433 glass sphere sideユリウス
いきなり工房へ現れた私を見て、留守番の男の子は結界を出しながら女の子を庇って作業台の向こう側へ行った。
…お見事。
私との間に障害物を必ず置いて、女の子を庇いながら移動するとは…
うん、ジェントルマンとは君のことだ。眼鏡をかけているからジンかな。
ユリ「…いきなりお邪魔してごめんなさい。あの、ヨアキムはまだ戻ってないかな」
ジン「 … 」
ユリ「あう…あの、驚かせたのは謝るよ。ヨアキムにここへ来るよう言われて…さっきシュピールツォイクでギィと一緒のところへ偶然会ってね」
キキ「…ギィ、どんな服着てた?店のどこで会ったの?」
ユリ「えっと、ブルーのデニムと白のTシャツと、薄手の霜降りグレーのパーカー着てたね。パズル屋さんでヨアキムが納品しているところに遭遇したんだ」
ジン「ギィの服は汚かった?きれいだった?」
ユリ「…? 新しくてきれいだったと思うよ?Tシャツも真っ白だったし…」
ジン「…ほんとに会ったんだな。わかった、座れよ」
ユリ「うん、ありがとう…あ、私はユリウスって言います。よろしくね」
ジン「…あんた、デミの人間じゃないんだな」
ユリ「やっぱりわかっちゃうものなの?すごいね」
キキ「…丁寧な言葉使いがヨアキムみたい」
ユリ「ん?ああ、なるほど~。ねえ、デミの言葉使いってどんなの?教えてくれる?」
ジン「あんたには、無理だと思う」
ユリ「えぇ~、やってみないとわからないよ。んーと、『やってみないとわかんない』…これでどう?」
ジン「え、いまどこを変えたんだ?」
ユリ「えっ!か、変わってなかった?えーと『やってみないとわかんにぇ』…これも何か違うな…」
ジンは心底呆れたという顔をし、キキはぷぷ!と吹きだした。
キキ「あのね、『やってみないとわかんねぇ』だと思う…ふふっ」
ユリ「あ~…そっか、そういう感じか…普段自分が使おうと思わない言い回しって、意外と思い浮かばないね。よく聞くのに、私にはほんとに無理かも…あはは」
なんとか少しだけ緊張がほぐれたかな?と思っていると、「ただいま戻りましたよ~」とヨアキムとギィが帰ってきた。にっこり笑って「おかえり~、先に着いちゃったよ」と出迎えると、ヨアキムが驚いて「え、誰ですか」と言った。
…あ、青年型でヨアキムに会ったこと、なかった…
しまったと思っても、もう遅くて。今度は「ちくしょう、やっぱりダマしてたな!」って顔のジンとキキに、ほんとに泣きたくなったよ…
ユリ「ヨアキム…ユリウスです。変装魔法使わせてもらいました。さすがにデミへ出入りしているのがバレるのはまずいから…」
ヨア「あ…あ~!ボニファーツさんの方の魔法ですね?ごめんなさい、固有紋まで違うと一瞬誰かわからなくて…はい、防諜方陣も展開しましたから変装解いてもいいですよ」
ユリ「よかったー、ありがとう。ていうか、私もその姿のヨアキムは初めてみたな。話を聞いてたから声でわかったけど」
変装を解くと、ギィの緊張がまずほぐれた。「ああ、あんたか」と言うのを聞いて、ジンとキキの緊張もなくなる。助かった…
ヨア「ジン、キキ。この人はユリウス。私のお友達です」
ユリ「改めましてよろしくね。驚かせてごめんね」
キキ「…ううん、いいよ。私、キキ」
ジン「…ジン」
ギィ「ゲーム、教えてくれるんだろ?早く対戦してみたい」
ギィは作業台に置いてあったクルミ材のチェスセットに向かい、いそいそと駒を並べ始めた。あは、わかるよソレ。駒の動かし方が頭に入ると、対戦してみたくて仕方なくなるんだよね。
私はギィとひとまずワンゲームしてみることにした。初心者もいいところなんだし、分かりやすい手を打つように心がける。数手先の絡め手ばかりを出してチェスを嫌いにさせたくないからね。手加減するなと怒られたら、全力で相手しちゃおうっと。
ユリ「お、ギィはなかなか攻撃的だね…でもほら、ルークはいいの?」
ギィ「…あ、そうか…」
ユリ「あは、特別に一手戻って考え直してもいいよ?」
ギィ「そんなのありえねえだろ…自分がヘタ打ったらケガすんのは当然だ」
ユリ「おぉ、いい心がけ。じゃあ、遠慮なく」
ギィ「 … 」コトン
