80 賢者と愚者 sideコンラート
「だーからァ、穏便にやったっての。誰ひとり、敵も味方もケガ一つしてねぇってば!」
『…ほんとに?』
「いやいや、アロイスこれは本当のことさ。だから言っただろう、ヴァイスは皆紳士淑女だと。ぼくはエレオノーラさんの要望に従って方陣用の魔石を作成したけれど、何一つ殺傷能力のあるものなどないさ」
『…ほんとに?』
「いや、ほんとだって…カイとカミルと俺が、ちょっと気持ち悪くなって吐いたくらい?」
「…コンラート、君は口を閉じた方が良いと思うのだよ…」
『ほんっとーに、危ないことはなかったんだね?その上で、ヴァイスの大佐の指示だから内容は言えない、と?』
「まあよ、俺らが作戦立案してやったってんなら包み隠さず言うけどよ。作戦の中にはがっつりヴァイスのレア・ユニーク能力使ったりしてっから。俺のことならともかく、人の能力ダダ漏れにはできねーだろ?勘弁してくれや」
『まあ…それはね。わかったよ、あまりにも早く終息したもんだからビックリしてさ。疑って悪かったよ』
「いやまあ、いいんだけどよ。つか、お前も頭に血が上るとワケわかんねーこと言うな…なんだよ『マツッてHANABIッてドンドンパンパン大規模魔法ヒャッハーしたんじゃないのか!』って…なんとなく言いたいことはわかるとこがめっちゃこえぇよ」
「うむ…ぼくもなぜ言いたいことがわかったのかが不思議だった。たぶん模範解答は『マツッたがHANABIッてはいない、ドンドンパンパンはしていないが、大規模魔法一歩手前まではやって、最後のヴァイスの打ち上げでは確かにヒャッハーしていた』となるのだろう。だが安心してくれたまえアロイス、敵の被害は失禁してしまった地方支部長のズボンとパンツだけさ!」
「フィーネ…おめーもちょっと黙った方がいいと思うぜ…」
『…ま、その程度ならいいの…かな』
「おう、だからな?」
「そ、そうだな」
「「なにとぞナディヤにはご内密に…」」
『…わかったってば』
アロイスに『君とフィーネに聞きたいことがあるから、昼に会議通信入れるよ』とアノ笑顔で言われ、真っ青な顔でフィーネに「キタ…水色の悪魔からの“釈明せよ”っつぅ指令がキタ…お前、逃げんなよ?昼にこないだの店に来いよ?」と伝えたのが今朝のこと。
瞳に光を無くしたフィーネと俺が、日替わりランチを手つかずにしたまま固唾を飲んでアロイスからの着信を待ち、ようやく今釈明が終わった。
そう、終わったんだ…
「メシ、食うか…」
「そうだね…すっかり冷めてしまったが…」
「「マツリより消耗した…」」
「そういやよ、フィーネ。俺に気配遮断の魔石くれたろ?」
「ああ、そうだね。一応渡しておいた方がいいと思ってね。…やっぱり必要なかったかい?」
「んや、ヴァイスの連中にも知られたくない能力だからな。フェイクって意味で助かったぜ」
「ふむ…君、“黒”でよほど特殊な能力に進化させたね?予想はしていたが」
「まあな。お前には知られてるんじゃねーかと薄々思ってたけどよ。ホレ」
俺は完全に透明化してみせた。
「…これは驚いた。そんな高度な複合方陣をよく展開できるようになったね?ぼくだってそんなにすんなりいかないよ」
「ま、使えるようになった経緯は、あんまし聞いて気持ちイイもんでもねーがな。お前と違って、俺は使える種類は多くねぇ。だからサッとできるってだけだろ。これに習熟しなきゃ、俺も仕事になんねーしよ」
「…なるほど。ナディヤが君を心配しつつも、頼りにするわけだ」
「俺、ナディヤに何か心配させちまってるか?」
「彼女は、大切な人に対しての勘が非常に鋭い。君がとても“強い”ことを誰よりも理解した上で、君がこれ以上傷付くようなことがありませんようにと祈るような気持ちでいるのさ。それはもうわかっているだろう?」
「んあー…そうだな。はは、さすがにリアとお前はナディヤのことがよくわかってるな。ん?でもナディヤの同室って、ずっとリアとビルギットだったよな?いつからツルむようになったんだ?」
