432 fluffy-fluffy sideユリウス
シュピールツォイクは今日もたくさんのお客で溢れている。フィーネがエルンストさんに「そろそろ新商品を出してもいいかい?」と言っているらしいし、きっとまたすごいおもちゃを考えたんだろうね。
エルンストさんは「あうう…ロミーに聞いておきます」なんて言ってたけど、私も楽しみだから早くOKを出してくれないかな。
私はいつも最初に三階のCutieBunnyへ行く。
イザベルさんに挨拶して、ブランを見て歓声をあげる女の子たちの相手をして、その隙に猫の庭へ連れて行きたいぬいぐるみをチラチラ見ては吟味する。いま、私の部屋となっているA-601には厳選された3体がいるんだ。
まずはニコルがくれた仔馬のスノウ、たれ耳うさぎのマーチ、白くまのポーラ。ブランも含めて全員白いのは、色にこだわってるわけじゃなくてね。
…単純に、かわいいでしょう、白馬も白うさぎも白くまも!!
だから次は白くなくても可愛い子がいないかなと思って店内を見回したんだけど。
私の目に留まったのは真っ白でふわふわなアザラシの子供…ッ
ああああ、私の部屋がタンポポの綿毛だらけみたいな景色になってしまう。
でも、誰がこのつぶらな黒い瞳に抗えると言うんだ!?
私は一つ深呼吸をして、小声でイザベルさんに問いかけた。
たぶん周囲には真剣な損得勘定の話でもしているように見える顔で。
「…あのアザラシの子供は、ふわふわですか…ッ」
「もちろぉん。ユリたんてば純白好きね?あの子はね…フラッフイィィよ…?」
「…連れて帰りますッ」
私はそれだけ伝えると、逃げるように階段の方向へ行く。会計だけ済ませておけば、イザベルさんが納品に来たフィーネへ頼んで猫の庭へ連れ帰ってくれる手筈なんだ。女性に荷運びを頼むなんて紳士の風上にもおけない行為だけれど、これだけは頭を下げてフィーネにお願いした。
ああ、仔アザラシの名前は何にしよう。あんな犯罪級の瞳を持ったふわふわな子はこれしかない。「フラッフィー」だ。
平然とした顔をして階段を降りて行こうとすると、よく道でブランに声をかけてくれる小さな女の子とすれ違った。
「あ、ブランだ!おにいちゃんこんばんはー」
「あれ、ローズじゃないか。こんばんは…こんな時間におもちゃ屋さん?一人じゃないよね?」
「うん、お父さんと一緒。今日は私のお誕生日だからポム買ってくれることになってね、お父さんのお仕事終わってから来たの!」
「ローズのお誕生日なの、それはおめでとう!じゃあいつもブランをかわいがってくれてるし…店長さんに言っておくから、何か好きな首輪をローズのポムにつけてあげて?私からのプレゼントだよ」
「ほんと!?ありがとう!お父さん、お父さーん!」
ローズのお父さんに恐縮されてしまったけれど、ブランに会うたび駆け寄ってきてくれたローズは私の友人みたいなものだからね。イザベルさんに追加で首輪の件を伝えてから、いざパズル屋さんへ。
階段を下りながら、もう既に脳内ではチェスの定跡データが駆け巡る。店長さんに挑む人は数知れず、床に順路用の矢印が描かれるほどだ。
大抵は数理パズルの問題を出しているけれど、彼はチェスにも造詣が深い。パズルに強いだけでゲームに強いわけじゃないさと謙遜していたけれど、きっとその辺の人では太刀打ちできないんじゃないかと思うんだよね。
一階へ降りてフッと目線をパズル屋さんへ向けると。
ユリ「あれ…ヨアキムこんばんは。納品に来てたの?」
ヨア「おや、ユリウスじゃないですか、こんばんは。納品と、この子に仕事を教えているところなんです」
私から目を離さず、油断のない顔でペコリと頭を下げた彼。
あー…例のデミの子か!知らないフリしなきゃいけないね。
ユリ「こんばんは。ユリウスと言います、よろしくね」
ギィ「…ギィ。よろ…しく」
ケヴィ「ようユリウス様。なんだ、あんたもヨアキムと知り合いか」
ユリ「ええ、幻獣駒を見て衝撃を受けましてね。フィーネに製作者を紹介してもらったわけです。店長さん、今日こそ一局お願いしますよ~」
ケヴィ「残念だな、俺は納品された幻獣駒を愛でるのに忙しい」
ユリ「ええぇ…つまらないなあ…」
ヨア「ふふ、ユリウスってば仕事帰りにケヴィンさんへ勝負を挑むなんて、武者修行しているみたいじゃないですかー」
ユリ「うー、だって店長さん強そうなのに相手してくれないんだ。幻獣駒のデモ用棋譜の動きなんて素晴らしい手の応酬なのに!」
