98 対の色 sideコンラート
ナディヤが調味料や食材のストックを買いに行くっつーんで、一緒に買い物へ出かけた。監視方陣の映像は、俺を認識したら自動的に一人で歩いている映像へ改ざんされるよう、ヘルゲが調整している。だからまあ、たまにはよ。デートっつーかな。
ナディヤはもう、いつもの柔らかく落ち着いた雰囲気はどこへやら、だ。
…こんなに喜ぶんだなァ、もっと早く連れ出してやればよかったぜ。
小麦粉にハーブ。俺が肉好きなんで、旨そうなフィレ肉まで買い込んでくれる。でもほっとくと野菜が不足するってんで、とにかく野菜をどう工夫して俺に食わそうかと毎回考えるのが楽しいんだそうだ。別に好き嫌いはねーんだけどなぁ、ナディヤの作るメシは何でも旨いし…
八百屋へ行くと、マルコが苦笑いで出迎えてきた。
「いらっしゃい!今日はコン兄にナディヤさんか。仲よくていいねー」
「おう、マルコおめー何でナディヤだけ”さん付け”なんだよ。俺も”様付け”で呼べよ」
「なんか格上げされてねぇ?つーか俺の一個上ってどういう世代なんだかなー、目立ってしょうがねー人ばっかだな」
「んあ?俺ぁそんな目立つことしてねーだろ」
「うっは…ナディヤさん、苦労するねぇ。あ、逆かな?安心か?」
「うふふ…そうね、”安心”の方でしょうね」
「は?何の話だよ?」
「これだもんなー!いま、維持セクトでコン兄がなんて言われてるか知らねーのか?ヘルゲ兄をうまく操る『猛獣使い』だろ?境界警備隊の鼻つまみ者三人を黙らせた『軍属の死神』だろ?あ、あと養育セクトでも言われてたな…中等でいきなり運動の成績をハネ上げた子が4人もいるんだろ?その子らの『鬼教官』とかよ。ヘルゲ兄に次ぐ二つ名の多さじゃんか?」
俺は顎がガパーンと落ちて、ナディヤに肩を揺すってもらうまで放心状態になった。ナンデコウナッタ…
「ま…まじか…俺は猛獣使いしか耳にしたことねーぞ…」
「まあ、あんまし耳触りのいい二つ名じゃねーよな…あ、あともう一個あった」
「…なんだよ、まだあんのか…」
「ナディヤさんを掻っ攫った『鳶野郎』」
「ンだそりゃ、ただのやっかみじゃねぇかよっ!鳶野郎上等だゴルァ、ナディヤ狙ってるヤツ全員叩きのめしたらァ!」
「もう、コンラートったら落ち着いて?私がそういうこと言う人に靡くと思う?」
「お?いや…そんなこた思わねーけどよ…」
「はいはい、ごちそーさま!ナディヤさん、欲しい野菜これだけ?一番いい状態の入れといたからさ、これでコン兄のご機嫌直してやって!」
「ふふ、ありがとうマルコ。ほんと、ここのお野菜いつも新鮮だものね。おいしくいただくわ」
「は~、ナディヤさんは落ち着いてて大人だね~。昨日のヘルゲ兄といいアロ兄といい…男ってダメなんだなー、俺は兄貴たちを反面教師にして生きるよ…」
「昨日?アロイスは毎日来るからわかるけどよ…ヘルゲが来たんか?」
「そーなんだよ…もう商店大混乱。ニコルがさ、突き抜けた時に皆心配してくれてありがとって言ってクッキー作ってきたんだよ。確かナディヤさんに教わったっつーやつで、すげぇうまかった。…んでさ、ニコル狙いの若い連中からガードすんのに、兄貴二人が一緒でさ…アロ兄だけならまだよかったけど、ヘルゲ兄が来たらもうさぁ…」
おぅふ…あいつただの牽制に、わざわざ殺気トバしに来やがったな…
「まさか男どもぶっ飛ばしたんか?」
「いやいや…男連中はアロ兄が捌いてたよ。まあ、ヘルゲ兄の殺気も感じてブルってたけど。そーじゃなくてね、女の子たちがさー…見てよあれ、皆使い物にならねーって感じ…」
…あーあーあー…
呆けてる呆けてる…
あの顔はな、免疫ねぇと確かにな…
初めて見たぜ、これが顔面テロ…
