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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
虹の輪舞曲
437/443

436 建国祭① sideユリウス

  






中央では毎年八月の第二週目に建国祭が行われる。


紫紺の初代長ヘイムダルがこの地にアルカンシエルを築いたとされるけれど、1700年前な上に神話の神と同じ名前なので、私はまた「美化されたギフト持ち」なんだろうなとしか思っていない。


まあともあれ、中央の街は一週間続く建国祭で賑やかだ。噴水広場にはたくさんの屋台が軒を連ね、大道芸人が人々を楽しませる。夜はたくさんのマナ花火が上がるので、八時くらいまでは大勢の人々が楽しげに繰り出している。


私も軟禁される前までは友達と一緒にお祭りで楽しんでいたけれど、それ以降は楽しげな同年代を見るのが辛くて来たことはなかった。


父様や母様が気を遣って、たまには一緒に花火を見に行きましょうと誘ってくれたけれど、護衛に囲まれて同世代と私を接触させないようにされて見る花火など虚しいだけでね。





そんな建国祭だけれど、今となっては楽しげな国民の姿を見られる機会でもあるわけで。議員になってからは多少見るようにしていたんだ。そこで出会ったのが、セリナたち旅芸人三人だった。


セリナは踊り子、ラザーンはドシュプルール奏者、シンバはショール奏者。セリナの舞いは絶品で、金糸雀の里の中でもトップクラスなのではと思う。踊り子と言えば露出の多い衣裳を着て扇情的な舞いをすると思われがちだけど、セリナは飾りのついた派手な衣装なのに露出は控えめだ。


袖はたっぷりとした長さで、舞うたびにその布が旗のように翻る。シャルワールの上に巻きスカートのような布を纏い、足首に嵌めたアンクレットの鈴が音楽に合わせて鳴り響く。


その柔らかな動きと、指先まで神経の行き届いた技に、肌の露出などなくとも観客は魅了されてしまう。





そんな彼女たちはアルカンシエル各地を巡り、生きた情報をツーク・ツワンクにもたらす。今回も蘇芳要塞都市ではスパイ狩りが行われたとか、その結果小規模なテログループが捕まったとかね。そしてもっと些細な、民間レベルの愚痴で重要なことを教えてくれる。


緑青で魔法の才に難のある者に不満がたまっている。緑青では魔法の才能至上主義がはびこっており、そうでない者はレジエで採掘作業に従事したり養蜂場の下働きくらいしか職がない。


金糸雀では自由を愛する気質はよろしいが、自由過ぎて事務職や護衛職に従事したがるものが少ない。自治体は慢性的な人手不足にあえいでいる。


…そういったことをね、教えてくれるんだよ。


アルノルトが作ってくれたヘッドセットはここでも威力を存分に発揮していて、それまではセリナたちがどこかの宿へ腰を落ち着けてからまとめてロミーを通じて報告が上がって来ていた。でも今となってはリアルタイムもいいところで、気軽に通信してきては「こんな話があったわー」と連絡してくれる。


私は彼らと知り合って以来、お礼も兼ねてその見事な舞いを欠かさず見に行っている。



*****




今年もやってきた建国祭の週末、私はギィたち三人を連れて噴水広場に来た。建国祭など見たことがないというのを聞いて、じゃあ一緒に行かない?と気軽に誘ってしまったんだよね。


考えなしだったかなと後から反省したんだけど、ジンは「よくわかんないけど行ってもいい」と言い、ギィは「お前の驕りならいいぜ」と返事した。彼らがこんな返事なのには訳がある。二人のお姫様であるキキが瞳をキラキラさせて「…行ってみたい…」と言ったからだ。本当は二人ともお祭りなんて興味はなかったみたいなのにね。


