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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
明の年、暗の年
91/443

91 存在理由 side名無し

  



こぽこぽ、と紅い清流の中で聞こえる水音に耳を澄ませる。

俺のレゾン・デートルは「ニコルのことを考える」こと。


ほぼスタンド・アローン状態になってはいるが、本体が五感で感じる「大切な人間」のことは、もちろんリアルタイムで入ってくる。


本体に比べて、俺は非常に小さな「真の望み」のカケラでできている。

この広大な紅の世界の端っこで。

この劇的に美しくなった世界の端っこで。

俺はニコルたちのことだけを想っていた。






本体は毎日忙しそうだ。

デボラ教授に不穏な情報を聞かされて、マザー本体の精査をやり直してみたり。メガヘルのトレースのため、何度も違う格闘技の組手をコンラートとしたり。


俺が最近理解した「楽しむ」ということを本体にフィードバックしたら、コンラートで遊び始めたのには笑った。


フィードバックした情報はいくつかあるが、一番の成果は「共感する」だったと思う。ナディヤの話を聞いたり、ニコルが死にそうになって泣くアロイスを見たりして、なんとなく理解したものだ。他人と調和するのは最も俺が苦手とするものだが、疑似的な感覚が掴めたと思うんだ。


つまり…コンラートとナディヤが幸せそうにしているのを見て、俺が幸せだと思った時の記憶と比較してみる。すると本体は「納得」するんだ。「ああ、きっと俺がニコルに極上の笑顔を貰った時みたいに幸せなんだろうな」と。



俺がこれらを理解してフィードバックしたことで、アロイスとニコルは俺が変わったと感じたようだ。


俺みたいな小さなカケラにでも、できることはあるものだな。






俺がいつものように紅い清流の中でニコルのことを考えていると、本体がやってきた。俺に用事があるわけではない。緑の世界を眺めにやってくるんだ。


端っこに座り、恐怖に震え、焦がれてやまない緑色を見る。

俺のいる清流も、本体の恐怖に共振して波打つ。


怖い。

大事なお前たちが傷付くことが。


怖い。

俺が大事なお前たちを傷つけることが。


怖い、怖い、怖い…ニコル。




ようやく恐怖が薄くなり、落ち着いたようだ。

本体も立ち去り、清流のこぽこぽという音も聞こえてくる。



ニコル。

そう、俺の大切なニコル。


なんで大切なんだろう。

当たり前だ。あの時、俺を救ってくれた。


当たり前か?ニコルには俺を救おうという意図などなかったぞ?

それでも俺は救われた。感謝して大切に思うのは当然だ。


なあ、リアやフィーネ、ナディヤが酔っ払いに絡まれた日を覚えてるか?あの時リアが「いつまでも気にしないの」とナディヤを叱ってなかったか。コンラートも「気にすんな」と何度も言っていなかったか。

…言っていた。


もしニコルが意図を持って俺を救ってくれたんだとしても、ニコルなら「気にしないで」と言う気がしないか?

…する。だが、俺が感謝し続けるのは勝手だろう。


そうだ、それは俺の勝手だ。だが、勝手な感謝の気持ちをいつまでも向けられるニコルは、重荷に感じないだろうか。

…そうかもしれない。俺は重荷になって、嫌われてしまうだろうか。


いや、それはないと思う。それはいくらなんでも、信じていいんじゃないのか。ニコルとアロイスは、俺を見捨てないし裏切らない。それを信じられなくて、いったい俺はどの面下げてあいつらに「感謝している」なんて言えるんだ。

…そうだな、少しさっきの「怖い」波に引っ張られていたかな。


そうだな。

…俺は、ニコルを大切に想うことに、「感謝」という余計な感情をかぶせているのかな


…どうだろう。それは、難しいな…

感謝の気持ちは…大前提で置いておいたとして。忘れはしないが、置いておくとして。俺はなんでこんなにニコルが大切なんだろうな…


そうだな…なんでだろう…

でもそれがわからないと、いつまでもニコルの笑顔が悲しい理由も、アロイスが「自分で気付け」という理由も…きっとわからないと思うんだが。


俺には、何が欠けてるんだろうなぁ…いや、たくさん足りないものがあるのはわかってるんだが…マザーに何を取られたんだっけな…くそ…






こぽこぽ、と紅い清流の中で聞こえる水音に耳を澄ませる。

俺のレゾン・デートルは「ニコルのことを考える」こと。


最近「なんでこんなにニコルが大切なのか」は俺の命題になっている。いくら考えても、解けない数理パズルをこねくり回すかのように、同じところで思考が空回りしている気がする。


それでもいくつか「理解したモノ」があるんだから、無駄にはなっていないのが救いか。



こぽこぽ、と紅い清流の中で聞こえる水音に耳を澄ませる。

俺のレゾン・デートルは「ニコルのことを考える」こと。






  

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