45 少年と僕 sideアロイス
「アロイス先生!ちょっといいかな」
中等4年の基礎修練が終わり、データのバックアップをかけたところで、オスカーがこちらにやってきた。
彼は少し白霧の払拭に難ありだな。そのことかな?
「なんだい?」
「あのさ…ちょっと最近、雑念つーか…どうにも気分をうまく晴らせなくて。整理しようと思っても、なんか面倒になって、気付くと修練終わってんだよ…」
「んー、なるほどね…気分が重い原因は?」
「いや…」
「ふむ。意識的に向き合っていないのか、考えても問題点自体がわからないのか。そのあたりは?」
「う…」
「はは、そう簡単に答えられたら僕のとこには来ないか。わかった、次の中等5年の修練が終わる頃、もう一度おいで。ハンナ先生には僕から言っておくから、応用修練を抜けてきていいよ」
「うん、わかった。後で来るよ」
オスカーはそう言うと、少し笑顔になって去っていく。
彼はここ一年ほど、基礎修練の進捗が芳しくない。
といっても、どの中等の子供も必ず一度は通る道だ。
要するに、思春期ってやつだね。
白縹が精神的に老成するのが早い弊害の一つに、体の成長と心の成長のバランスがとりにくいことがあげられる。
それが顕著になるのが中等養育の時期であり、僕ら教導師のカウンセリングが重要になる理由でもある。
これは、ヘルゲには言ってないことなんだけども…ニコルにおじいちゃんの件で「うそつき」と声高に責めた筆頭がオスカーだったりするんだよな。
まあ、7年以上も昔のことだし、ニコル自身が全くオスカーを恨んだりしていないから僕も平静でいられるわけだけど。
いかんいかん。教導師たるもの、私情を交えず子供を見る!うん。
オスカーが来たので、カウンセリング用の個室に移る。
やっぱり、なんかこう…どんよりしてるね、オスカー。
「見るからに調子悪そうだね、オスカー。もしよかったら、問題点の洗い出しから手伝おうかなって思ってたんだけど、どう?」
「う…いや、あの…問題点つーか、なんでこうなのかわかってはいるんだけど…」
「うんうん」
「すごく言いにくいっつーか、でも言わないと、俺が前に進めないっつーか。もう一年もグダグダ悩んでるから悪いのはわかってんだ。だけどさ…」
「…もしかして、僕だから言いにくい?担当は替わることもできるから、気を遣わなくてもいいんだよ?」
「そんなことはないんだ、アロイス先生が親身になってくれる人なのは、よくわかってんだ」
「そんなふうに思ってくれてるんだ。ありがとうな、オスカー」
「いや…う…あのさ、アロイス先生。俺が今から言うことなんだけど、絶対に、絶対に下心とか、先生を利用しようとかじゃないのは信じてほしいんだ。とにかく俺、これ以上修練で呆けてる自分が、もうイヤなだけで…!」
「落ち着いて、オスカー。わかってるよ、絶対オスカーはそんなこと考えるやつじゃないさ。君はとてもプライドがあって、仲間思いだ。ちょっと自分の意見が正しいって思いすぎる所もあったけど、自分で意識して直したことだってあったじゃないか?僕はちゃんと、それを覚えているよ?」
「う…ありがと…あの…それでさ、つまり」
「うん」
「俺、ニコルが好きなんだ」
「ああ、なるほど…それで僕に言いにくかったんだね?」
「う…うん。その、別にどうなりたいとか、そういうんじゃなくて…結局、ニコルのこと考えるとボーっとしちまうもんだから…みんな、こういう時って、どうしてるんだ?こんなのどうやって、考えないようにできるんだ?」
ものすごく真剣な目で縋るように僕を見てくるオスカーは、捨てられた子犬のようだった。雑念を払い、集中しなければならないのに、できない。焦ると、もっとできない。こんなことが一年も続けば、そりゃ相談もしたくなるよね…。
「うん…難しいよね、それ。僕もさ、いわゆるカウンセラーらしい教科書どおりの答えなら持ってるのさ、『知識』としてね。でも僕にそういう相談をしてくる子たちっていうのは、十人いれば十通りの恋をしていて、みんな真剣に悩む。僕は真剣な相談には、真剣に返したいと思う。だから聞くけれど、オスカーは修練のジャマになっているニコルへの恋を『こんな思いするならもうやめたい』って思ったことは、ある?」
「それは…ない。ないっていうか、そんなこと思わないくらいボーっとしてる自覚がある…」
「そうか…その、言葉が悪くて申し訳ないんだけど、いわゆる『のぼせ上ってる』って状況だとは、思うんだよね。で、実際ニコルに告白して何らかの決着をつけようっていう気にはなってないから、今の状態だって感じでいいのかな」
「うん。ほんと、その通りだね」
…さすが、白縹の子だ。この状況で落ち着いて自分を分析できるんだから、大したもんだな。
「オスカー。恋とか愛とか、いろいろ人の想いの形ってのはあると思うんだ。でね、ボーっとニコルのことを考えてしまう時ってのは、過去のニコルに思いを馳せてはいないか?」
「過去…」
「うん、『あの時のニコルはかわいかったな』とかね。もしくは、今君のそばにいないニコルを想って『今頃なにしてるんだろうな』とか」
目を丸くして、オスカーが「いま気付いたけど、たしかにそうかも…」と愕然としてる。
よかった、少しうまくいったかな?
「僕は思うんだけども、『今ここにいる彼女に楽しい思いをさせてあげたい』とか、『彼女と一緒にいることが楽しい、これからもそうでありたい』とか…現在と未来に考えが行くようになると、おのずと自分がどうしなければいけないかって覚悟が決まってくるんだ。それは、確実に集中力に繋がると思う」
「うん…そっか。なんか、腹にストンと落ちた…確かに過去の映像記憶でボーっとすることばかりだったし…うん、なんか理解できた気がするよ」
「そうか、それなら良かったよ。ぜひ現在進行形の彼女を見て、彼女を尊重できる未来を見てほしいね。これは”兄”としてのワガママなお願いなんだけど?」
ちょっとイタズラめいた顔で言うと、オスカーは
「わかってるよ、無体なまねはいたしません。怖い兄貴が二人もいるのなんて、昔っから知ってるよ」
と、清々した顔で笑った。うん、もう大丈夫そうだな。
オスカーはありがとう、と小さく言うと、来た時よりも少し軽やかな足取りでカウンセリング室を出て行った。
…
…
ぶっはぁぁぁぁぁぁ、おっどろいたァァァァァァァ!!
勘弁して…勘弁して、オスカー…
先に「私情を交えない」って、気合入れておいてよかったぁ~!
それにね、オスカーはもう言うしかないって思い詰めてたのかもしれないけどもね!
どう考えても、ニコルの名前を伏せていても、相談はできたよ…?
あー、もうアレか?小さい頃の「うそつき」発言は、まさかの好きな子にイジワルしちゃいたくなる症候群ですか!?
もー、絶対ヘルゲには言えねぇぇぇ…オスカーが爆死しちゃう…
いまだにニコルは「うそつきって言われないように」なんてたまに言うし、トラウマに違いはないんだよな~
だー、もう!がんばれアロイス教導師っ
こんなジタジタしたい気分は、ヘルゲのお守りその他モロモロで慣れてるはずだっ
はぁ~…昼にニコルに会う時は、もう一回気合いれとかないと変な顔しちゃいそうだ。
気をつけよう…