48 零れ落ちた望み sideニコル
最近、修練の時には心を静かにしようって努めています。
いつもは「ちゃんと片付けなきゃ!」って草原を走り回ってる感じなんだけど、金糸雀の昔話を聞いてから考えたの。
私があの話の通り、宝玉になれる素養があるんだとして、ね?
白斑が、私が守りたいと思ったものを守れる盾なんだとして、ね?
私って何を守りたいのかなあって思って。
考えてみたら、私はいつも誰かに優しく守られてばかり。
兄さんたちは言うに及ばず、アルマとユッテも鈍くさい私のことをよく庇ってくれる。
最近ではナニーのナディヤ姉さんも、私たち三人を見ると優しく笑ってくれて、よく話を聞いてくれる。私たちもなぜかナディヤ姉さんと話すとほっこりしちゃって、何でも話したくなっちゃう。それに、特にしっかり者のユッテの懐き方がすごいの。ユッテが甘えられる人って、そうそういないんじゃないかなァ…
ああ、考えが違う方向に行きそうになっちゃった。
守りたいもの、かあ。
つまり、失くしたら泣いちゃうような大事なものだよね。
そんなのたくさんあって、迷っちゃう。
あ…でも。
守りたいっていうのとはちょっと違う…かもしれないんだけど…
ヘルゲ兄さんはビットがなくて落ち込んでて、あの時は私のビットあげたいなって思うくらいには、ヘルゲ兄さんが折れちゃいそうな気がしたな。
ヘルゲ兄さんて、どうしてあんなに悲しそうなんだろう。
昔、視界が赤い病気だったって教えてもらった時も、すごく悲しそうだった。
ヘルゲ兄さんは、ほんとにたまーに、話の折々に、すうっと存在が消えてなくなりそうな悲しい顔をする。
アロイス兄さんも、そういうヘルゲ兄さんの話を聞いている時は、すっごく痛いのをこらえてるような顔をする。
私に絶対教えない秘密って、きっとそのことなんだろうな。
私が知ったらつらい思いをするって考えてて、言わないんだと思う。
だって、二人ともそういう人だから。
自分たちがつらくても、私を傷つけない。
ああ、二人にだけ、そんな思いをさせ続けたくないなあ…
ねえ、私のビット。
ほんとに何かを守ってくれるなら、私は十分守られてるから、二人の兄さんを守ってくれないかなあ。
それとも、私が強くなったら二人を守れる?
どういう強さなら、二人は私に秘密を話してくれる?
強い攻撃魔法が撃てて宝玉になれるんだとしたって、二人を守れないなら、そんなのいらないの。
とぷん、と海に沈んだ気がした。
…なんか久しぶりに、海になっちゃったなあ、私の心…
少し深く潜りすぎちゃったのかな?
でも、何か掴めそうな気がして…もう少し。もう少しだけ。
そう。きっと、もっと違う魔法。
傷口に染み込んで、拡がって、癒して、治して。
楽しくなって、ほんわかして、ふわふわ浮かんで、温めて。
包みこんで、もっと。
拡がれ、拡がれ、もっと大きく。
彼を包めるくらい広く、深く。
…あ、おじいちゃん…
あれ?草原に戻ってる…ありがとう、起こしてくれたの?
なんかね…夢見てるみたいだった…あのね、私…ん?んん?
なんか…大事なことがわかった気がしたのに…あれ?
…戻らないとダメ?あ、修練終わったんだ?
うん、わかった。またねおじいちゃん…
「……ニコル!ニコルッ!…セイバー、こっちだ早く!!」
「んー?アロイス兄さんどしたの?…って、ふあぁぁ!なんで抱っこされてんの私ぃ!?」
「…ニコル…?っっはあああああああ…」
すごく大きく息を吐いて、アロイス兄さんが震えながら私を抱きしめた。
…周りにユッテもアルマもオスカーもいる。
みんな青ざめた顔して…というか、抱きしめられてるのガン見されてて、めちゃくちゃ恥ずかしい…
「あの…あの…どうなってんのこれ…」
ボロボロ泣きながら、アルマが答えてくれた。
「どうって!!警報の方陣がすっごく大きい音で鳴って!ニコルの場所で光が明滅して!つ…っ、突き抜けたって…!ニコル、いくら呼んでも戻ってこないしっ!もう、戻ってこないかと思っ…うわああああん!!!」
ど…どうしよう…え、私突き抜けてた?だって深淵なんて見なかった…自分の海の中にいただけだよ…?
