77 生産的に愛でたい sideニコル
「わふん、わふん…くぅ~ン…」
「ふぁ~あ…おはよう、フィー。起こしてくれてありがと…アルマとユッテも起こしてあげてくれる?」
「わふん!」
お手伝いわんこのフィーは、毎日私たちを起こしてくれます。アロイス兄さんのスッゴイ女子会のあと、ヘルゲ兄さんがフィーをじーっと見つめながら「なんだこれは…」と言って、中に入れてあったらしい魔石を起動させました。そしたら、自分で動いて私のとこに来て…ああ、今思い出しても鼻血出ちゃいそうです、自分から私に飛びついてきて、モフモフしてくれたの…オートでモフモフですよ!?
フィーはとても賢くて、部屋に誰かが訪ねてくるとドアの前に行きます。最近わかったのですが、開けていい人かいけない人かを判断してくれているようです。ちなみにナディヤ姉さんの時はドアノブに飛びついて、自分でドアを開けてました。ノックをしようと思っていたところでドアが開いたので、ナディヤ姉さんはとてもびっくりしていました。
フィーネ姉さんには、年が明けてからナディヤ姉さんのミニディアで連絡してもらいました。きちんとお礼が言えてよかった!
「フィーネ姉さん、ありがとう!この子の名前はフィーにしたよ!」
『おや、それは照れてしまうね。きっとお役に立てると思うから、可愛がってくれたまえよ』
「フィーネ姉、このウェア最高だよー!体が軽くてさ、この前タイム上がったんだ」
「私もお肌ぷるぷるで調子いいの~!」
『おお、それは重畳。君らが輝くとぼくが嬉しい』
「フィーネ姉さん、王子様よねぇ~…うっかり恋しそうで怖いわぁ…」
「あんた頭沸いてるよアルマ。フィーネ姉のは王子様じゃなくて男前っていうんだっつの」
「フィーネ姉さんはミニーネみたいな子犬だと思うなぁ…」
「え…皆、何かが違うと思うわ…」
『あっはは、どれも大変嬉しい賛辞だね!』
「…フィーネがいいなら…ふふ、でもほんとに嬉しそうだから、それでいいのね」
『そうさ、ナディヤ。ぼくはいま、過去に例を見ないほど絶好調なのだよ。ちなみにニコル、フィーを起動させたのは誰だい?』
「あ、ヘルゲ兄さんが動かしてくれたよ」
『ん、重畳。ならばぼくの方陣も見てくれたことだろう。はっはっは、今年は最高に楽しい年になるな!』
最後にちょっと不敵な笑い声を残して、フィーネ姉さんとの通信を終えました。ヘルゲ兄さんに明日、方陣のこと聞いてみよっと。
*****
翌日、フィーの背中にロイとヘルを乗せてもらい、一緒にアロイス兄さんの家に遊びに行きました。あ、みんな外に出してもフィーが清浄の方陣でキレイにしてくれるので汚くないですよ?
「こーんにーちはー!ニコルでっす、入るよ~?」
「どーぞー!」
家に入ると、アロイス兄さんはキッチンでヘルゲ兄さんはリビングみたいだった。うーん、いい匂い…またお菓子作ってくれてるんだァ…
「アロイス兄さん、何作ってるの?」
「今日はシフォンケーキに挑戦中。うまく膨らむかな~…」
ああ…涎たれちゃう…
「ヘルゲと一緒にリビングで待ってて。うまく出来たらご馳走するからね」
「ひゃっほー!わっかりました!おいで、フィー」
リビングに行くと…あれ、珍しい。最近チェスかパズルばっかりやってたのに、今日は端末で何か作業中?
