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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
明の年、暗の年
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97 どんかんひめのだいぎゃくさつ? sideアロイス

  




ザワッ…


商店の入口に近づくと、空気が変わった。

僕と顔なじみの人は、笑顔で「よう!教導師の兄ちゃん!」とでも声をかけてくれようとしたんだろう。「よ」のところで固まって、彫像よろしく不自然な恰好のまま時を止めたようだ。


僕はひきつった笑顔を浮かべて、「はは…こんにちは…」と挨拶する。



鈍感最強な僕らの妹は、元気いっぱいだ。



「こんにちは!あのっ!だいぶ前になっちゃうけど…あの時は心配してくれて、ありがとうございました!今日はお礼にって思って、クッキー焼いてきたんです。よかったら食べてもらえますか?」



悩殺。

悩殺してるよ、ニコル。ジェノサイドだよ。



「おぉ~、嬢ちゃんの手作りクッキーかあ!こりゃあ嬉しいなあっ!おじさん元気でちまわぁ、ありがとうなあ!」


「あらまあ!この子はもう…気を遣っちゃって!本当にいい子だねぇ、おばちゃんとこの子にならないかい?あんたならいい看板娘になるよぉ」


「えぇ~、ありがとうニコル!やだぁ~クッキーおいしそう…んもう、かわいぃなぁこの子っ!アロイス~、ニコルちょうだーいっ!ていうか、もっと商店に遊びにおいでよ、何も買う用事がなくてもいいからあ」


「えぇっマジ?いいの?うおぉっニコルちゃんが作ったの!?その手で生地こねたの!?聖餅じゃねぇかよコレ…!」



最後の一人にはヘルゲと僕から、“殺人的熱視光線”と“聖餅を誰かに奪われたあげく食われてしまえ”という呪いの視線がプレゼントされた。


何が聖餅だ、邪な男に女神は福音をもたらしませんよ。

ゴートゥーヘルですよ。


ハッいかん…僕までヘルゲに同調してどうする…今日は男だけじゃないんだ、女の子の津波も覚悟しなきゃいけないんだ…



「きゃあ、ヘルゲじゃないの!珍しいわねぇ、ちょっと三人とも寄っていかない?ちょうど休憩なのよ~。せっかくのクッキーだもん、一緒に食べましょ?」



いや…明らかに休憩時間じゃないですよね?後ろで店長さんが苦笑いしてますからね?



「断『あー!お気持ちだけありがたく!他にもお礼したい方がいるんで…ね、ニコル!じゃあ、失礼しますね~』る」



仕事中だからおおっぴらには女の子の津波は来ない…かな?

あぁ、ようやくディルクさんの魚屋についた…これで約半分か…



「ディルクさーんっドーリスさーんっ」


「おぉっニコルじゃねぇかい。教導師の兄ちゃんに…そっちは紅玉のあんちゃんか、珍しいなあ!」


「ニコルじゃないの、よく来たねぇ!今日もアロイスに美味しいパエリアをおねだりかい?」


「にへへ~、おいしいもののおねだりはいっつもしてるけど!今日は違うの!これね、あの時心配してくれて嬉しかったから、お礼にクッキー焼いてきたの。他の人にはナイショだけど…パエリアすーっごくおいしかったから、ディルクさんとドーリスさんの分は大盛りで入れてあるの…よかったら食べてください!」


「んまぁ~、この子はもう…ありがとうねぇ…あら、ほんと美味しそうな匂いだ!これは楽しみだね。ほらアンタもお礼言いな!ニコルがこんなに…って、なに泣いてんだい…」


「うふぉぅ…なんだよ嬢ちゃん…あんな目にあったってのに気ィ遣いやがってよぅ…おら、今日は何食いてぇんだ、持ってけドロボー…」


「ごめんねぇ~、こんなグリズリーみたいな図体しといて、この人感激屋でね…嬉しくて仕方ないのさ、ありがとうねニコル。それにわざわざアロイスもヘルゲもついてくるなんてね。お姫様の護衛かい?」



僕らの意図を正確に見抜いたドーリスさんは、ニヤニヤっと笑いながら商店の“後半”を見やった。



「はは…そんな感じです…あの時すごかったもんで…」


「あ~、アッチにゃ威勢も気風もいいが、若い男がけっこういるからねぇ…ま、ヘルゲがいりゃあ大丈夫なんじゃないかい?まったく、アロイスは気苦労が絶えないこと!」



あっはっは!と笑うドーリスさんは、僕の肩をばしばし叩いて激励してくれた。嬉しいんですけどね、アッチは若い男も“女”も多いんですよ…ヘルゲがいりゃあ“大変”なんですよ…