あああ、でもアルマがあんなに泣いてる…ユッテもオスカーも涙目になってぶるぶる震えてる…どうしよう…ごめんなさい。どうしよう…
アロイス兄さんは私を抱きしめたまま、ペタンと床にしりもちをついた。
そのまま、私の肩に顔を埋めて泣いてる…
あのアロイス兄さんが、みんなの前で泣いてる…!
「ご…ごめんなさい…あの、ほんとにごめんなさい…突き抜けてたなんて思ってなくて…その…」
ハンナ先生がそばに来て、ポンと私とアロイス先生の頭に手を置いた。
「…もう大丈夫ね、ニコル?ちゃんと自力で帰ってこれたんだから偉いわ。…アロイス、立てるわね?後処理はしておくから、念のためそのままニコルを治癒室に連れて行って。そのまま付いていていいから。アルマ、ニコルは大丈夫よ。オスカー、アルマとユッテを宿舎に送っていきなさい、頼めるわね?…みんな、ちょっとショックな出来事もあったし、今日の修練は危険だからなしにしましょう。午後の学科まで自由にしてていいわ。カウンセリングが必要と感じた人は私まで届出なさい。以上よ」
アロイス兄さんが私を抱っこしたままゆっくり立ち上がり、ハンナ先生に小さく「すみません…」と言って歩き出した。
「あの…心配かけてごめんなさい、アロイス兄さん。私どこも痛くないし歩けるから…」
「…いいから、おとなしくしててねニコル」
「…はい…」
「大丈夫だよ、怒ってなんかいないよ。ただ…ホッとしただけだよ」
治癒室について私をベッドに寝かせ、治癒師の先生に事情を話してから、アロイス兄さんはベッドの端に静かに座って、ポツリポツリと話し出した。
「…セイバーに、ニコルが助け出せるとは思っていなかった。だってニコルは突き抜けてなんて、いなかっただろ?」
「アロイス兄さん、わかるの?」
「ん…わかるっていうか…そうだね、知ってたね。でも、本当に何度呼んでも戻らないから…セイバーに頼んでやっぱりダメだったら、このままニコルを連れてヘルゲのところに行こうと思ってたよ。僕じゃ連れ戻せないからね。でも…ヘルゲのところへ行く間に手遅れになったらと思ったら…」
アロイス兄さんのきれいな水色の目から、大粒の涙がほろほろと落ちる。
私ってなんてバカなんだろう。
兄さんたちを守りたい、なんておこがましいこと考えて。
何かがわかりそうで、どうしても欲しかったからって、あんなに自分を拡げて。
みんなをこんなに泣かせるほど、手の届かないものを欲しがるなんて。
「ごめんなさい、アロイス兄さん、ほんとに…ごめん…」
情けなくて、涙が出る。
アロイス兄さんが覆いかぶさって、私がいるって確かめるみたいに、毛布ごと抱きしめる。
こんなこと、心配かけるようなこと、二度としないから…
落ち着いたあと、私は宿舎に戻ってアルマとユッテにも謝った。
二人は私のことを抱きしめてわんわん泣いて、でも許してくれた。
同期のみんなのところにも、ハンナ先生のところにも行って、とにかく謝った。
みんな、良かったよく戻れたって笑顔で許してくれた。
オスカーは私の頭をぐしゃぐしゃにしたあと、やっぱり許してくれた。
私は、本当に、守られてばかりで恵まれてる。
もうしばらくはこのままでいてもいいのかな、と思った。