「ふふ、じゃあ教えてあげたクッキーは役に立ったのね、よかったわ」
「え、ソコかよナディヤ」
「大丈夫よ、表面しか見てない人は3日もすれば正気に戻るわ。ヘルゲの中身を知ってて呆けてる訳じゃないもの」
「深ぇ!さすがナディヤさんだよ。心の師匠と呼ばせていただく!」
「お前ほんとに俺よりナディヤを尊敬してんだな…複雑だぜ、あんなに可愛がってやったのによ」
「コン兄の可愛がりってアレだろ!?砂に埋めたり木に吊るしたりだろ!?」
「なんだよ覚えてるんじゃねーか。仕方ねーな、俺からの恩はナディヤに返せよ」
「んなことしたらナディヤさんにアダ返すことになっちまうよ!」
こうるせぇマルコの店を後にして、商店の出口へ向かう。途中のキラキラしい店で、ふっと目に入ったものがあった。
オレンジ色と紫のガラスでできたバレッタ。
ステンドグラスみてーな感じで、色相の派手さの割には落ち着いて見える。
たぶん補色でデザインしたんだろうな、赤と緑のやつもある…
ふむ。
ちーとばかしガラじゃねぇ気もすっけど…たまにはいいか。
チラッとナディヤを見ると、向かいの店でスパイスを選ぶのに夢中だった。丁度いいや。
”ヘルゲボケ”してる姉ちゃんを正気に戻し、二つのバレッタを買った。
家に戻り、食材と格闘し始める直前のナディヤに声をかけた。
「なー、ナディヤ。頼みがあんだけどよ」
「ん、なぁに?」
「これ、預かっててくんね?」
赤と緑のバレッタを渡す。
「あら、きれい。…この色…ニコルに?」
「うは、相変わらずそういうの見透かすよな…あのさ、たぶん来年の5月までだ、俺とヘルゲがここにいられんのは」
「…そうなの…」
「あー、まあ、そんでな。コレたまたま見つけたからよ、なんとなく買っただけなんだよ。大して高ぇもんでもねえ。…もしヘルゲがいなくなってから、ニコルちゃんが落ち込んでたらよ、渡してやってくれよ」
「…うん、わかったわ。大事に預かる…優しいわねコンラート」
「いやその…優しいとかじゃなくてよ。どっちかっつーとこっちを買うついでだったっつぅか…」
オレンジ色と紫のバレッタの方を渡す。
「…もう…コンラート!大好きよ…」
ナディヤが泣きながら抱き着いてきた。
くっそ…なんで軍に白縹駐屯地とかねーんだよ。
「…すまね、俺もすぐ軍は辞めらんねーし…なるべく頻繁に戻ってくるようには、する。淋しい思いさせるけど、数年は辞めらんねぇ事情がある。辞めるなら、ちゃんとケリつけてからにしたいんだよ」
「うん、わかってる…でもね、コンラート。あなたが軍を辞めたいなら何も言わないし、あなたなら辞めても何でもできると思う。でももし軍人としての自分に未練があるなら、あなたを犠牲になんてしないで。私はナニーの仕事が大好きだけれど、中央であなたを支えることに躊躇なんてないわ。あなたと同じで、私だって”どこででも、何してもやっていける”のよ?だから、軍を辞めない選択肢があるってことを覚えておいて。それに、ミニディアもあるんだから私は大丈夫。ね?」
「…おう、わかった」
ナディヤは涙目のまま、きれいに微笑む。
…強い。ナディヤはしなやかで、柔らかい強さがある。
正直言えば、軍に未練なんぞない。
未練があるのはヴァイスに、だ。
軍の中のヴァイスに未練があるなんて、矛盾した考えだけどよ。
マザーに一撃食らわしてやるまで、俺はあいつらと戦う。
これは、俺の魂にキズを付けてくれた対シュヴァルツ戦でもあるんだ。
後顧の憂いを絶たねぇと、同じことが繰り返される。
どうしても許せねぇんだよ。
だからお前に淋しい思いをさせる。
何より大事なお前を差し置いて、荒事ばっかの俺をサラリと許すお前に甘えてばっかしだ。
いつか、お前に心配なんてさせねえ男になるから。
今は許してくれ、ナディヤ。