49 幸せなお仕置き sideニコル
昼休み、ユッテやアルマに心配されたけど森に来た。
どうしても、ヘルゲ兄さんとアロイス兄さんに会いたかった。
おじいちゃんの木のところには、もう二人とも来ていた。
「アロイス兄さん…ヘルゲ兄さん…あの…」
アロイス兄さんは、はっとしたようにこちらを向いて、私を安心させるように笑った。ヘルゲ兄さんも、困ったように笑った。
だから私は、また守られてると思いながらも、やっぱり安心して二人に近づいた。
「…アロイスが心配して、泣いたんだって?偉業を達成したな、ニコル」
「まったくだ。やられたよ、ニコル。今晩あたり、もう一度ロイたちに頭殴らせないといけないね?」
…私が、申し訳ないって思って、恥ずかしくて消えちゃいたい気持ちになってて、また泣きそうになってるの、わかってるんだ。
そうやって、いつもみたいに、私を守る兄さんたち。
だから、ちゃんと言わなければ。
「あのね…私、海に入ってたの」
「…海?お前の心は草原だろう?」
「んと…白斑にお願いしてたの。私じゃなくて、兄さんたちを守ってって。それでね、どうしたら強くなれる?って考えた。どういう強さなら…私も兄さんたちを守れる?って。そしたら、いつのまにか深く潜ってたみたいで…気付いたら海の中にいました。何かがわかりそうな気がして、もう少しだけって思ってて。でも気付いたらおじいちゃんと一緒に草原にいたの。もう戻りなさいって言われて、それで、気付いたらアロイス兄さんに抱っこされてたの」
アロイス兄さんは、小さく「そっか、ごめんね」と呟いてから、頭を撫でてくれた。
「僕はさ、さっきも言ったけど、セイバーじゃダメなのを知っててね。一瞬本気で、バイパスからニコルの中にダイブしようと思ったんだよ。…でも、それはヘルゲにきつく『絶対やるな』って言われてたから、思いとどまって…でも、そんなこと考えてる間に、ニコルはどんどん危険になるだろ?僕はパニックになって、勝手に怖がって泣いたってわけだよ。…だから、ニコルはそんな罪悪感にまみれなくても、いいんだよ」
「そうだな。俺もな、ニコルに大事なことを伝えてなくてな。そのせいで、ニコルが深く潜りすぎてしまったんだと思っている。すまなかったな、ニコル」
「大事なこと…」
「ああ。アロイスはさっきから、セイバーにはお前が救えないって言ってただろう?」
「うん…でもそれって、私がほんとは突き抜けてなかったから…」
「いや、そうじゃない。お前と、俺はな、たぶん二人とも『先祖返り』なんだよ。俺はさらに特殊な事情があってビットはないが、お前は純粋な先祖返りだ。それで、俺たち二人以外の白縹の心というのはな、壁が存在しているんだ」
「…壁…」
すると、ヘルゲ兄さんが一つの映像記憶を私に送ってきた。
それはバイパスを私たちと繋いだ時に見た、アロイス兄さんの心の壁だった。
波紋が広がって、ヘルゲ兄さんとアロイス兄さんを隔てていた水の壁が開いていく映像。…そして、限りある広さの、波紋が重なり合う空間。
…初めて見た、他人の心。どういうこと?どうして海もなければ草原もないの?
どうしてこんなに…しっかりとしているの?
私は少し混乱して、それから、どうして自分が「幼い」と言われ続けていたのかを理解した。
「セイバーは、心の壁を持つ者を救い、壁の中に戻してやる能力者だ。俺たちのように、自分の心で溺れそうになる者は、救えない」
ああ…ああ、そういうことだったんだ…
「…ヘルゲ兄さんやアロイス兄さんが、私を守ろうとするのは、このせい?」
ハッとした顔でアロイス兄さんが言い募る。
「ニコル、それは違う!確かにニコルとヘルゲは特殊な心を持ってるよ。でも、さっき僕が泣いたのを、義務感からだってニコルは言うのか!?」
私はびくっとして、それから自分が何を言ってしまったのかを遅れて理解した。
「…ごめんなさい…ちょっとショックで…ひどいこと言った…ごめんなさい」
「僕も大きな声を出して、悪かったよ。ごめんね…」
プルプルと頭を振る。
今なにか言ったら、また兄さんたちを傷つけそうで声を出せなかった。
「ニコル。それを、受け入れろ。時間がかかってもいい、受け入れるんだ。ニコルにはじいさんがいる。だから、また溺れそうになったらじいさんを呼べ。もうこんな風には、そうそうならないと思うぞ。俺が保証する」
ヘルゲ兄さんが笑う。私の頭を撫でて、おでこをごちんとぶつけてきた。
アロイス兄さんも笑う。私を抱きしめて、やっぱりおでこをぶつけてきた。
私も、兄さんたちの気持ちがあったかくて嬉しくて、おでこをぐりぐりした。
私たちは、三人でおでこをくっつけあいながら、しばらくそのままでいた。
その日の夜ベッドで横になりながら、今日はいろんなことがあって眠れないかもと思っていた時。
ぽすん、ぽすん、と音がした。
なんだろうって思って目を開けたら、ロイとヘルが両側から私をあやすように腕を叩いていた。
私は、なんて幸せなお仕置きだろうと思い、そのまま深く眠った。