72 美食家の想い sideコンラート
俺らヴァイスの朝は、メシの後の修練から始まる。
まあ、全員同じカリキュラムで育ってるしな。ルーチンみたいなもんだ。教導師だのナニーだのはもちろんいないが、仲間の中にセイバーがいるから何かあっても問題ないしな。
ヴァイスの中にも階級はあるが元が「兄弟姉妹」だし、まとめ役的な感じになっていて気安いのがいい。俺らの6年先輩の代にカイとカミルっつう、白縹ではめちゃくちゃ珍しい双子の兄弟がいるんだが、俺はその二人と一番気が合う。
この双子、元シュヴァルツなんだよね。
二人は同じ”共鳴”のユニークを持つ一卵性双生児で、二人の間でなら五感や知識の類を共有したりやりとりしたりできる。まあ、この特性があってホデクが見逃すワケねーわな。
んで、俺の特性もホデクの性格も知ってる双子は、当然シュヴァルツに引っこ抜かれたであろう俺をいろいろ気にかけてくれてるってワケ。シュヴァルツから足を洗うのは…って言うと、ほんとドコの闇組織だよって感じなんだがよ、意外と簡単なんだそうだ。本人合意の上で秘匿情報の封印を魔法部に依頼し、マザーの検査で合格すりゃいいんだとよ。引っこ抜く時は有無を言わさずだったくせになー。
まあ、結局抜けても”傭兵”としてたまに黒い仕事は受けるようだ。仕方ねえよな、組織の子飼いなんだから。それでも軍のくせに人事で甘やかしてもらえるってのは、白縹が”逃げない家畜”だからだ。
双子は二年で嫌気が差して「専属」から抜けたようだが、俺が三年経ってもなんとかやってるのを感心していた。
「お前見てると、俺らがガキみたいだって気持ちになってくるよ」
「んなことねぇよ。カイとカミルがやらされそうになったこと考えりゃ、俺でも愛想を尽かすってもんだ。まあ、俺はとりあえずアレに一泡吹かせてから辞めるって決めてるだけさ」
「まあなぁ、俺らみたいなケースの指令もそうそう無いだろうが…ま、あそこにお前が簡単に染まるわけもないしな。一泡吹かせるチャンスがあったら誘えよ?ダメージが三倍になるぜ?」
「ぶっはは!!おー、そんときゃ頼むよ兄貴」
カイとカミルは、紫紺のお偉いさんに麻薬使用と密売の疑いがかかった際の潜入捜査を打診された。そこの奥方がクスリ使って複数の男と同時にお楽しみになってるらしいって噂だったが、決め手がない。双子なら珍しいおもちゃとして潜入できるだろうってわけだ。二人の能力に関係なくね?って内容だよな。
俺が入隊する前の出来事だから実際見ちゃいねぇけど、バジナとホデク相手に収束したマナを見せつけながら「ヴァイスを男娼扱いして、何かいいことがありますかね?家畜は家畜でも、特大の爆弾を一頭一頭が持っていることをお忘れで?」ってカマして、その足でシュヴァルツを抜けたんだそうだ。
くっそー、そんな祭りがあったならこの目で見たかったぜ。
*****
修練のあとは各自が任務だのトレーニングだのに向かう。
俺は数日前に、中央でも大手の貿易商が脱税している証拠獲って来いって言われて、するーっと裏帳簿とその他証拠を押さえてきたとこだ。以前ティモと半年潜入した時はアジトを確定すんのに時間がかかったが、場所がわかってりゃスグだからな。
といっても、貿易商も厳重に隠してはいた。会頭と秘書2人が裏帳簿を管理し、三人のマナ固有紋が揃わないと開かない隠し金庫に入れてたんだから偉いもんだ。まあ、俺ってば消えたまま会頭につきまとい、裏帳簿類を出すところから精査するまでずーっと撮影しながら見てて、用事がすんだら戻って報告しただけなんだけど。
報告してすぐに、腕力勝負のオモテの実働部隊が強襲。隠し金庫ごと関係者全員お縄、みたいな。
そんな感じのライトな任務ばっかりなんで、今日は筋トレに行くぜ。
…訓練場に行くと、珍しいやつがいた…フィーネだ…
「フィーネが筋トレとか、珍しいなァ。つか久しぶりだな」
「…おお、コンラート、ではない、か!ぼくもね、今回の、分体検査の、強行軍で、体力、不足、をね、痛感、した、わけ、さ」
「話すか鉄アレイおろすか、どっちかにしねえとケガすんぞ…」
「おお、そういえばその通りだね。忠告感謝するよコンラート。いやあ、筋トレもいいね。適度にやれば脳に酸素が届いて、回転が良くなるような気がするというものだ。マナの感度も鋭くなれば、なお嬉しいのだがねえ」
軍部のやつはほとんど使わない1㎏の鉄アレイでいい汗かいてやがんな…しかもまだマナの感度を鋭くしたいとか、おっそろしい野望持ってるし。今でさえマナに関しては訓練犬以上の嗅覚なのに、この子はアレか、野生にでも還りてーのか?