「ああ、ぼくは同室ではなかったよ。かわいそうにリアとナディヤは、あの腐脳女の抑え役としてずっと同室でね…ぼくが最初にナディヤと話したのは、初等8年の時だったよ。それまでぼくはとにかく浮いていてねぇ。特に誰と話すでもなく、マナのいい香りのする方へフラフラ行ってしまったり、高等学舎で方陣が展開されているのを感じては忍び込んでこっそり味わいに行ったりね。周囲がどうしてこれを確かめずにいられるのか、本当に不思議で仕方なかったくらいだ」
「あ、そういやお前…高等学舎でとっ捕まって説教くらってたな?ンな事しに行ってたんかよ」
「はは、そうだよ。そのうち図書館で方陣についての資料を読み漁ったりしているうちに自分でいくつか展開できるようになってねぇ。嬉しくて、こっそり海側の緩斜面に行っては一人で展開して遊んでいたのさ。ある日ナディヤがそれを目撃して、ぼくの瞳を見ながら嬉しそうに聞いてくるのさ『それがあなたの宝物なのね?』ってね」
「 …? なんか聞き方ヘンじゃねぇ?」
「そこがナディヤのナディヤたる所以さ。ぼくが何よりもマナと方陣を愛していて、何物にも代えがたいことを一瞬で彼女は見抜いた。人が大事に持っている矜持や想いを…ナディヤは揶揄するでもなく敬遠するでもなく、そっと共有してくれるのさ」
「そうだな。そういうやつだ、ナディヤは。…俺もそういや、そうやって見守ってもらったんだった」
「…だろう?ま、そういう彼女が惚れた君だ。自分が黒く汚れてしまったと思い込んで、彼女に遠慮するのだけはやめてやってくれないか」
ガツンとハンマーで殴られたような衝撃だった。
…俺はそんなことを…思ってたっけか?いや、そうだ確かに思ってた。ナディヤにふさわしい男でありたいと思いつつ、人を殺したり傷つけたり暴いたりすることに躊躇のなくなった自分に呆れていた。“しょせん俺は裏方向きの能力持ちなんだ”と多少ヒネてもいた。
俺のそういう気持ちを、ナディヤが知っていたとしたら?
それでも、いつも俺を好きだと笑ってくれるナディヤに、俺は誠実じゃなかったんじゃねぇか?
「まあ、そう悩まないでくれコンラート。君がそんな風に思うのも無理はないと理解できる部分もある。ただ、君はもっとナディヤに甘えていいのだよ。君が選んだ彼女は、君と同じようにとても“強い”のさ」
「…おう、わかった。はぁ~、俺ァお前に『賢者』ってアダ名つけたくなってきたぜ…」
「あっはは!それは光栄だな。しかし賢者にはほど遠いねぇ~、まだまだ知りたいことが山のようにあるのだよ…誰かぼくの寿命を千年程伸ばす術を知らないものかねぇ」
「あー…賢者ってそこまで欲深くはねーんじゃねぇの?」
「だろう?ぼくには“方陣の変人”が関の山さ」
「なんかうまいこと言ってやがるな…」
「リア命名さ。さすがに的を射ている」
「お前がいいならいいんだけどよ…」
俺はサラリと話を流してくれるフィーネを見て、ほんとにこいつを見くびっていたと改めて思う。フィーネはたぶん、俺と同じように誰も見ていないところで瞳の色が溶け出すほど泣いたはずだ。そうじゃなきゃ…こんな風になれるもんか。
「うっし、恐ろしかった“悪魔の審判”も無事くぐり抜けたし!仕事だ仕事!お前今日はどっちだ?」
「魔法部だね。…ぐぅっふっふ…ヘルゲをついにぼくの方陣で釣り上げてね…一つ試作品のデータをもらったのさ…いまからそれを味わってくるとするよ…」
「お前、その顔ヨソで晒すなよ?」
「おっと…ご忠告感謝するよコンラート。では失礼するとしよう」
「おー、がんばれよ…」
フィーネと別れて軍部への道を歩く。
今日、ナディヤに言えるだけのことを言ってみよう。俺の今の能力はすっかり人から認識されなくなっていて、またあの頃のように「制御できなくなったら、俺は誰にも気付かれずに死ぬんじゃないのか」って怖がってることを、話してみよう。
たぶん、ナディヤなら。
フィーネが言うように、「そっと共有」してくれるだろ。