66 コンラートの出発 sideアロイス
コンラートが中央へ帰る日。
早朝の馬車の発着場で、たくさんの見送りにびっくりしたコンラートが一人一人に挨拶していた。僕、ニコル、アルマ、ユッテ、オスカー、エルマーさん、リア…それに、もちろんナディヤ。ほかにもバールで顔見知りになった人が数人いた。
ナディヤは昨夜、僕らの家でコンラートと遅くまで話をしていた。寝不足と…たぶん泣いたせいで、少し目が腫れぼったい。驚いたことにナディヤはコンラートの仕事が裏方だということを察しており、自分から「見送りで私があまり泣いたりして目立つと、お仕事に差し障りがあるわよね?」と言い出した。また通信機「ミニディア」に防犯用の数種類の方陣を仕掛けてあるんだけど、それにも何故か気付いて「心配症なんだから」と笑ったらしい。しかもニコルとアルマが見送りで泣いているのを、ユッテと一緒になって宥めていた。立派なナニーだよね。
…全くもって、コンラートにはもったいないくらいのイイ女だと言ったら「あったりまえだっての」と威張られた。君がそれでいいなら、いいんだけどね…
ともあれ、ナディヤともあっさりした挨拶を交わしたコンラートは馬車に乗り込み、村を去っていった。
ま、僕がお弁当だよって渡した袋の中身は、ナディヤの手紙入り初手料理が詰まってる。せいぜい馬車の中で感涙に咽ぶがいいよ。
ニコルたちと学舎へ行き、いつも通りの日々が始まる。
なのにポッカリ穴が開いた気になってしまうのは、きっとコンラートが賑やかすぎたんだろうと思う。ヘルゲが見送りに来なかったのは、見送りの様子を写した監視方陣の映像をリアルタイムで処理するためだと言っていた。…でも僕やニコルには丸わかりだ。ヘルゲも寂しいみたいだけど、絶対そんなことをコンラートに悟られたくないんだろう。ま、すぐにこちらへ新任務で来ることになりそうだってことだし。それはナディヤにも薄ら伝えてあるみたいだから、以前ヘルゲがソッコーで戻った時みたいにニコルに叱られることはなさそうなのが救いだね。
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リアが教導室で、ちょっと周囲を確認しながら僕のところへやってきた。
「…ねえ、コンラートってナディヤを中央に連れて行っちゃうと思う?」
「いや…すぐにそういう話はなさそうだったけど?僕の聞いた限りじゃね」
「そ…そう。ならいいわ!じゃあね!」
顔を真っ赤にしながら去っていく。
ナディヤを「仕方ないわね!」とばかりに面倒を見ている感じのリアだけど、本当は逆と見た。面白いなあ、ユッテとアルマを見てるみたいだ。大丈夫だよ、コンラートがすぐに戻るから、また「目の前でイチャつかないのっ!」って叫べるからね、リア。
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お昼になり、三人で森にいる時だった。
ぽすっぽすっと、僕の足が叩かれた。
腰のシザーバッグに腕をひっかけるように入っていたミニロイが、サイレントモードにしてあったので足を叩いて着信を知らせていた。取り出して頭を撫でてやると、小さなフォグディスプレイにコンラートが映る。
「はいはーい、どしたのさ、もう寂しくなっちゃったのか?」
『ちげーよ!!おま…っ昼メシっこれ…っ』
「お、見た?ナディヤがんばってたよ~、なかなかいい手際だったし、味も文句なしでしょ?」
『そうじゃねぇぇ!なんでお前が一緒に作って味見までしてんだよっ俺がどんだけ楽しみに…っ』
「あはは、ナディヤに頼まれてねぇ。献立の相談と調理の立会と味見だけだよ、僕がやったのは」
『ほとんど全部一緒にやってんじゃんかよォォ』
血の涙を流しそうなコンラートは、いきなり通信を切った。
するとヘルゲのシザーバッグから「がおぉぉぉっがおぉぉぉっ」と可愛くない着信音が鳴る。サイレントモードにしときなよ…
「なんだ」
『お前もだっアロイス止めろよ!つか同時通信できるようになんねーのかこれ!いちいち個人指定すんのメンドイぞ!』
「俺とアロイスからは会議通信が指定できる。お前とナディヤのにもその機能を付けると、まだマナの通り道が遠距離で確立しきってないからな、混線する。お前らの砂糖味の会話など、事故でも俺は聞きたくない」
『ぐ…ちくしょう、それは確かにイヤだな』
「わかったら切『ぶちっ』るぞ」
「ヘルゲ…せめて言い終わってから切ってあげなよ…」
「あいつはうるさい」
…ニコル、おなか抱えて笑ってるよ…はしたないですよ、スカートで…
「ぷっはー、おもしろかった!やっぱコンラート兄さんは楽しいね~!」
「うるさいだけだ」
「うんうん、そっかぁ~、楽しかったね!」
「…」
「ニコルの勝ちだね」
「にひひ…」
僕らに楽しそうな顔が隠せると思わない方がいいよ、ヘルゲ?