75 from F sideアロイス
年末が近づいてきた。
温暖な地域にある村の冬は、少々乾燥気味かな?という感じで雪もほとんど降らない。冬休みに入った学舎の子供たちは、帰省した人々と会ったり商店へ繰り出したりと楽しそうに遊び、いつもは大人しかいない村の中心部は、一気にエネルギーにあふれた子供たちでいっぱいになる。
商店を中心としたいろいろな店の大人たちも弁えており、子供たちが安全に楽しく過ごせるようなイベントを開催してみたり、セクト事務所の会議室なんかを解放して、好きな仲間たちで集まって簡単なパーティーができるようにしてみたりと工夫に余念がない。
ニコルは今までずっと、同室三人組での買い物か、僕らの家に一人で訪ねてくるかだったんだよね。
今年はフィーネからの「お礼の品」がちょうど冬休み初日に届いたこともあり、多少渋るヘルゲを宥めつつも…異例中の異例、ナディヤ・リア・ニコル・アルマ・ユッテの5名様を我が家にご招待した。さすがに堂々とっていうのは騒ぎになるので、子供たちが繰り出す時刻よりも少し早めに裏口から入ってもらうという状態にはしたけれど。オスカーが入ってないのは、フィーネのお礼から外れてたからだよ。他意はないです、ごめんね。
驚いたことにフィーネは、全員の好みを熟知…というか調査し尽くしたようなものを送ってきていた。ダイニングで開封~。
ナディヤには、かなり本格的なキッチンツールセット。リアには、紙製の本物の図鑑が3冊。ニコルには、中央で人気のモフモフ感が売りだという大きな犬のぬいぐるみ。アルマには、いい香りのする化粧水や乳液、ボディケアミルクといったスキンケアセット。ユッテには非常に伸縮性のあるスポーツウェアが夏冬上下セット。
…全員シーンとしたあと、爆発したようにキャァァァァ!と叫び出した。
「ちょ…ちょっと、どうしようかしらこれ…中央でも有名な刃物店の、すごい鋼を使った包丁よ…レードルに、ターナーもある…あ、メッセージが入って…イヤアアアア、フィーネったら何考えてるのぉぉっ!」
ヒラリと舞ったメッセージカードには『嫁入り道具だ、受け取ってくれたまえ F』と書いてある。うむ…僕もあの包丁は正直うらやましい…コンラートに僕の分も買ってきてもらおうかな…
「あぁ…私、これがあったら冬休み中ずっと眺めていられるわ…もう外になんて出なくてもいい…愛してるぅフィーネぇ~」
リアが今まで見たことないほどメロメロになって抱きしめている図鑑は、いまどき珍しい紙製で、驚くほど美しい絵で動植物が描いてある。…いいな、僕もあれは見てみたい…カードには『仕事はしないといけないよ、リア F』…どっかにフィーネの監視方陣でもあるのかな…
「…もふ…モフ…ほあぁぁ…キモチイイ…もフ…」
…うちの妹、壊れた。
カードには『大切な君をぼくが番犬として見守ろう F』…え?なにフィーネ?なんでそんなプロポーズみたいなオットコマエなセリフが?あ、あの犬、方陣仕掛けられてないか?僕らと考えることが同じだな…うーわー、生活魔法がどかんと入ってるってことは…メイド犬? それになんだろ、操身に小さい出力の属性魔法とか低レベルの警報とかがいろいろ不思議な形にくっついてるような…僕じゃ用途がわからなくて怖い。
「いやぁぁん、フィーネ姉さんわかってるぅ!これっ薔薇水よね!あれぇ…このシリーズってぇ…きぃやぁぁぁ、『レティシアン・ローズ』よこれぇ!」
…『可愛い君の肌には最上の物が似合う F』フィーネってどこの王子様なんだろう。そしてこの子たちをどうしたいんだろう。僕、ちょっと教育者として危機感を覚えるんだけど。
「うっは、すっごいこれ!通気性抜群、伸縮性最高、丈夫で軽くてデザインかっこいぃ~!私これで風になれるんじゃないの~」
…『走る君は最高に美しい F』あの…ほんとにもうコメントしようがないんだけども。確かにユッテは運動が大好きだし、すごく足も速いけれども。…なんか僕、これらをささっと学舎に届けるだけの方が親切だったかもしれない。
…さて、女性陣が楽しんでる間に支度しちゃいますかね。
朝食を抜いてきてねって皆に言ってあって、本日はブランチからアフタヌーンティーまで、オール・アロイス・プレゼンツの食べっ放し女子会をセッティングっていうわけなんですよ。
たまにはね、ニコルも大勢でわいわいやりたいかな、と。
はぁ~、これでヘルゲあたりが給仕できれば楽なんだけどね。当然やりたがらないしできないし、しばらくしないと部屋から出てこないと思う。なぜなら、ヘルゲもフィーネからの「お礼の品」にヤられてて夢中だから。いやぁ…ほんとにフィーネは何者なんだろう。僕、初めてヘルゲが「遊ぶ」のを見た気がする。
マーブル製のチェスと、チェス名人のパターンがインプットされている魔石のセット。一人でもその魔石をチェスボードにセットすると対戦してくれるので、ヘルゲも僕も挑戦しては負けている。イージーモードならヘルゲは勝つけど、僕は負ける。がっかりです。
あと、数理パズルっていうムズかしそうなパズル問題が1000問入った魔石を『君なら全問解けるだろう? F』という、ヘルゲの煽り属性も真っ青の挑発付きでコロンと箱に入れてきた。これが届いて以来、2日ほどヘルゲは部屋からろくに出てこない。
え、僕?
