53 くまを死守 sideアロイス
「あったんだ!確かにあの窓だったのに!…いや、あっちの窓?同じ匂いがするけれど…さっきと少し違う匂いも混ざってる。え、こっちの窓にもある?なんだい、最近の中等の女の子たちは方陣を部屋で展開するのが流行りなのかい?でも、あの壮麗な音楽がないんだが…」
仕事も終わって中等宿舎の前を通りかかると、フィーネが目を白黒させて宿舎の窓をきょろきょろと見ていた。
「…フィーネはどうしたんだい、リア」
「んー、それがねえ…中等宿舎に方陣が咲き乱れてるって言って…確かにいくつか展開されているけど、さっき視たものじゃないって言って、ここから動いてくれないのよ」
おお…仕事が早いな。
僕からの連絡を受けて、ヘルゲとコンラートが動いた結果のようだ。
「…フィーネ、そんなに気になるならニコルに聞いておいてあげるからさ。リアが困ってるよ?」
「お…おお、そうかい?すまないね、つい我を忘れたよ。いやでも…たぶんあの方陣は、何の効果もないと思うんだがねぇ。ああ、リアもすまなかったね」
「ううん、私はいいんだけども。ごはんどうする?お酒もほしいならオステリアに行こっか?」
「酒などぼくらには不要だ、トラットリアの『蒼月亭』へ行こうじゃないか。オステリアには胸と頭に無駄肉をため込んだ、あの阿呆がいるんだろう?無能無知の輩との遭遇はごめんさ」
…久々に聞いたよ、フィーネの毒舌…
その阿呆って、もちろんビル○ットさんのことですよね?
昔から犬猿の仲でしたものね?
「もう、フィーネ!軍で毒舌にも磨きがかかっちゃったの?アロイスが引いてるわよ」
「おお、すまないねアロイス。君も一緒に蒼月亭、どうだい?」
「すごく魅力的なお誘いなんだけど…家で二匹のハラペコが待ってるんだ。ごめんね」
「ん?ああ、そういえば休暇でコンラートがこっちに来ているんだったね。彼は長期任務が多くて、軍でもなかなか会えないのだよ。ぼくもあと3日滞在できるから、ぜひ会おうと言っておいてくれないか」
「ああ、伝えておく。それと女の子二人じゃ危ないから、蒼月亭まで送るよ。どうせ帰りに商店に寄ろうと思ってたんだ。…帰りも、あまり遅くならない方がいいよ?オステリアの近くを通るんだから、酔っ払いに気をつけてね」
「おお…相変わらずのフェミニストっぷりだ。久しぶりに女の子扱いされて、新鮮な心持ちだよ、感謝する」
フィーネも相変わらずですね…笑顔はかわいいのに…
二人を蒼月亭へ送って家に入ると、コンラートがリビングから顔を覗かせた。
「おう、お帰りアロイス!…どうだったよ?」
「おー、大成功。目を回してたよ。でもやっぱり、ロイとヘルの方陣と種類が違うって、微妙な顔してた。まだ気が抜けないね」
「っちゃー、やっぱりか。どうせ匂いが違うとか音が違うとか言い出したんだろ?」
「正解ぃ~。最初ロイとヘルに気付いた時は『壮麗な音楽が流れてる』ってうっとりしてたよ。それに、ニコルたちに教えた“おまじない”が何の効力もないってすぐに看破したね」
「だろうなぁ~、方陣なら何でも嗅ぎ付けるんだもんな」
「いま、リアと二人で蒼月亭へ食事に行ってるよ。あそこなら帰りはこの家の前も通らないし、今日のところは大丈夫かな?あ、フィーネが『軍でもコンラートになかなか会えない、3日間は滞在してるから会いたい』って言ってたよ」
「おー、わかった」
キッチンで買ってきたものを広げて、晩ごはんの準備を始める。
なんか料理っていいんだよねえ…こう、集中できて達成感も味わえるというか。
ヘルゲもコンラートもいい食いっぷりだし、作り甲斐もあるね。
…最近、僕ってナニーとか食堂のおばちゃん化してないかな…
食事をしながら、やっぱり気になってたことを聞いてみる。
「で、今日のは結局どうやったの?」
「あー、まずロイとヘルの方陣は解除できねーだろ?そしたらヘルゲが隠蔽レベル10と誤認レベル10の複合方陣を簡単に組み上げやがってよ。しかも誤認の範囲指定が普通じゃねーんだもんよ。ロイとヘルの方陣を10ピースくらいに分けてそれぞれに違う出力先座標をかけるから、認識できたとしてもバラバラになった方陣の欠片がそのへんにあるように感じるらしいぜ。それをクズ石みたいなちっせー魔石に入れやがってよー…あとは俺が『完全に消えて』、ニコルちゃんたちの部屋に侵入と設置。…大丈夫だって、クマ以外なんも触ってねぇよ…」
「大概だな、ヘルゲ。ぬいぐるみを守るために本領発揮か」
「おう、伊達にデボラ教授の無駄話に3年も付き合っていないぞ」
「そういう意味じゃないよ…でもそっか、それに加えて女の子たちに流した“恋愛成就”のおまじない方陣が展開したってことか」
「そそ。つーか、よくもまあ皆してタイミングよく展開したもんだな?」
「ん?あー、あれは『一日三回、4時間以上時間をあけて展開すると恋が叶うらしい』って注釈つきだからね。もちろん『こんなの眉唾ものだと思うけど』って言っておいたよ?それに、ほんとに方陣展開の練習にもなるしね。全くの無駄じゃないよ?」
「…んー、お前にはシュヴァルツに今すぐ入隊する資格があると思うんだよ、俺」
「あっはっは、それは買い被りすぎじゃないかな?いくら僕が報復上等・隠密抹殺の属性ありだとしてもね?」
「…謝るから、その目で笑うの、よせ…」
ま、コンラートには恩もある。
これ以上イジめるのはやめてあげよう。
僕はキッチンで洗い物。
コンラートはヘルゲに「お前、ほんとに上官へ報告するとか鬼かよ!?」とダイニングで騒いでる。
…ほんと、こんな風に完全に気が抜けている時に限って何かが起こるんだよね…
コンコンコン!コンコンコン!と慌ただしくノッカーを叩く音がした。
三人ともビタッと動きが止まった後、コンラートがスッと玄関ドアの死角へ移動する。
ヘルゲはダイニングから動かない。
たぶん索敵しつつ何らかの魔法を並列に準備してるんだろう。
僕は目で合図した後玄関へ行って「どちら様ですか」と誰何した。
「アロイス!こんな時間にごめんなさい、助けてほしいの、お願い!」
…ナディヤ?
二人に視線を送り、ドアを開けた。
走ってきたようで、息のあがったナディヤが立っていた。
周囲に人は…いないな。
「どうした?ほら、中に入って」
「…ちがう、の。リアと、フィーネが…オステリアの近くで、絡まれてて…酔ってて、たぶん、境界警備の、男の人…3人、いて…」
「 ! 俺とヘルゲで行く。アロイス、ナディヤ頼んだ」
コンラートは右手にマナを練りながら。
ヘルゲは少し苦々しそうに、両手それぞれでマナを練りながら走って行った。