7 色の奔流 sideヘルゲ
昨日は海を見てきたので、今日の昼休みは森へ行く。
情操教育で見た、あの森だ。あいかわらず紅い。
周囲との調和は少し諦め気味だ。よくないとは思いつつ、皆俺をそっとしておこう、という感じだった。
それならそれでかまわない。その分、鍵付きに仕舞い込んだ感情を精査する時間ができる。
本を読んでるふりをして精査していたら、誰か来た。
同期のアロイスだった。寝に来たらしい。わざわざ断りを入れるなんて律儀なやつだ。そう思って意識を感情の精査へと向けた時だった。
警戒担当がアラートを出す。
魔法担当がいくつかの余剰思考をいっきに引き入れ、魔法を3つ発動させた。
対象の座標確認。
アロイスを出力3で向こうに飛ばし、上から落ちてきている子供は範囲2、出力8から3へなめらかに。
ショックを吸収しつつ、気流が乱れて転げ落ちないように円柱状の結界方陣で囲う。
ふ、と息を吐く。皆よくやった。あの子供は無事そうだ。
それにしてもあの恰好でもがくのは気の毒か。結界があるからうまく転がれないんだろう。
出力を一瞬だけ6にしたあと、結界も風魔法も解除する。
キャッチすると、力なく項垂れているようだ。どうしたもんか、これ。
アロイスが寝かせよう、と言って子供の額に濡らしたハンカチを置いている。
…ほう、なるほど。こうすればよかったのか。勉強になる。
「あの…たすけてくれて、どうもありがとう」
子供は起きると、俺とアロイスに礼を言った。うん、素直な子供だなと思い瞳を見た。
…俺は、固まってしまった。
すべての並列思考が、思考を止めるほどの衝撃だった。
俺は、生まれて初めての「緑色」をこの目で見た。
子供を中心に、色彩が爆発的に拡がる。
俺の視界の紅を、赤を、朱を吹き飛ばしていく。
子供の髪はつややかな銀色だった。
服はレモンイエローのワンピースだった。
周囲の地面は一面の緑で、白い花が咲いている。
空は抜けるような青だった。
それだけじゃない、何なんだあれは。あんなものを…俺が見るなんて。
瞳を見た一瞬に垣間見えた、一面エメラルドグリーンの空間。
あれは、ダイブした光景じゃなかったか。
なんで俺が緑の空間を見る!?
並列思考が一気に解析を始める。
他のことにかかずらっていられない。
あれは、俺の心のはずがない。
どこも区画のない、自然のままの、緑の大海原。
海面すれすれにぽつんと浮かぶ小さな光が、頼りなさげに感情や記憶のただよう波間を照らす。
こんな大自然は、人の手でどうにかできるものでは、ない。
…共振したかのような、引きずられる感覚だったな。
ぽつりと並列思考が漏らす。
そうだな、俺にセイバーの素養はないんだから、それしか考えられないな。
…この子供も、毎日毎日、息もできないような苦しさで、ダイブしているのだろうか。
こんなに小さくて、きれいな緑色なのに。
俺は知らなかったんだ、世界がこんなに美しいことを。
お前が俺に「色彩」をくれた。
俺はたった今生まれたかのようで、静かに、深く呼吸した。
空気が甘くて芳しい。
お前とアロイスの声が聞こえる。
洞窟に響くようだった周囲の音が鮮烈に聞こえる。
俺が、拡がる。
「幼稚舎じゃないもん!初等の7年生っ!」
「え?うわ、ごめん!その…ばかにしたわけじゃないんだ。えっと…そうだ、ヘルゲ!ヘルゲがでかいから、小さく見えちゃったんだよ!」
…なんだ?俺?え?
おい対人コミュニケーション担当。お前の演算領域の割り当てを増やすから、対話しろ。この子とだけ。
「…すまん…?」
…対人経験を積んでおくべきだった…