ユリ「…わぁお。いまキング動かしたのはどうして?」
ギィ「さあ?なんかヤバい感じがしたから」
ヨア「ギィ、チェスやってても危機察知で何か信号が来るんですか?」
ギィ「そうじゃねえよ、タトゥのは命の危機だろ。そうじゃなくって…なんかこいつにキング狙われてる気がして」
ユリ「うは…ヨアキム、ギィってすごいね?いまギィがキングを動かさずにいたら、私はあと二手でチェックメイトできたよ。ほら、こうして…こうするとクイーンの道が開ける」
ギィ「アッブネ…」
私はそれからキキとジンとも対戦した。キキはたっぷり考えて慎重に打つし、ジンはちょっとキングを守りすぎて攻撃をためらう感じで。でも「こう考えてみたら?」と誘導するとだんだん面白いと思ってもらえたようで、今度は三人が順番に対戦しはじめた。素直な子たちだなあ。
ユリ「ギィは瑠璃みたいに頭の回転が速いし、蘇芳みたいに勘が鋭いね」
ギィ「んあ?ンなこと考えたこともねえや。俺たちに部族がどーのとか関係ねえよ、気が付いたらデミで生きてたんだからよ」
ユリ「…そっかあ。君たちには色がないんだ…そっかあ」
ギィ「な…なんだよ、なんで嬉しそうなんだ」
ユリ「ふふー、無色透明って、何色でも受け入れそうだし、一番懐の深い感じがする。これは盲点…ふふ、色がなきゃいけないなんて決まってないか。私もまだまだ器の小さい考えだったな」
ギィ「 …? なんだかお前、ヨアキムみたいにヘンテコなところがそっくりだな」
ヨア「ヘンテコってひどいじゃないですか、ギィ…」
ユリ「あは、ヘンテコってことは個性的っていう褒め言葉かな?やっぱり君たちイイなぁ」
ギィ「ほら、そういうトコだよ」
ユリ&ヨア「 ?? 」
キキ「…二人とも、私たちを宝物見るみたいに、見るから、ヘン」
私とヨアキムは二人して顔を見合わせ、ぷは!と笑った。私はこの透明なガラス玉みたいな子たちに夢中になりそうな予感がして、「ヨアキムは宝物の趣味がいいね」と言った。
ヨアキムも「そうでしょう?ユリウスはわかってますね」と宝物自慢をするので、二人してクスクス笑った。
三人の子供は「本当にヘンテコなやつらだな」と呆れ、またチェスに興じていた。
*****
私はヨアキムに工房への出入りを許可してもらい、エルンストさんにはデミの外をウロつかないと約束して通うようになった。
チェスを教えることも目的の一つなんだけど、私が彼らと話してみたくて仕方なかったんだ。デミに対する興味本位じゃないよ。何ていうか、この子たちって余計な物が一切ついていないんだ。
部族特性だの、しがらみだの、そういうものを引き摺って歩いていない。彼らが身軽に見えてしまうのは錯覚だとわかってる。しがらみを引き摺っていない代わりに、彼らはいつでも「死」に追い縋られていたんだから。
私は今まで彼らのような立場の子供を「自分とは対極の生活をしていた子供たち」だと思って憐れんでいたのだと思う。政治家として「彼らにどの面下げて会えばいいのか」とも思っていた。それがどれだけ傲慢な思考なのかも思い至らずに。
でも、実際会ってみてどうだろう。
彼らはそんな思考の道筋とはまったく違うルートにいた。
『私は金銭的に見て、何不自由ない生活が保障されていた。私は恵まれていたのだから、彼らに負い目を感じてしまう』
…この心理状態って、何なんだろうと思う。少なくともギィたちは私が一般市民以上の生活をしていることを察しているけれど、私を責めるような感情など一切ない。そんなの関係ないんだ、彼らには。
自分たちはここで生まれた。
必死に、生きている。
お前は俺たちとは違う場所で生まれた。
お前もその場所で、必死に生きている。
それだけだろ?
さあ、ゲームを一緒にやろうぜ。
キョトンとした顔でそんな風に言われて、この三人を好きにならずにいられるかな?楽しい遊びが、楽しめるおもちゃが、こんな風に私たちを結びつけて、同じ目線にさせる。
ただのギィ vs ただのユリウス
ただのジン vs ただのユリウス
ただのキキ vs ただのユリウス
私は金糸雀の里と、猫の庭と、デミの工房の三か所で、「ただのユリウス」になれるようになった。