないか。初対面の人間がこう言って来たら、誰だってキョトンとなるよ。
だけれども、この人には普通の自己紹介は通用しないから。
※※※※
「実を言いますと私も、今の彼女の場所を把握できてはいないんですよ」
「……? 一体どういうことだ?」
「さっきまでは、というか二時間前までは確かにこの研究所の施設にいたんです。私が一番彼女の近くにいたんですから、そうなんです」
俺がちょっと混乱してしまった。
ジョンはさらに続ける。
「二時間前、私は彼女にある実験を行うようにお願いをしました。彼女は優しい性格の持ち主ですから、すぐに承諾してくれて実験を実施することができました」
「実験ってどういう実験なんだ?」
「実験の内容については後で説明します。問題は、その実験の結果にあるんですよ」
ここからジョンの顔が一気に真面目になり、俺も少し緊張をしてしまうほどだった。
「実験の内容というのはいたってシンプルなもので、普通であれば簡単に終わるようなものでした。ほんの数秒で終わり予定だったので、すこし彼女に不安感を与えておいた方が面白いと思ってちょっと大げさに言ったら、まさかこんなことになるとは……」
「こんなこと?」
心拍数が普通よりも多い。そのなかで俺は、ジョンに聞く。
「彼女が帰ってこなかったのですよ。予定通りには、実験が実行されなかったんです」
ジョンは、暗い顔をしてそういった。
もし俺が昔のような血気盛んな野蛮な感じであれば、美希をそんな目に合わせたジョンをぶん殴りたいと思うが、どうしても今はそんな気分にはなれなかった。美希が遠い場所に行ってしまったといわれているようで、寂しくてたまらなくなってしまったんだ。
そしてもう一つ、ぶん殴りたい気分になれなかった理由がある。
それは、
「――おい、南蛮人。あの部屋なんだ? 俺はあんな狭い部屋に入れられる覚えはないぞ!」
美希の形をした、この人の存在についてだ。




