55 ナディヤの受難 sideアロイス
「ナディヤ、あの二人が行ったんだから大丈夫。ほら、これ飲んで」
温かいココアの入ったカップを、コトンとナディヤの前に置く。
「…ありがとう、アロイス。面倒事に巻き込んで、本当にごめんなさい…」
「何言ってるんだよ、ナディヤたちのせいじゃないだろ?頼ってもらえて、男冥利に尽きるってもんだよ?」
「…ありがとう、ほんとに。でもたぶん、私のせいなの。リアとフィーネが食事に行くっていうのは聞いていて、店が決まったら通信入れるからって言われてたの。でも思いのほか仕事が早く片付いたから、追いかければすぐに見つかると思って…」
「ん?でも、僕は二人を送ったけど、ナディヤに会わなかった…よね?」
「ええ、それがね…フィーネがオステリアに寄り付くわけないっていうのをすっかり失念して、真っ先にオステリアを覗きにいっちゃったのよ…」
「…あー、なるほど…まあ、オステリアで食事ってのは反射的に考え付いちゃうもんねぇ…」
「まだ夕方だったからって、ほんとに迂闊だったわ…ちょうど境界警備を終えたみたいな人たちが何人かいてね。まだ早い時間だったけど、もう酔っぱらってるような雰囲気で。こっちこいよって言いながら近寄ってくるものだから、急いで離れたの。それで、フィーネが蒼月亭に行きたいって以前言ってたことをようやく思い出して…はああぁぁ、こんなに自己嫌悪になるの、久しぶりだわ…」
「はは、ほんとにナディヤにしては珍しいな。まあでも、境界警備の人たちが戻ってオステリアに繰り出すのは、大抵夜の8時を過ぎる頃だろ?なんで今日に限ってそんなに早かったんだかねぇ」
「ええ、ほんとに…はああ…それでね、近寄ってきてた数人は、私が蒼月亭の方に行くのを見てたらしいのよ。でも、私は逃げることができたと思って安心してしまっていて、二人に会えたから普通に食事してて。でも店を出て歩いてたら…」
「え、まさか出てくるのを待ち構えてたの、そいつら!?」
「…そうらしいわ。二時間以上は店にいたっていうのに。『交替で見張るのは慣れてるからなァ』ですって…いきなりフィーネが腕を掴まれてしまって、リアは助けを呼んできてって言って、私を逃がしてくれて…はああ…」
うぅわ…タチ悪すぎ…
ヘルゲさん、コンラートさん、かまいません。
やっておしまいなさい。
「ほんとにそんな落ち込むことないよ、ナディヤ。明日には維持セクトに厳重注意して、境界警備のやつら全員、当分は酒場への出入りが禁止になるように仕向けようね。君たちに絡んだやつは、それでワリを喰った仲間から制裁が入る。ハイ、終了」ニッコリ。
ぽかんとナディヤは僕を見ると、ぷっと吹きだした。
「ぷは、あはは…もう、アロイス…ダメじゃないの、そんな簡単にシッポ出しちゃ…ビルギットの髪型が面白くなっちゃった件、せっかく黙ってたのに…あはは…」
「えっあれ?バレてたの?なんで?」
「なんでって…ううん、すっごくキレイな完全犯罪だったわよ?でも私、あの時正面からあなたの目を見たんだもの。ビルギットの暴言に怒髪天だったことくらいなら、わかるわよ?」
「あ…あー…しまったな、僕もまだまだ未熟者かぁ…」
「ふふ…」
さすがだなー、ナディヤ。
黙っててくれてたなんて、いい女だねぇ。ね、コンラート?
お、外から話し声が聞こえるな。戻って来たか。
僕が玄関に向かうと、ハッとしたナディヤも駆け寄ってくる。
コココン、コン、と合図のノッカーの音。
ドアを開けると、リアとフィーネ。
後ろに苦笑いしたコンラートと、げっそりした顔のヘルゲ。
無表情モードが崩れてる…あー、フィーネに捕まった…か?
「リア!フィーネ!」
ナディヤが涙声で呼び、駆け寄って二人に抱き着いた。
「ごめんなさい…ほんとにごめんなさい…っ」
「ナディヤ、全くもって君のせいなんかではないね。ぼくが不甲斐ないばかりに、夜道を独りで行かせてしまって…ぼくの方こそ、ごめんよ。泣かないでほしいな」
「そうよ、ナディヤ。私たち、コンラートとヘルゲのおかげで何ともないわ。助けを呼びに行ってくれて、ほんとにありがとう」
「コンラート、ヘルゲ…二人を助けてくれて、ありがとう…」
かわいそうに、三人ともそれぞれ怖い思いをしたんだろうな。
「さ、二人も入って。いまココアを淹れてあげる。落ち着いたら宿舎まで僕らで送るから、安心して」
そう言うと、口々にお礼を言いながら全員入る。
…さーて…フィーネ嬢の反応がコワいなぁ~…