74 ハンナ先生とミニーネ sideアロイス
「…それにしても、アンバランスなのよね…」
「それについては同意しますけど…魔法技術は遅咲きの子なのかもしれませんしね」
「うーん、私の見立てだと、ニコルはこれ以上収束するのが難しい気がするのよ。あんなに大量のマナを錬成できるのに、収束しようとすると『零れる』って本人も言ってるし…」
「何か文献がないか、いま僕も図書館をあたってるんですけどねぇ」
ハンナ先生とニコルの資料を見つつ相談する。透明度の問題もあるけど、収束についてだけが何の手がかりもない。
「しかし参ったわ。大規模魔法も撃てず、ユニークでもない子が軍に行っても…中枢の宝玉信仰は何とかならないものかしらねぇ。このままニコルが魔法的に開花しない状態で宝玉になってしまったら、お飾りの宝玉として辛い思いをするに違いないわ…というか、まだ宝玉になれると決まったわけでもないのにマザーも早まりすぎよ、すぐ中央にピックアップして知らせちゃうなんて」
「…その通りだと思います…それとハンナ先生…じつは中央の知り合いに聞いたんですけど、もしかすると広報部あたりでニコルをセンセーショナルに担ぎ上げようって考えそうな人がいるらしいんです」
「は!?なんですってぇ!」
「いや、そういうことがいかにも好きそうな人物がいっぱいいるから、気をつけろって言われたんですけどね…何に気を付ければいいのやら。もしも中枢で許可が下りてしまったら、ニコルはどうなるんでしょう。断ることってできるんですかね…」
「…今までの事例から考えて、卒舎していない未成年を中央に引っ張り出すことはしないと思うけれど…山吹一族なら、白縹への取材許可くらいは取って、ニコルに付きまとうことになりそうね…」
「うわ…そんなことになったら修練どころじゃないじゃないですか…」
「取材が続く間は、別の一族の珍しさもあって落ち着かないでしょうね。何よりニコルが浮いてしまう。あの子の性格じゃ、居たたまれなくなっちゃうわよ」
「うーん…取材が来てからじゃ、絶対に遅い…子供たちに悪影響しかないですよね…」
「…そうね、ちょっと手を打ってみるわ」
「え、何か手があるんですか?まだ形にもなっていない話なんですよ?」
「いえ、確実かどうかはわからない。でも、軍属の仲間なら…ヴァイスの人たちにあたってみて、広報部とツテのある人を探すなりしてみるわ。山吹のやつらってのは、相手の迷惑など考えない。我が国のイメージアップのためだの、強国たる権威を知らしめるためだの、中枢の許可さえ下りれば大義名分を掲げてやりたい放題!絶っ対に子供たちを餌食にさせてなるもんですかっ!!」
「ハ…ハンナ先生?どうしたんですか…何か山吹にイヤな思い出でも?」
「あら…ごめんね興奮して…えーと私の二つ上の代にね、双子の兄弟がいたんだけど、知ってる?」
「あー、有名人ですよね?双子だから珍しくて…カイさんとカミルさんでしたっけ?」
「そうそう、彼らよ。双子でそっくりでしょ?中央ではレアな白縹一族でしょ?軍属ってことは、大規模魔法の撃てる強力な魔法使いでしょ?おまけに顔もなかなかイイ。この人たち、山吹に目を付けられないと思う?」
「あぁ~…なるほど…というか、まさか被害にあったんですか?」
「彼らが軍に入隊した直後から、ヴァイスの宿舎に山吹の取材陣が押し寄せて大変だったらしいわよ。ニコルみたいに担ぎ上げようっていうより、軍のイメージアップ用宣伝モデルになってくれって言ってたらしいわ。肝心の軍上層部からの抗議が入って、流れたようだけど…まあ、それ以来ヴァイス宿舎には許可なく部外者が近寄らないように警備してるみたい。ヴァイスの人たちも、山吹にはいい感情なんてないわ」
「っはぁ~、そんなことがあったんですか…」
「そうよ。その時のカイ兄さんとカミル兄さんの憔悴した顔ったら無かったわ。学舎宛に、そういうことがあったって報告と、なるべくこちらで収めるけど、もし迷惑がかかったらすみませんってわざわざ通信で謝ってきたんだもの…高等学舎全員で、万が一山吹のやつらが来たら一言も話さず追い返そう、ちょっとでも触られたら女の子は悲鳴をあげようって一致団結したくらいよ」
「うーわー…」