ヨアキムも「いいことです、デミの外に何があるのか知るのも勉強です」と言うので、彼らをエスコートすることになったんだ。


三人は、デミの子供にしては高級な服を着ているのだと言う。私には普通の街の子供に見える服装なんだよ?ギィはいつものデニムとパーカー。ジンもパーカーがベージュなだけで、ギィと同じ。キキはインディゴのサブリナパンツに白のコットンキャミソール、ストライプのコットンパーカー。


夏真っ盛りだけど、タトゥを隠すために三人ともパーカーを着ている。逆にデミの中ではタトゥを見せて身を守る。シュピールツォイクへ納品しに行くには、破れてボロボロの服ではつまみ出されてしまうから「こんなキレイな服を着させられた」そうだ。




それに、話を聞けば建国祭など見たことないのも当然だ。日々は食べ物を得るための生死を賭けたルーチンワークだし、建国祭で獲物を見つけるのはリスクが大きすぎるのだとか。


警戒心のない一般人を獲物にスリをするのは簡単でも、蘇芳の警ら隊が目を光らせている中で逃げ切るのは無理がある。もし捕まってデミの子供だと分かれば、拘留などという手間をかける筈もない。罰として一発殴られてからデミへ戻されるだけなのだ。


だから建国祭に用事があるとすれば、花火も終わって人気がなくなった深夜に何か落ちていないか探すだけ。


そうか、彼らには利益がないものなんだな、と納得した。


私には見るのが辛いだけの建国祭だったけれど、この子たちが楽しいと思ってくれるといいな。デミの外にはこんな楽しい事も一年に一度はあるから、それを楽しむ為に仕事を頑張ろうって思ってくれるといいな。


だから全力でお祭りを楽しんでもらおうって思って張り切っていたら、その日の朝にアルノルトから「インナさんの歌を聞いて、クルイロゥでごはん食べようよー」なんていう超絶魅力的なお誘いがあった…!


もっと早く言ってよ!ヨアキムが今日金糸雀へ行くのは聞いていたけど、インナさんの歌が聞けるなんて知らなかったし!クルイロゥに寄るなんて聞いてないし!そしたらお祭りの約束は明日にして、今日は金糸雀へ行ったのに!





*****





噴水広場は人でごった返していた。私ははぐれないようにキキと手を繋ぎ、ジンとギィは「手なんて繋いだら動けねえ」と言って私たちの後ろを付いてきている。



ユリ「さーて、何か見たいものはある?食べたいものでもいいし、欲しいものでもいいし、言ってね!」


ギィ「随分気前いいじゃん。じゃあ俺、あの串焼き」


ジン「俺も」


ユリ「…あれ、キキはいらないの?」


キキ「…じゃあ、食べる」



私は四人分の串焼きを買って一緒に食べながら広場を巡った。最初は仕方なさそうに付いてきていたギィとジンも、射的や輪投げで景品がもらえる出店で立ち止まって目が輝く。


射的は方陣の仕掛けられた竹筒にマナを流して空気弾を出す。小さな的を倒せば点数が高くて、いいものをもらえるみたいだ。「やる?」と聞くとコクコクと頷くので、三人分支払って様子を見た。


ギィは一番小さな的を狙ったけど惜しくも外し、二番目に小さな的に何とか当てた。ジンは無理せず中くらいの的を狙い、一発で倒した。そしてキキは…狙いに随分時間をかけたけど一番小さな的を倒し、周囲の子に「すげぇ!」と口々に褒められていた。


景品はジンがマナ・グラス。ギィはくまのぬいぐるみ。キキがなんとTri-D airy regionだった。



ユリ「三人ともすっごいねえ!やっぱり訓練の成果が出てるんだね」


ギィ「…おい、これキキにやる」


ジン「俺も眼鏡、二つもいらない…度が入ってないし、キキにやる」


キキ「…えー…それじゃ、二人のが、無くなっちゃう」


ジン「そのキレーなやつ、三人のものってことにしてくれればいいんじゃないか」


ギィ「つか、それ何だ?トライなんとかって」


ユリ「あは、見たことないか。帰ったらそれにマナを流してみるといいよ、とても綺麗なものが見られるから」



キキは大事そうにくまを抱え、マナ・グラスをかけてキョロキョロと周囲を見る。マナを視ることができたようで「うわあ…」と言った後、私は初めてこんなにあけっぴろげなキキの笑顔を見た。


