47 方陣マニア sideヘルゲ
先日、コンラートが来てから家の中がうるさい。
もうだいぶ慣れたが、うるさい。
午前中は、俺が寝ている間に端末で収集させた軍と中枢の動向をチェック。
しばらくするとたいていデボラ教授から通信が入る。
興奮した無駄話8・研究の検証と指示2の割合で構成された会話を終え、適度な研究結果を出すためのレポートを作成していく。
一通り終わらせて、リビングへ行く。
今朝見た軍の動向の中に、少し気になるものを見つけたからだ。
「おい、コンラート。フィーネが村に来るらしい。何か聞いてるか」
「は?フィーネ??いンや、特に聞いてねぇよ。通信でも入ったら教えるけどよ」
「そうか。休暇ではなく、任務で来るらしい。お前と俺は接触する可能性があると思っておいたほうがいいぞ」
「はーん…まあ、俺たちより養育セクトと維持セクトの方陣に関する指導やチェックって可能性もあるな」
「なぜ軍部の者が方陣の指導に?それなら魔法部の緑青出身者あたりが来るのが妥当だろう」
「フィーネは特殊なんだよ。お前と同じで、軍部でありながら魔法部の方陣研究と半々で仕事してるだろ。白縹の村のことだからフィーネに依頼が入ったって聞いても、俺は驚かねーけど」
方陣研究室に出入りしているのは知っていたが、そこまでとはな。
デボラ教授はマギ言語使いの厳重秘匿部署だから、横のつながりがない。
「そうか。まあ、それを一応知らせようと思っただけだ。特に支障がないならそれでいい」
「…あ。これ言うの忘れてたな」
「なんだ」
「俺、お前が防諜方陣敷けるって知ってたろ?あれの情報源はフィーネだぜ」
「…どういうことだ」
「だからそう簡単に殺気をトバしてくんじゃねーよ、気が短ぇなー。フィーネも特に軍へ報告なんぞしてないと思うぜ。もともと学舎にいた頃に、森の大木で防諜方陣の残滓を感じたんだとよ」
「あれをか?…どういう能力だ、あきれるな…」
「もう一回言うけど、フィーネは特殊なんだっての。あの細っこいのが軍属っておかしいと思わなかったか?あいつの方陣に関する執着っつーか熱意?はただ事じゃねんだ。数時間経った方陣の残滓を感じ取って、種類まで特定することもあるから事件の捜査にうってつけなんだよ。俺が『完全に消えた』状態でもあいつの前で長時間バレないとは、とても思えねーな。隠蔽も同時にかけて、身動きをまったくしなければギリギリかな」
「それはユニークではないのか?」
「魔法ではないな。完全に本人の鋭敏な感覚のみだ」
「…それは…やっかいだな。俺には騙しようがない」
「あー、もしココに来ることになっても、大した問題にはならないと思うぜ。ただ、面倒なダケだ」
「面倒?」
「ああ、要するにな、マニアなんだよあいつは。方陣に関する知識や実体験が得られれば満足なんだ。侵入用端末だけ見つからなければいいんじゃね?後はお前にひっついて回って『方陣について夜通し語り合おうよ』くらいは言うかもな。ちなみに森の方陣を感じた時に俺はたまたま一緒にいてな。大興奮したフィーネに防諜方陣のマナの流れがどう美しいかとか芳しいかとか散々聞かされたぜ?意味わからなすぎて、意識トんじまうかと思ったよ、あれは」
…デボラと同類か…はあ…
俺がガックリと項垂れていると、コンラートはいかにも楽しそうにニヤニヤしている。こいつは口もうるさいが、表情もうるさい。
「…お前とアロイスで相手してくれ」
「そーゆーワケにもいかんでしょーよ。この家の異常なセキュリティ敷いてるのは誰だ?こんなにフィーネにとってゴチソウ満載の家にしてるのは誰だ?」
「ぐ…しかし嫌だ。断る。端末を隠して、全部の方陣を解除して逃亡する」
「ハッハー、もしフィーネに目をつけられたら逃げられると思わない方がいいぜぇ?言ったろ、事件の捜査にうってつけだって。方陣敷いた人間のマナの固有紋くらい、あいつなら追うぜ?」
…ニコルが幽霊だのお化けだのがコワいと言ってたのは、こういう感覚なのか…
「ま、あれだな。俺に言えることは一つだけだ」
「なんだ。回避する方法でもあるのか」
「…グッドラック?」
短気だなんだと言われてもかまわん。この鬱屈した気持ちをすべてこの男に叩きつけたい…!
「お、そろそろ昼だぜ、ニコルちゃんに会いに行くんだろ?俺はハラ減った!バール行って何か食うけど、お前は?」
「…行く。腹が減っては戦ができん…」
「お、観念したか。まあ、まだ推測の域を出ないだろ?ダーイジョウブだってぇ」
「そう思うか?」
「ん?んー、まあ希望的観測つーか?」
「…」
バカ話をしながらバールへ行き、昼メシを喰う。
最近の日課になったわけだが、コンラートがそこかしこで「猛獣使い」とか囁かれているのはなぜだ。
まあとにかく、最近の俺の周囲はうるさいが、別に嫌な気持ちではない。
そういうことだ。