ふっふっふ、いやぁ~、いろいろ言いましたけどね、フィーネ最高。中央でしか手に入らない高級スパイスやハーブ各種。ニコルのために何回かやってみたらお菓子作りにハマり、意外と道具が必要だなって思っていた矢先の製菓用品セット。主に仕上げ用品が入っていて、口金各種に回転台、クッキー型にケーキ型、パレットナイフにキャラメライザー。…え、キャラメライザー?なんでこんな本気丸出しのモノまで…この辺から雲行きが怪しくなってきた。
そしてまさかのケーキスタンドとケーキカバーもあるのを見たときには、さすがに「あぁ、これで姫君たちをもてなせっていうことですね、わかります」と遠い目で悟った。ちなみにカードのメッセージは『皆を頼んだよ、お母さん F』だった。これだけはいつか、何らかのお礼をしなければいけないと決心した。
ではそろそろ参りますか。
リビングにテーブルを二つ繋げ、既にセッティングはしてあります。まずは軽くクラブハウスサンドイッチからね。数種類のフレッシュジュースに軽いオードブルを出して、ふわふわの小さ目パンケーキにたっぷりのホイップクリームとこっくりバター。ちょっとがっつりいきたい時用にチキンのカリカリフリッターやミニステーキ、フルーツサラダを盛ってある。なんとしてもキャラメライザーを使ってやろうと思い、シブーストをケーキカバーに入れてお出しする。ケーキスタンドにはクッキー各種、スコーンにクロテッドクリームとりんごのジャムをたっぷり添えて出し、レディグレイのアイスティーとホットのフレーバーティーをサーブ。ご希望があれば、バニラかチョコレートのジェラート。シャーベットならカシスかライムですね。
…どうでしょう、フィーネさん。僕はやり切った感で、いま修練よりも充実しています。そう、たぶんフィーネの思うツボ、どストライクにやり切った。
「…フィーネは私たちに大金使いすぎ。アロイスは私たちを太らせすぎ…」
「私、しばらく動けないわ…それとアロイスに敗北感でいっぱいなの…」
おや、同期組はダウンか…
さすがに食べ盛り組はまだ元気だねぇ~。
お、ヘルゲが部屋から出てきた。
…目の焦点が合ってない…
「…メシ…」
「ヘルゲ兄さんっ今日ね、すごいのー!見てこれ!ケーキ食べる?」
「…甘いものは…いらん…」
「ヘルゲ兄~、こっちにフリッターあるし!」
「おう…」
「ヘルゲ兄さん、目の下にクマできてるぅ!美人が台無しぃ~」
「おう…」
「見てみてヘルゲ兄さん、わんこもっふもふ!」
「ニコル、毛深くなったな…」
あ、背中バチコンて殴られてる…
「はっはっは、フリッターと見せかけてシブーストどーん!!」
「…むぐ…砂糖の味がする…」
「そこへご所望のフリッターをダーンク!」
「…もぐ…食感が…おかしいぞこれ…」
「ちょっとー、ユッテかわいそうだからやめなよぉ~。ヘルゲ兄さん、そんなにお肌荒れちゃって!特別にこの化粧水先に使わせてあげるねぇ~」
「…がふっ…アロイス…砂糖味で薔薇の匂いがするぞこのフリッター…何の珍味なんだ…」
「あれっヘルゲ兄さーん?しっかりしてぇ!寝てるのー!?」
…みんなそろそろ許してあげて…ヘルゲの目から光がなくなってく…
こうして僕らの家はフィーネによって狂乱の渦と化し、午後早めの終了予定のはずが夜七時までダラダラ食べて飲むだけの「屍たちの宴」になった。おかしいな、華麗な女子会をプレゼンツしたはずだったんだけど。
うん、まあ…ヘルゲ以外は楽しそうな顔してるし、いいか…