「いやァ…フィーネは充分感度鋭いと思うぜぇ?まあ、体力付けたほうがいいっつーのは賛成だがなァ」
「はは、確かに。ああ、コンラート。良ければ今日の昼食をご一緒できないものかな?例の件で伝えたいことがあるのだよ」
「おお、いいぜ。ヴァイスの食堂は…ヤベぇな。ちっと歩くが、軍の敷地から出るか」
「了解だ。西地区に”黄金の小麦亭”という店があるのだが、そこはどうだい?」
「そこなら知ってる。んじゃ後でなー」
*****
黄金の小麦亭に着くと、待ち合わせだと伝えてブース状になった半個室に陣取る。ここは適度に閉鎖性のある席ばかりなので、俺もシュヴァルツの連絡で何回か使った。
ヘルゲに叩っ込まれた索敵で、軍関係だの俺らに注目していそうな人間がいないか確認。よさそうだな、と安心したとこでフィーネが来た。
「やあやあ、おまたせコンラート。ああ、ぼくは日替わりランチでお願いしよう」
注文を済ますと、フィーネは当たり障りのない話から始める。
「いやあ、一番興味深かったのは金糸雀さ。語り部の中でも『カナリア』の称号を持つ者たちの特性を知っているかい?なんと歌う時と普通に話す時、それぞれに違う声帯を持っていてね。『語り』は、そりゃあこの世のものとも思えない、美しいマナの波紋に乗せた歌なのさ。ぼくはあまりの芳香に気絶するかと思ったよ」
「二つも声帯持ってんのかよ?すっげぇなあ…単に歴史を語り継ぐ一族だと思ってたぜ」
しばらくして料理が揃い店員が去ったとたんに、フィーネは防諜ほか数種類の方陣をスッと展開した。…さすが。ヘルゲ見慣れてると見劣りする感はあるが、フィーネの技術はその辺の魔法使いじゃ太刀打ちできねぇ。
「呼びつけてすまなかったね、コンラート。例の方陣は7色すべてに仕掛けたから、花火があがるその時を待っている状態さ。それでだね、白には何も仕掛けなくて良いんだったね?」
「ああ、やつが言うには白は特殊すぎて、用途に向かないんだそうだ」
「ふむ…まあいい。ところで、広報部の山吹一族について知っていることはあるかい?」
「んあ?あそこは民の誘導つーか…民意の統一みたいなことから、外交で他国向けのイメージ戦略までやるってコトくらいか」
「ああ、おおむねその通り。それでだね、山吹の分体を検査した時にたまたま見たデータなんだけれどね。ヘルゲとアロイスが可愛がっているニコルがいるだろう?あの子が宝玉級になったというピックアップ記事が高重要度のファイルにあったのだが。これはヘルゲたちが望んだことかい?それとも慮外の事かい?」
「…マジか。いや、宝玉級になったのは俺もついこの前聞いた。だが、なんで山吹が…」
「山吹のやり方から考えて、まだ14歳でありながら宝玉級になったあの子を担ぎ上げようっていう気配がプンプンするね。もし彼らの本意でないのなら、忠告したほうがいいと思った次第だよ」
「…助かるぜ、マジ感謝するフィーネ。ニコルちゃんはまったく軍向きの能力じゃなさそうなんだが、宝玉級ってだけでえらいことになりそうだって話してたんだ」
「そうかい、お役に立ててなによりだ。ほかにも多少得られた情報がある。どれがヘルゲに有用かぼくにはわからないからね、少々手間を取らせて申し訳ないが、彼に伝えて判断してもらえると助かるんだがね」
「おう、どんと来い。ま、その前に食っちまうか」
その後、フィーネは各部族の分体で手に入れた情報を次々に披露していった。紫紺や瑠璃の「中枢」に関しての情報収集はヘルゲもかなり深く探っているから問題ないだろうな。他の部族のことも、俺には重要度がわからんかったんで、ヘルゲに丸ごと伝えることにした。
そろそろ話が終わろうという時、フィーネが言った。
「…ぼくはだね、コンラート。軍に愛着もなければ忠誠心もない。ぼくが愛するのはマナと方陣のグルメな人生さ。だがね、実は同じくらいに大切なのは、ぼくに呆れず親しくしてくれる君らやリアたちなのだな。そこで君に問うよコンラート。ぼくの大切な君らは、マザーに何らかの戦いを仕掛ける気ではないのかい?絶対秘密裡に、我欲ではなく、大切な誰かのために、君らは命を張ってはいないだろうか?…いきなりこんなことを問うのを許してくれたまえよ、コンラート。だが、三年間人の生き死にに方陣を薄汚く使う輩ばかり見てきたぼくが、大切な誰かを生かすために方陣を使おうとする君らを、決して見捨てるとは思わないでほしいのさ」