悔しがっているとギィは私を無害だと判断したようで、興味を失くして周囲の警戒を始めた。落ち着かないのかな、こういう場所は。でもケースに入った水晶の駒がコトンコトンと動いているのを見て、ヨアキムの袖をクイクイと引っ張った。
ギィ「…これ、幻獣駒使ってないな。普通のチェスか」
ヨア「ええ、そうですよ。この前駒の動きは教えたでしょ?あの基本動作でゲームしているデータです」
ギィ「…なんでコレ、ここでビショップを取らねえの」
ヨア「さあ。このデータは名人戦の棋譜を再現しているので、私ごときではわかりませんね。ケヴィンさんに教えてもらいますか?」
ケヴィ「んあ?俺よりユリウス様に聞け。ヒマなんだろユリウス様」
ユリ「うわー、店長さんヒドいな。私と対局してくれないくせに…えっと、どこの局面?」
ギィ「…ここ。ビショップ、取れるじゃん」
ユリ「んーと…こう来て…ここでビショップを取りに行かずに?ポーンを動かした。あー、これは駒得を諦めて数手先でクイーンを封じ込めようとしたんじゃないのかな。ほら、ここでビショップを取ってもあっちのクイーンが自由自在でしょ。そうすると…ヘタするとこうなって、詰むからね」
ギィ「…へえ。おもしれ」
ヨア「おや、珍しいですねギィ。駒の動きを覚えるの、面倒くさそうだったのに」
ギィ「うるせーな。実際動いて勝負してんの見たの初めてだからだよ」
ユリ「あは、そうだよね。勝負しないと面白さはわからないよ。でも初めてゲームを見たのにすごいねえ?棋譜に沿って見るだけじゃなくて、他の手を思いつくんだから」
ギィ「…取れるやつは取っちまえって思っただけだ」
ヨア「ユリウス、いまから工房を見に来ませんか?大まかな体裁が整ったので、まあまあ過ごしやすいしチェスセットもあります。子供に少しゲームを教えてほしいんですけど」
ユリ「へえ、面白そう!お邪魔してもいいかな、ギィ」
ギィ「な…何で俺に聞くんだ。ヨアキムがいいならいいんだろ」
ユリ「あは、じゃあ決まり!お邪魔するよヨアキム」
店長さんへ「次は対局してくださいねー?」と声を掛けたけど、駒から目を離さずシッシと手を振られた。つれないなあ~、でもそんな冷たい態度がたまらない。なかなかそんな人はいないからね。
ヨアキムへは「私のまま行くとヤバいから、座標を教えてもらってもいい?ブランも置いてくるよ」と言っていったん別れる。路地でゲートを開いて自宅へ戻り、ブランを置いてからエルンストさんへ通信した。
エル『あらら…工房ってデミのど真ん中でしたっけ。まあヨアキムと一緒なら安心でしょうね。ゲートで行くにしても、念のため変装魔法をお忘れなく』
ユリ「うん、わかったよ。じゃあ行ってきます」
エル『…ああ、ユリウス様はほんとに成長しましたね…!行き先をきちんと言ってくれるようになりました』
…数か月前の私はまるでエルンストさんの中で幼稚舎の生徒みたいなイメージなのかな、心外だよ。
私は青年型の変装魔法を施して、ヨアキムに教わったデミの座標へゲートを開いた。でもその座標、いきなりメゾネットの中の部屋へ繋がったんだよねー。留守番していた二人の子供が「殺される!」とばかりに飛び上がり、結界を出したのを見て泣きたくなったよ…
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【おまけのシュピールツォイク】
「ねえ、ユリウス様いるわよ」
「きゃー、やっぱりブラン連れてるぅ。そしていつも通り三階に直行www」
「ブラン、触らせてもらおっか!」
「すみません、この子かわいいですね!ちょっと触らせてもらってもいいですか?」
「どうぞー。綺麗なお嬢さんに可愛がってもらえてよかったねブラン。ちょっと私は店長さんに御挨拶してくるね」
「わふん」
「…ブランちゃん、あなたのご主人様ってモフモフ大好きでしょ」
「わふん」
「必死に隠してるけど、絶対あれはぬいぐるみ選んでるよね」
「孤児院に寄付してるのもほんとらしいけど、自分用にも買ってるよね、アレ」
「ぷふ…ちょ、アザラシに目が釘付けになった…www」
「ホントだ…か、かわいい…本人が一番かわいい…」
「真剣な顔に戻った!あんなキリッとしてんのに、まだアザラシ見てる」
「ダメだ…全力で知らんぷりしてあげなきゃダメだよアレは!」
「そ、そうね…ぶふ…」
「お待たせブラン、行こうか。じゃあ、失礼しますねー」
「ありがとうございましたあ!ブランちゃん、またね!」
「わふん」
「…そしてモフモフにメロメロかーらーの?」
「きた!クールなゲーマーフェイス!」
「今日も絶好調だねユリウス様ってばwww」