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50 タンザナイト sideコンラート


ニコルちゃんが突き抜けたらしい、という話を聞いたのは昼メシ時で混雑したバールでだった。


ごほっ!と思わず口に含んだリゾットを吹き出しそうになったが、何もないフリで神経を研ぎ澄ます。




午前中の修練で、突き抜けた子がいるってよ

ああ、『難攻不落の家』の”妹”だって話だろ

かわいそうになあ、深淵なんて見たら、数日寝込んでもおかしくねえよ

だが、あの家の兄貴が教導師なんだから、何とかするだろうよ




ほぉーん…

ヘルゲはさっき森へ向かったところだ。アロイスはニコルちゃんのそばにいる。バールでこの程度の噂話なら、ニコルちゃんが無事なのはほぼ確実。メンタルケアは俺の専門じゃねぇ。

落ち着け。俺、落ち着け。


プライオリティ・チェックだ。

本人たちは大丈夫。

アロイスもあれで優秀な教導師だ、立ち直るだろう。

ふむ…周囲のケアまではさすがに手が回らないか?


俺が手を出せる範囲…ニコルの同期。

アルマとユッテ。顔見知りの弟ども。


…学舎に行くか。




*****



思っていたよりも、学舎は騒ぎになっていない。

生徒用の食堂へ行くと、アルマとユッテ、それにオスカーが一緒のテーブルにいるのが見えた。

バールで買ってきたビスコッティの箱で、ぽすっとオスカーの頭を叩いて隣に座る。



「よう。食えよ、それ」


「…コン兄…」


「聞いた。ショックだったろ、この短時間でよく持ち直したな」


「…もぉ…コンラート兄さん、こんなとこでやめてよぅ…さっきまでニコルいたし、必死にがまんしてたのにぃ…」


「はは、悪ぃ。中庭にでも行くか」



三人を連れて、中庭の芝生に陣取る。


ふむ、アルマは号泣したな、こりゃ。

ユッテは…んー、良くないな。

少しは泣いたみたいだが、感情を吐ききってないような…

オスカー?野郎は黙って感情処理だぜ?