「ま、だからね。まだ形になってない話だとしても、だからこそ未然に防ぐために動くヴァイスの人たちはたくさんいると思うの。ちょっと、この件は時間をちょうだい。何か進展があったらすぐに知らせるわ」
「心強いです、ありがとうございますハンナ先生」
「いいってのよ、子供を守るのは当たり前だわ。じゃあね、また明日もよろしく」
「はい、お疲れ様でした」
*****
「すごいよフィーネ。言った通りだった」
『やあ、うまくいって良かったよ。山吹に何かとっかかりがないかと考えていたんだが、意外と身近にあってね。ダメなら山吹の分体にもう一度行って、腐臭のする方陣でも投げ込んでやろうかと思ったのだがねえ』
『ヤメロ、フィーネ…ナディヤにも心配だから無理はしないでくれって涙目で頼まれてただろ…』
『う…そうだったな、ナディヤに泣かれるのだけは勘弁だよ、ぼくは…。うん、自重しようじゃないか』
「あはは、でも何も言われずに『ハンナ先生に相談したまえ』じゃ、正直言って何から話していいかわかんなかったよ…」
『ハンナ先生には裏に意図のある話など通用しないさ。素直に心配だ、どうすればいいだろうと相談するのが吉というものだ。カイさんとカミルさんの話は以前ぼくも聞いたことがあってね。二年違いのハンナ先生ならご存知だろうと思った次第だよ』
『ま、あとはヴァイスのまとめ役から、ほっといても動けるやつらに指示が来るだろうぜ。カイもカミルも絶対ノッてくるに決まってら、マツリだもんなー』
「うぅーわ、マツリって…頼むよ?あんまり皆が暴走しそうなら抑えてくれよ?」
『ダーイジョウブだってぇ~』
『ヴァイスは皆紳士淑女だよ、何も心配することなどないさ、アロイス』
「…君たち、心にもないこと言ってるでしょう。無茶をやらかしたらナディヤに言いつけるからね?いいかい、わかった?」
『『う…それだけは…』』
「わかった、かな?」
『『…ハイ…』』
ほんっとに油断ならないな、この二人…意外とフィーネも血の気が多くて、ヘルゲと同じくらい「叩きのめす」系の思考をすると知ったのは最近だ…
『あ、あーっと、そうだったアロイス。この愛らしい”ミニーネ”なのだがね。とてもとても嬉しかったので、些少ながらお礼の品を送らせていただいたよ。手間をかけて申し訳ないのだけど、リアとナディヤ、それとニコルたち三人宛のものも入れたので、渡していただけないだろうか』
「えっ!そんなに気を遣わなくていいのに…でも、ありがとう。必ず渡すよ」
『いや、大したものではないんだ、本当に。…でも、こんなに…こんなに嬉しい贈り物を貰ったのは、初めてなのさ。皆によろしく伝えてくれたまえ。じゃあ、ぼくはこの辺で失礼するよ』
「…そっか。わかったよフィーネ、またね」
今まで見たこともない、恥らったような笑顔でフィーネは笑っていた。こんなに喜んでもらえるとは…
『…あいつさ、ミニーネ渡した時に泣いてたぜ』
「えっほんとに!?」
『ああ、”ヘルゲのマナと方陣から、信頼の音色が聞こえる”ってよ。それにニコルたちが”絶対フィーネ姉さんにはかわいい子犬だ”って選んでくれたってのも嬉しくてたまらねぇって』
「…そうなんだ。…はは、しかし”無表情なヘルゲ”も、フィーネには心情ダダ漏れで形無しなんだな」
『ぶはは!違ぇねぇな。あいつ口で話すよりマナで話してるってことじゃねぇか』
「ほんとだね…くっくっく…」
通話を切り、無言で僕らの軽口を聞いていたヘルゲに話しかけた。
「どうだい、感想は?」
「…ふん、フィーネがそう解釈しただけの話だろうが」
「素直じゃないなぁ~。フィーネが特定の人たちをものすごく大事に想う感覚って、ヘルゲそっくりじゃないか」
「…一緒にするな。寝る」
「はいはい、おやすみー」
照れて引っ込んじゃったけど、僕らの通信をミニロイの死角で静かに聞いていたヘルゲは少し戸惑っているようにも見えた。きっと、僕とニコル以外でこんなに自分が受け入れられることに実感がないんだろうな。ほんとにヘルゲの”自分不信”は根が深い。
…いつか、僕らの内の誰かが…いや皆で、その根っこごと引っこ抜いてやろう。僕らは、全員で君の内面に突っ込んで行ってるんだぞ。
早く気付けよ、ヘルゲ。