ジンとギィはそれを見て満足気な顔になり、その後あの射的は面白いゲームだったが景品をもう少し考えやがれなんてブーブー言っている。それもきっと彼らの照れ隠しなんだろうなと思うと、私は微笑ましくて仕方なかった。






知り合いがいるからそっちを見に行っていい?と聞いてから、毎年セリナたちが出る舞台へ向かう。セリナの舞いは大人気で、舞台での出し物の大トリを任せられているんだそうだ。


丁度彼らの出番に間に合い、ラザーンがドシュプルールを奏で始めた。それに合わせてシンバのショールが響き、セリナが舞台袖から現れると万雷の拍手が鳴り響く。




空気を含んだような袖がふわりと舞い、鈴のアンクレットがシャランと鳴る。繊細な指の動きが物語を語るように空間を撫で、セリナは柔らかい体を駆使して観衆を魅了する。


人間の体は、こんなに隅々までが動くのかと思う。


そして、ここまで音楽と一体化するものなのか、と。




舞いが終わり、出てきた時よりも大きな拍手を受けてセリナは優雅に礼をした。ジンとギィは口を開けて舞姫に見惚れ、キキも頬を染めて「キレイ…」と溜息をつく。セリナがふんわりと笑いながら下手へ捌けた後、拍手に紛れてツーク・ツワンク内の通信が入る。



シンバ『いよぅ王子!セリナは絶好調だろ?』


ユリ「いやあ、毎年思うけどセリナは天井知らずの素晴らしさだね。今年も史上最高の舞いが見れたよ、ありがとう」


ラザーン『ハッハー、そうだろ。それよか王子が子連れでビビったんだけど?』


ユリ「友達だよ、ツークじゃないけどね」


セリナ『あらやだ、よかったわー。女の子がいるし、とうとう王子に虫が付いちゃったと思って舞いが乱れるとこだったー』


ユリ「あは、そんなわけないでしょ。じゃあまたねー」



独り言を言ってるようにしか見えない私だけど、ギィたちは気にもしない。ヨアキムもたまにどこかと不思議通信をしているから、ヨアキムに魔法を貰ったんだろうなくらいにしか思っていないんだ。


その時、ドンとよろけた男性にぶつかられた。「うあ、すんません!失礼しました!」と頭を掻きながら去って行こうとする男性の腕を、ギィが掴んだ。



ギィ「…おっさん、スッた財布返せよ」


男「え、ちょ…何だよ、ちょっとよろけてぶつかっただけでスリ扱いか?」


ジン「御託はいい。返せ」


男「オイオイオイ…洒落にならねえぞ?おいアンタ、ぶつかったのは謝っただろ?こいつらアンタの連れなんじゃねえの?名誉棄損もいいとこだぜ、どうしてくれんだ」


ユリ「あなたが本当にスリではないのなら名誉棄損で訴えてもいいですよ。でも私はこの子たちがくだらない嘘を言わないと知っています。実際問題、私の財布もなくなってるしね」