まあ、今回は甘やかしてやるけどよ。


アルマ用に、濡らしたタオルに魔法をかける。

火魔法の応用で、分子の振動数を下げてやればキンキンに冷える。

タオルは何枚も持ってきたぜ。思う存分泣かしたるぞ、お前ら。



「ほら、アルマ」



目にあててやると、ひゃ!とかわいい声で驚いたあと、礼を言ってくる。



「…ユッテ、今どこに行きたい?」


「べつに行きたいとこなんて…」


「じゃあ、誰に会いたい?」


「…う…」


「ん?」


「…ナディヤ姉に、会いたい…」


「わかった、待ってろ。オスカー、二人を頼んだぞ」


「うん」




職員用食堂に走る。

鈴の音が聞こえたらしく、何人かが何事かと顔を出す。



「…コンラート?」



困惑したような、でも親しみのこもった声で端の席にいたナディヤが呼んだ。

声を落とし、あまり周囲を刺激しないようにする。



「あー、すまん。食事中悪いんだけどよ、できたら中等学舎の中庭まで来てくんねーか。…ユッテのフォローを頼みたい」


「…!  わかったわ、すぐ行く」



俺はそれだけ言うと、食堂のおばちゃんに冷えた水をたっぷりピッチャーに入れてもらい、コップを5個持って中庭へ向かった。





中庭へ着くと、ユッテが少し離れたところでナディヤに抱きしめられていた。

肩をぶるぶると震わせて泣いている。

…よほど怖かったんだろうな…


ナディヤはこちらを見て、静かに微笑みながら大丈夫、と頷いた。





アルマとオスカーのそばに腰をおろし、コップに水を注いで二人に渡す。



「アルマ。少し落ち着いたか?」


「うん…コンラート兄さん、来てくれてありがとう…」


「なんてことねえよ。キツい経験したんだ、ヘコんだ時くらい甘えろや」



アルマの頭を優しく撫でながら、オスカーの顔を見る。

まだ青ざめているようで、でも唇を真一文字に引き結んでいる。

そして、泣きはらした目をしたアルマを見ている。

…うん、えらいぞお前。



「オスカー」


「ん?」


「よく耐えたな。お前は立派な白縹の男だ、誇れ」



頭をぐりぐり撫でまわし、言葉とは真逆に子供扱いしてやった。


早く泣け、オスカー。

お前は戦場で初めて死体を見た新兵と同じような反応をしてやがる。


早く泣け、そんで恐怖の記憶を自分の中で噛み砕いて消化しちまえ。

お前の血肉にしてしまえ。




「ずりぃよ、コン兄…」




ぼたぼたと、オスカーの目から涙が落ちる。




「悪ぃな、俺はたまにしか兄貴らしいことができねぇからよ。チャンスは逃さない主義なんだ」


「…何のチャンスだよ…」


「いい情報が手に入るチャンスに決まってるだろ?あと二つ三つお前の弱み握ったら、使いっ走りに任命できそうだな」


「ぶっ…簡単に握らせるかよ」


「おー、その意気だ。昔砂浜で埋められて泣き喚いたのもカウントだからな?」


「ちょ…ほんとひでぇな、コン兄…」



さく、さく、と芝生を踏んで、ナディヤがユッテの肩を抱きながらこちらへ来る。

冷やしタオル、もういっちょ要るな。



「…コン兄、タオルちょーだい」


「ほらよ。よく冷やせよ、美人が台無しだ」


「…うっさい」



ユッテはアルマの隣に腰をおろし、コップに入れた水をぐーっと一気飲みした。

ぷは、と息を吐くと、ナディヤに笑顔を向ける。



「…さ、そろそろ午後の授業が始まるんじゃないかしら。どうする?目の腫れが引くまで宿舎にいるなら、私から先生に伝えるわよ?」


「…ううん、ちゃんと出る。きっと、ニコルも出てくるし。私らがいなかったら、あの子絶対気にする」


「そうだよな。あいつ罪悪感で潰れそうな目ぇしてた。安心させてやろうぜ」


「うん、私もだいじょうぶ。ナディヤ姉さん、ありがとう」



そう言うと、三人ともしっかりした足取りで学舎へ入っていく。

…ん、ミッションコンプリートってトコか。

らしくないことしちまったな~。





…あ!




「悪ぃ、ナディヤ!メシ、食えなかったろ?あー…ユッテの鼻水じゃねーのかソレ…肩のあたり、なんかパリパリになっちまってるよ。コレで拭けよ」



慌てて濡れタオルを用意する。

肩口に当てると、ナディヤはくすくす笑いながらそっと俺の手に触った。



「…コンラートってば、アロイスの苦労性がうつっちゃったのね。…タオル、ありがとう」



俺の手からタオルを受け取ると、肩を拭いてから返してきた。



「あー…晩メシおごるよ、今日出てこられるか?」


「ふふ、もちろん。でもこの前ごちそうになってるんだから、おごりはなし。そうじゃないと、悪くてもうコンラートと食事に行けなくなっちゃうわ」


「う…え?えっと、んじゃ、また仕事終わる頃に迎えに来るからよ」


「ええ、待ってるわね」




ピッチャーとコップを器用に持つと、これは私が片付けたいのと言ってナディヤは食堂の方へ去っていく。



…えーと。

…えーと。



なんで俺、ナディヤを晩メシに誘ったんだっけ?

…そうだよ、ナディヤに昼メシ抜かせちゃったから、悪ぃと思って、それで。

あれ?ナディヤにそう言ったっけ?

でもナデイヤ、おごりはなしって言った。

あれ?なんでナディヤ、それで晩メシ一緒に行くの、OKした?

食事に一緒に行けなくなるのがいやだから、おごられないって…言った?


なんだ?なんで?ナディヤ??




ぼふん!と音が聞こえた気がする。

ぼわっと顔に血液が上がる。

さっき触られた手がめちゃくちゃアッツい。



うわああぁぁぁっ退避っ退避っ

全軍撤退ぃぃぃ!!



俺は一目散にアロイスの家へ向かって猛ダッシュした。







   

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