「ヘルゲ兄さん、私そっちに行っても大丈夫?…お仕事かな?」
「ああ、大丈夫だ。仕事じゃないからな」
「珍しいね、パズルやらないの?」
「…行き詰ったんだ…」
「へ?何に?」
「…なかなか解けないから、気分転換だ…」
「あ、パズルかあ。めずらしー、ヘルゲ兄さんすごい勢いで解いてたのに。1000問もあってどうするんだろうと思ったけど、ヘルゲ兄さんの勢い見てたら足りないかもって思ってたよ、私」
「フィーネ…あいつ、どういう基準であれを選んだんだか…500問を過ぎたところで急に難易度が高くなってな…」
「あっは、ヘルゲ兄さんがそんなに夢中になるものをくれるなんて、さすがフィーネ姉さんだなー。あ、ねえねえ昨日ね、フィーネ姉さんとミニディアで話してお礼言ったの。その時にフィーの方陣をヘルゲ兄さんが起動したって言ったら、嬉しそうにしてたよ?」
「フィー…その犬の方陣か。フィーネが嬉しそうだった?」
「うん、今年は最高に楽しい年になるって」
「…もう一度見せてくれ」
ヘルゲ兄さんはフィーを抱き上げると、じーっと(たぶん中にある方陣を)見つめる。…この映像記憶、あとで忘れないようにしまっとこ…ヘルゲ兄さんがフィーを抱き上げてモフってるトコか…うん、イイ。とても、イイ。
「…なるほどな…ニコル、顔が緩んでるぞ?」
「ほあ!ごめん…」
「たぶんフィーネは、今までにない方陣の使い方をしてフィーを動かしている。独自に組み上げたのか、何かを参考にしたのかは知らないが…確かにこれはおもしろい」
「へぇ~、そうなんだ!すごいんだねフィーネ姉さんて」
「そうだな。俺は面倒だから自分で用途に合わせた方陣を作ってしまうが、フィーネは既存の方陣を使っているからな。これが工夫というものなんだろうな」
「工夫か…そっか、大事だもんね…」
そう言うと、ヘルゲ兄さんは思いついたように端末に向かって何かやり出した…早すぎて目が追いつかない…ほえ?なんでフォグディスプレイが4つも5つも立ち上がってるんだろ??端末ってこんな仕様だったけぇ…目が回っちゃう…
「ニコル、うまく出来たよシフォンケーキ…って、ヘルゲぇ…」
アロイス兄さんは「あーあ」って顔をすると、人差し指を口にあててから私においで、と手招きした。ダイニングの方に行くと、フィーたちもぽてぽて付いてくる。
「なんか面白いもの見つけちゃったんだな、ヘルゲ」
「わかるんだ、アロイス兄さん」
「そりゃ一緒に暮らしてるとね。いつもは部屋で端末いじってるけど、たまにああなるよ」
「なんかフィーの方陣はね、フィーネ姉さんの工夫があるんだって。…あーあ、私の周りってすごい人ばっかり。いつか私もがんばったら、何かひとつスゴイ!っていうものが持てるかなあ…」
「あは、ニコルでもそんなこと思うんだね」
「むぅ…どういう意味デスカ…」
「いや、バカにした訳じゃないってば。誰だってそう思うものだよ、『自分に特別な価値がほしい』ってね。でもニコルって、あんまりそういうのに執着しなさそうだったからさ」
「そうかなぁ~。たぶん今まで、おじいちゃんとか兄さんたちとかのことをあんまり『特別』なものだってわかってなかったんだよね…いるのが当たり前、みたいな…でも、そうじゃないって気付いたから。で、私には『特別』があってすごく大切なんだけど、でもそれって私自身が作り上げたり成し遂げたりしたものじゃないよねーって思って…ああ、なんだか言ってることがワケわからないよね…」
「…いや、よくわかったよ?ニコルは自分がこうするって決めて、それをやり遂げたいんだね」
「うん、そう。そういうことなの」
「何をやるかが決まってないから、何をしようかなぁ~っていう段階かな?」
「う…一個あるけど、それはなんていうか精神的なことで…だから、それは置いといて、もう一個何かほしい。生産的なコトで!」
「あはは、生産的ね、なるほど。わかりやすいねソレ」
うう…そういうこと考え始めると、非常に不安になるわけですよ。だって私って何が好き?とか得意?って考えるとね、ぬいぐるみが好きでモフるのが得意ってことになっちゃう。世の中にぬいぐるみを愛でる職業なんてあるわけない。ぬいぐるみをデザインしたり作ったりする人になればいいのかなー?それってどうやってなるのかな…お裁縫得意じゃないんだけど…
そんな内容のことを説明してからウンウン唸ってると、アロイス兄さんは頭をぽんぽんしてくれた。あ、ちょっと煮詰まってるかな、私?
「ありがと、少し考えすぎてるね私」
「生産的な何かは、無理に職業にしなくたっていいと思うよ?スゴイ趣味だっていいんだしね」
「あ、そっか!アロイス兄さんがコックさんじゃないのと一緒だ!!」
「…褒めてくれてると思っていいんだよね、それ」
「もちろん!ところでシフォンケーキ食べたいですっ」
「ああ、もう冷めた頃だね。ヘルゲはいらないだろうから好きなだけどうぞ」
「やった!ホイップクリームたっぷり?」
「イエス、たっぷり」
小躍りしながら一緒にキッチンへ行き、ホールの半分を要求したらアロイス兄さんに驚かれました。これくらい、普通だよねぇ?