「…ニコルを心配してくれて、礼を言う。おかげでニコルが元気になった」



ぼそりと言いながら、ヘルゲがぺこっと頭を下げた。



「おやまあ。こんなイイ男にお礼を言われたら、おばさんも照れちまうよ。アンタもいろいろ大変そうだけど…腐らず生きてりゃ、今日みたいないい日がめぐってくるもんさ。懲りずにまたおいでよ」



ドーリスさんが微笑みながら言うのを聞いて、ヘルゲも少し目を見開いた後で薄く微笑んだ。今日は「警戒態勢」だから無表情モードにしてたのにな。

わかるよ、その気持ち。

でもお願い、もうヤメテ…!

目撃した女の子が顔真っ赤にして機能停止してるから…っ



隣の八百屋でマルコにもクッキーを渡すニコル。マルコはよーく弁えているので安心だ。ヘルゲまでいるのを見て、「魔王降臨したら、アロ兄がきちんと止めてよ…?頼んだよ、商店が壊滅したら俺、仕事場なくなっちゃうよ…」と情けない声を出した。


まあ…僕も頑張るけどもさ…人間一人の力には、限界があると思うんだ…




商店の後半に足を向ける。もう、ニコルがクッキーを配り歩いていることは周知されたようだ。若い男女が、素知らぬ振りしながら一番声をかけやすいところにスタンバイしているのがわかって、もう…


そして鈍感最強ニコルは、そんな風に待ち構えられていることにトンと気付かないまま“野獣の巣”へ突入していった。


僕はニコルの背後から絶対離れずガードする。

ヘルゲ?知るか!もう自分でなんとかして!!



「ニコルちゃん、ありがとうな!今度うちの店の一番いい紅茶ごちそうするから一人で…『いやー、ありがとう!僕も紅茶大好きなんだ、またニコルと一緒にお邪魔するからね、じゃあ!』」


「お菓子作るの上手なんだね、俺もけっこう作る方なんだけど、今度一緒に『ニコルは僕と一緒によくお菓子作るんだよ、いい腕してるだろ?味わって食べてね、そのクッキー。じゃあ!』」


「おー、ニコルありがとうな!でもお礼ならクッキーなんかじゃなくて俺とデート…『クッキーなんかって言ったか、今?』…すんません…」



…最後、なんかもう意識が朦朧として雑にあしらった感があるけど…まあいいか…




あ、そういやヘルゲは?


うわ、すげ…女の子の波を泳いできてるぞあいつ…

あんなに手がたくさん伸びてきてるのに、よく捕まらないな。

なるほど、あれが無表情美顔ゴーレムの由来か。

氷みたいな無表情で、危なげない足取りでスルスル人垣を抜けてくる。

なんか気持ち悪いなアレ。




「よく無事だったなヘルゲ」


「…そう思うなら少しくらい待て。ニコルが男と話している間、軽い殺気を飛ばすだけで精いっぱいだったじゃないか」


「ヘルゲのスッゴイ・・・・殺気なら、ちゃんと届いてたよ。僕の牽制直後に来るから効果抜群だった」


「そうか、ならいい。すぐ離脱するぞ」


「ぷはー、皆に喜んでもらえてよかったぁ~!あんなにいっぱい作ったのに、少ししか残らなかったね!」


「はは…なんか関係ない人もすっごい期待した顔で待ってたからね…あれは渡さざるを得ないよね」


「にへへ…さっき、ヘルゲ兄さんがディルクさんとドーリスさんにお礼言ってくれてるの聞こえた…アロイス兄さんもいろいろ私が言い足りないこと伝えてくれて、ありがとう。二人とも大好きぃ~」



そう言うと、ニコルは僕らの間にぼすっと体ごと突っ込んできて、腕を組む。僕とヘルゲにぶら下がるように体重をかけると、腕に頭をぐりぐり押し付けてきた。


あーあ、疲れたけど…結局ディルクさんがタダで魚くれるわ、いろんなトコからまたしても貰い物するわ…あの商店大丈夫なのかな、ホント。

まあいっか。ニコルも元気になって満足そうだし。


なんとか商店を破壊するような事件を起こさないで済んで、よかったァ…





  

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