周囲には野次馬が集まり、成り行きを通信で聞いていたラザーンが『今そっちに警ら隊向かわせたから』と言ってくれて、ヘッドセットを二回叩いてお礼を伝えた。


ギィに腕を掴まれている男は「クソガキ、離せ!」と言って腕を振り回す。裏拳でギィの顔を殴ろうとしたけど、あっさり結界で防がれていた。



ユリ「…子供を殴るなんて、最悪だね」



私は男の手首を掴んで捻りながらよろけた男の肩に膝を乗せ、地面へ這いつくばらせた。警ら隊が来て「何事だ!」と野次馬を散らし、私のそばへ来る。



ユリ「ご苦労様です。この男、スリみたいですよ。それと子供へ暴力を振るったので取り押さえました」


警「…あなたは?」


ユリ「一応被害者…だと思います。財布をスられまして」



警ら隊に囲まれて男は「クソ、この野郎!」と暴れた。ポケットをさぐっても何も出て来なくて警ら隊が「…何も持ってない?ん?」と言ってる。



キキ「…お腹。そのおっきなお腹、偽物」


警「え?あ、じゅばん着込んでやがる…うーわ、財布が六つ入ってますよ隊長」


隊長「あなたの財布はありますか」


ユリ「えっとー、あ、これです」


隊長「申し訳ありませんが、一応中身の確認と固有紋の照会をさせてもらってもよろしいですか」


ユリ「はい、どうぞ」


隊長「…ユリウス・ファルケンハイン・紫紺…! 失礼致しました!」


ユリ「いえいえ、お勤めご苦労様です。助かりました」


隊長「は!恐縮です!ご協力、ありがとうございました。そちらのお嬢様も坊ちゃんも、本当にありがとう」


ギィ「ぼ、ぼっちゃ…!?」


ユリ「あはは、では失礼しますねー」



私はギィの口を塞いでその場を去った。ラザーンたちに「ありがと!」と一言通信してから、三人に向き直る。



ユリ「すっごいね、ありがとう。全然スられたなんて気付かなかったよ~」


ギィ「あれで気付かねえのか…平和ボケって、こええ」


ジン「それより、何で俺たちしょっぴかれないんだ」


ユリ「え?だってスリはあの男でしょ?」


ギィ「それだけで警ら隊が見逃すかよ。あいつら勘が鋭い、俺たちがデミのガキだなんてわかってたと思うぜ」


キキ「…ユリウスの名前だけで、引き下がってたと、思う」



そう言うと、キキは私の腕にキュッとしがみついた。わあ、かわいい。



ユリ「えっとー…まあ、こういう時に中枢ってのが効くんだよ、それだけ。さて、ちょっとケチついちゃったけど…喉乾いてない?みんなが取り返してくれたお財布のお礼はするよ?」


ギィ「俺、果実水と串焼き!」


ジン「…俺も」


キキ「私、果実水だけでいい」


ユリ「えー…欲のない子たちだね…キキ、お菓子とかどう?」


キキ「んーん、お腹いっぱい」



私はまた串焼き屋さんに並び、果実水も買って来た。そして、キキには果実水の屋台のそばで売っていた髪ゴムをあげた。小さなガラス玉が三つ付いてて、キキたちみたいだったんだ。



ユリ「キキの髪、これで纏めたら可愛いよ。どうぞ」


ギィ「…お前、ほんとヘン」


ジン「うん、ヘン」


ユリ「何で?女の子に贈り物くらいしたっていいじゃないか」


キキ「ヘンだけど、ユリウス、好き」


ユリ「ふふー、ヨアキムに自慢しちゃおっと。キキから二回目の好きをもらっちゃった」


ギィ「…お前、それは『好き』を貢ぎ物でゲットしたってこっちゃねえの?娼婦なんて貢ぎ物目当てに『ダイスキ』の大安売りすんだぜ、目ェ覚ませ」


ユリ「…ヨアキムの気持ちが少しわかったかな…ギィ、きっつい」



私たちはモグモグと串焼きを食べながら話した。


まだお祭りは夜まで続くし、疲れない程度にのんびり見ながら、後でシュピールツォイクへも行ってみようってことになった。お祭りで出店を見るのも楽しいけど、おもちゃ屋は噴水広場にも近いので店内でイベントをするらしいからね。


そんな話をしている間じゅう、キキは私にぺっとりとくっついたまま果実水を飲んでいるのがとても可愛らしくて、私は頬がずっと緩んでいた。






  

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