56 リアの一撃 sideアロイス
リビングに皆で落ち着くと、女性三人はココア、僕らはコーヒーを飲みながら顛末を報告しあった。
「はぁ~ん、なるほどねぇ。思ってた以上にタチ悪かったってワケだ」
「そうみたいだよ。ま、恨みを買うような収め方は得策じゃないけどさ。本当に骨くらい折ったって仕方ないくらいの所業だよ」
「はん、ヘドロに教えてやりたいぜ…本物の『白縹の名折れ』は奴等だってな」
「なんだ?ヘドロって…」
「いンや、こっちの話。ま、みんな災難だったなァ。ナディヤ、ほんとに気にすることないぜ?」
「…ええ…そうね」
「もう、ナディヤってば絶対まだ気にしてるでしょう!私たちは全くナディヤが悪いなんて思っていないわ!助けてくれたコンラートたちまで、こんなに気にするなって言ってくれてるのに!…んもぉ、これ以上気にするなら、ここで公開キスしてやるわよ、いいの!?」
「「「「!!??」」」」
「え!ちょっと…わかった!わかったわリア!もう気にしない!ごめんなさい!」
「分かればいいのよ、分かれば」
ふんす!とリアは鼻息荒くこの場をおさめてしまった。
…わぁお…なにその僕らにご褒美的な恫喝…
動じていないのはフィーネだけじゃないですか。
ドン引きしながらも、僕は斬新なお仕置きを見たなーと感動した。
「俺、知らなかったリアの一面を見たぜ…その手の脅しは、尋問でもコアなタイプ向けだろ…」
「ナディヤは落ち込むと際限なく自分を責めることがあるのよ。滅多にないだけに、荒療治が最適なの!」
…なるほどね~。
さすがに付き合いが長いから、こんなに遠慮なしになるんだろうな。
さて…ヘルゲがそろそろ、僕らへの救難信号を送り疲れてるな…
僕、コンラート、リア、ナディヤは、打ち合わせたわけでもないのに、同時にスゥッと残りの二人を見た。
「さっきの結界方陣についてなんだがね、形状がほぼ板状というのは分断という目的上、理に適っていると理解しているんだ。しかしだね、君はぼくらの背後におり、あの男を視認するのは至難の業だった。その上であの男の腕の太さ・角度・形状を認識して、さらにあの展開速度だ。素晴らしい。まったくもって素晴らしい音色だったよ!!さすがは紅玉だ、君の音楽は鮮烈すぎて、ぼくはしばらく呆けてしまったほどだ!」
『お褒めに与り、光栄だ』
「いやいや、こんな賛辞では到底足りないというものだよ!それにこの家の防犯用の方陣なんだがね、これもなんともいえない繊細さを纏った芳香ではないか?しかし一度、何らかの高レベル方陣を敷いていながら解除して、中レベルの一般的な方陣に置き換えているね、それは何か理由があるのかい?」
『…高レベル方陣はデボラ教授の指示で、魔石を送ってもらって一度敷いた。だが研究用端末のある部屋だけ敷けばいいと思い、やり直した結果だ』
「なるほどなるほど!!さすがマギ言語の権威だね!いやあ、ぼくにはオリジナルの方陣を構成できる種類の才能はなくてね。とても残念至極なわけだが、その高レベル方陣の種類を聞いても?お恥ずかしながらぼくの嗅覚では嗅ぎ分けられないほどの複雑な芳香なのだよ!」
『すまないが、そこはデボラ研究室の秘匿技術なのでな』
「ああ、そうかぁ!それもそうだ、検証済で中枢の許可が出た方陣以外は門外不出、当然だ、当然だとも。ああ、しかし偶然とは言え、この滑らかな絹のような手触りとクリームのようにまろやかな風味を味わえて、ぼくは幸せだよ!」
『お褒め、に…?アズカリ、コウエイ…ダ』
ああああ、やばい、対人コミュニケーション担当1(軍人仕様)が過負荷でおかしくなってきてるってぇ!
「あ…あのさ?フィーネ?」
「フィーネ、そろそろお暇しないと…ね?助けてもらった上に、あまり長居しては失礼だわ」
「おお、それもそうだ。ナディヤの忠告に間違いはない。いやあ、ヘルゲ!ぼくは君を尊敬するよ!ぼくなどで何か力になれることが起きたら、何でも言ってくれたまえよ。また君とはじっくり話を詰めたいものだな!」
『…それならば、ここはデボラ研究室の秘匿技術があるのでな。この家に入ったこと自体を、口外無用で頼みたいんだが』
「ああ、当然だとも!些末ではあるが、ぼくの名誉にかけて口外はしないと誓うよ!」
「そういえばそうよね…私ったら、助けてもらったことでいっぱいいっぱいで…ヘルゲのお仕事を考えたら、当然のことだったわ。私も口外しないと誓うわ」
「…そうね、もちろんヘルゲの仕事の守秘もあるけど…『難攻不落の家』に入れたなんてバレたら、私たちが大変な目に遭いそう。自分たちのためにも口外なんてできないわ」
「…みんな、すまないね。助かるよ。ヘルゲはそろそろデボラ教授からの通信が入る約束だったんじゃないか?僕とコンラートで三人を送ってくるから、君は自室で待機していた方がいいよ」
ありもしない約束をでっち上げ、ヘルゲを隔離する。
…あんなにげっそりしたヘルゲを見るのは初めてなんだけど、僕…
でもヘルゲが頑張ったおかげで、フィーネもすんなりここを出る気になったよ。
…三人を送って帰ってきたら、いいワインを出してやるからな。
「うし、んじゃ行きますかね、お嬢様方?」
「あら、コンラートは軍に行ってずいぶんスマートな物言いを覚えたのね!」
「そりゃひでェな、リア。俺は根っからの紳士だっつの」
「あはは、この滞在中にアロイスを見て『紳士』の意味を正しく理解したほうがいいわよ?」
「なんだよ、リアもアロイスに騙されてるクチかぁ?」
「何か言ったかなァ、よく聞こえなかったよコンラート」
「はい、すんませんでした!」
「ふふっコンラートってば…アロイスには随分素直ね?」
「あー、胃袋掴まれてっからなァ…」
「じゃあ、コンラートにはおいしい手料理が一番なのね。がんばって、ナディヤ」
「は?」「リア!?」
おお…今日のリアは一発が重い、重い…
僕には出せないタイプの会心の一撃だね。
さーて、ぼくはリアとフィーネをエスコートして、さっさと離脱すべきと見た。
…そういえば、フィーネがおとなしいな?
「ああ…あの方陣の後味すっきりなこと…精緻で素晴らしい光沢だった…」
あ、トリップ中でしたか。失礼。
見てるかどうかわからないけど、教えてもらったハンドサインをコンラートに送っておく。
『散解』
気合入れろよ、コンラート。
うまくいったら、この前の借りはチャラでよろしくー。