「…どうしたよ、フィーネ。なんでそう思った?」
「ヘルゲのマナと方陣から得た、ただのぼくの直感だね。彼の命懸けの覚悟を乗せた音楽が、ぼくにそれをダイレクトに伝えたようなものだ」
「マジかよ、そこまでなのかお前…マザーに戦いを仕掛けるって、どうして思ったんだよ」
「ふふん…伊達に分体を精査しに行ったわけではないってことだね。ヘルゲを軍に呼び戻そうとする軍部と、引き留めたい魔法部の駆け引き。山吹でのニコルの情報に反応する君。ぼくに7色の分体へ方陣を仕掛けさせたが、その方陣の入った魔石のマナから薫る鮮烈な覚悟と緻密な計略の調べ。決定打はシュヴァルツのホデク隊長の動きさ」
「…フィーネ、お前なんでシュヴァルツのことまで探った?秘匿レベル考えたら軍法会議じゃすまねぇぞ」
「心配をかけてすまない。だが、ぼくは精度でヘルゲの足元にも及ばないが”外道な方陣の使い道”を散々味わったと言ったはずだよ?ぼくさえ捜査に乗り出さなければ迷宮入りだった事件も山とある。自慢じゃないが、ぼくが方陣でしでかしたことは、ぼく以外にはたどれないのさ、今のところはね。…で、ホデク隊長なんだがね。白縹のマザーを直に精査して、ある情報をつぶさに見れないかどうかを模索している」
「…ヘルゲか」
「だろうね。本体のマザーになくて白縹のマザーにあるもの。ヘルゲの10年間に関するデータだと、ぼくは見るがね。これはマザーを介さず、直にホデク隊長が各所に足を運んで調べようとしているようだ。ヘルゲは知らないかもと思ってね」
ふう、と俺は息を吐いた。
まったく、俺の同期っつーのは巻き込まれ体質か?自ら嬉々として飛び込んでくるなんざ、正気じゃねぇな…って、俺もか。しっかし参ったな。さすが事件捜査のエキスパートだわぁ…
「ヘルゲたちが何をしようとしているか白状しろと言っているんじゃないのだよ、コンラート。ぼくはグルメだが、三年間事件の捜査をするたびに”悪食”をさせられていた。だがその正反対の目的で、命を懸けて操られるマナと方陣がヘルゲにはある。ぼくが危険を冒してでも彼の力になりたいと思う理由は、それ一つだ。だから、もしヘルゲが違法だろうが外道だろうが、必要だと思ったら…ぼくを利用するのをためらわないでくれと伝えてくれないか」
「…おう、わかった。…フィーネ、もっかい言うぜ、『感謝する』。俺の一存で何か言える状況じゃねぇんだがよ、俺はお前を得難い仲間だと思ってるぜ」
「それで充分さ、コンラート。君から流れてくるマナも、ぼくには大層なごちそうなのだよ?おっと、これはナディヤに言ったら誤解されてしまうね。失敬失敬」
「おま…っいきなりジャブかましてくんじゃねーよ…」
「あっはは!すまなかったコンラート、ぼくとリアの癒しがついに君のものになったと思うと嬉しくてね、少々悪ノリをしたようだよ」
「そりゃドーモ…」
俺たちは黄金の小麦亭を出て、それぞれ軍部と魔法部へと仕事に向かった。正直、フィーネがどれほどの想いでヘルゲの方陣を感じていたのか、俺には想像もつかなかった。軍部でつらい部署はシュヴァルツだけじゃねぇってことを、改めてフィーネに知らされた気分だ。
少し、フィーネを見くびってて申し訳なく思った。まあ、普段がああだからな、ムリもねぇって自分を慰めたくもなるがよ。
ま、こういう日はナディヤと話したくなるってもんだ。
仕事も終わり、自室で遮音・防諜方陣を展開してっと。
ミニコン、出番だぜー。俺のナディヤにコールしてくれや。
…鼻っ柱に飛び上がったミニコンの足が当たったと思ったら、静電気みたいにバチッと衝撃が来た。時間差でミニコンの尻尾までアゴにあたる。鼻が…キナ臭ェ…つか、ムーンサルトだとぅ?
中止。中止だミニコン。
これ絶対ヘルゲだろ、あンのシスコン野郎ォ~!!