52 嗅覚の獣、来襲 sideアロイス
ニコルが「突き抜けて」から数日経った。
本人はもともと深淵を見てダメージを受けたわけでもなく、いたって元気。
アルマやユッテ、オスカーがショック状態だったようだけど、なんとコンラートとナディヤが彼らをフォローしてくれたらしい。
あの時僕はニコルのことしか頭になく、ハンナ先生は後処理で大変だった。
教導師として恥ずかしい限りだけども、本当に助かったし、感謝してる。
…だもんで、いつもの僕なら絶対に見逃してあげるはずもないコンラートの様子は、キレイにスルーしてあげた。
コンラートが「ナディヤ」という名前を聞くだけで赤くなったり、ムキになったりしても。
あの日は夜に外出し、ぼんやりしたと思ったらすぐにしかめっ面になり「勘違いダメ、絶対」とブツブツ言って自分の顔を張り倒していても。
*****
教導室でリアが声をかけてきた。
「アロイス、フィーネが養育セクトの方陣検査に来たらしいわよ」
「え?フィーネ?軍の人間なのにそんなことまで任されるんだ。さすがだねえ」
ヘルゲからフィーネが来るって聞いて知っていたけど、すっとぼける。
リアはフィーネと仲がいい。
二人とも勉強好き(フィーネは方陣に関することのみ)で、知識欲旺盛なタイプだ。フィーネの感覚的な方陣への賛辞を、飽きもせず聞いてあげられるのがリアだけだ、とも言える。
「たぶんセクト事務所の後に学舎へも検査に来ると思うから、もしこっちに来たら来訪者リストへの登録を頼める?」
「うん、わかったよ。案内もしておくから安心していいよ」
「助かるわ、ありがとう。じゃあ午後の授業に行ってきます」
「はーい、がんばってね」
午前中にセクト事務所へ行ったなら、もう終わってるだろう。
学舎の方が方陣の種類は少なくても数が多い。
そろそろ着くかな、と思って窓から村の方向を見た。
…え…フィーネ、いるじゃないか…何で教導室にこないんだろう…
出迎えよう、と思って外に出てみた。
フィーネはまだ中等宿舎の窓をじっと見つめている。
「…フィーネ?どうした?」
「 … 」
「フィーネ?大丈夫?僕だよ、アロイスだ。わかる??」
目の前で手をヒラヒラ振ると、我に返ったフィーネがきょとんと僕を見た。
「おお、アロイスじゃないか久しぶり!すまないが少々聞いていいかい?あそこは誰の部屋だろうか?」
「 …え? …! いや、僕は女子の宿舎はよくわかんないな…」
「そうなのか…あの部屋の窓際、見てごらんよ!壮麗なマナの流れが見えないかい?え、見えない?ああ、確かにね、とても視えにくいのはわかるんだけども…きっと近くに行けば、ぼくはあの音楽に浸れると思うんだよ、きっと素晴らしい香りもするに違いない。入室許可は取れないものかな?」
「いや、さすがに生徒のプライベートな部屋だし…遠慮してくれるかな、フィーネ?」
「…そうか…残念だ。非常に残念だよ…」
う…うわぁ…わかるんだアレ…
隠蔽はかけてあるんだけどな…
フィーネが指示した部屋は、ニコルたちの部屋だ。
窓際にニコルのベッドがある。
ニコルのベッドには、ロイとヘルがいる…
えー、フィーネが学舎にいた頃は気付かれてなかったのに!
あああ、そういえばコンラートも軍に行ってからいろんな技術に磨きがかかってたなあ。やばい、オソロシイ獣に目を付けられた…
「ええと、フィーネ?学舎の方陣検査だって聞いたんだけど?」
「おお、忘れるところだった。学舎には修練場にたくさんの警戒方陣があるからね。午後いっぱいお邪魔して、問題ないか見させてもらうよ」
「うん、じゃあ来訪者リストに入れるからね。教導室へどうぞ」
なんとか気をそらして教導室へ入り、ロイとヘルをどうしようと思いながらもフィーネを修練場へ案内した。
「…ふむ、問題ない。きっちり管理されていて、状態もいいよ。でもこの方陣は最近作動したね?誰か突き抜けたのかい?」
「え…ああ、中等の子がね。数年ぶりの事故さ」
「そうか…その子は大事なかったかい?」
「ああ、自力で戻って来られてね。本人はぴんしゃんしてるよ」
「それは重畳。自力で帰還とは、たいした子だ。浅いところで引き返せたのだねえ」
「はは…そうだね…」
その後は黙々と作業が進み、全ての方陣検査を終えてフィーネと教導室へ戻ってきた。
「どうする?もうしばらく待てば午後の授業も終わる。リアも戻るよ?」
「ああ、今日はリアの部屋に泊めてもらうことになっているんだ。職員用の食堂で待たせてもらっても?」
「もちろん。じゃあ僕はもう少し仕事があるんで失礼するよ、ごゆっくり」
「ああ、案内ありがとう。助かったよアロイス」
…
さーてと。
ゴソゴソと机の奥から薄い紙片を取り出す。
『 to H&C F来訪 Nの部屋の金黒クマに反応 至急対策要 A 』
くしゃっと丸めた後、おおまかに鳥の形っぽくする。
応用修練場へ行き、施錠のチェックのフリをする。
そして紙鳥に操身の方陣と隠蔽をかけて、家へ飛ばした。
…ふう、一応これでシミュレート通りかな。
応用修練場ならマナの残滓が入り乱れてるから、バレないと思うんだけど。
さあて、どうなることやら…