431 iridescent sideユリウス
今日の仕事はすっかり片付けて、私はエルンストさんにきちんと「シュピールツォイクへ行きます」と行き先を告げて執務室を出た。以前なら中央の街を一人で歩くなど言語道断。エルンストさんを犠牲にしてついてきてもらうか、中枢議員が予約すれば同行してもらえる護衛の蘇芳一族に頼んで付いてきてもらっていた。
でも今は移動魔法が即座に使えるというのが非常に大きい。
通信も不可視のヘッドセットでできるわけだから、逆に蘇芳の護衛を連れていてはそのアドバンテージがなくなってしまう。
グラオの開発セクト様々だよ、本当に。
それにしてもアルノルトは、私をどこまで驚かせれば気が済むんだろう。
彼が私にもたらしたものは、数え上げればキリがない。
こころが死ぬ寸前だった私を破壊し、再生させた。
私に生きる喜びを感じる方法を教えてくれた。
生まれ変わった私の初めての友人になってくれた。
最強の特殊部隊と私のクランを結び付けた。
紫紺の長様の命を救い、四人の有能な中枢議員を救い、国外の敵を殲滅し。
エルンストさんが攫われれば、グラオ総出であっという間に救出してくれる。
そして現在は長様とジギスムント翁の友人になっている。
だけど、私がいま嬉しいと思っているのは何かというとね。
猫の庭という秘密の場所で、私には手の届かなかった部族のキーマンと密接に繋がれたことなんだよ。
金糸雀の長、広報部金糸雀支部、緑青の有能な彼ら。しかもフォルカーはほぼ確定事項として緑青自治のトップになるはずだ。そしてもちろん、ヴァイスのトップである大佐と中佐。聞いた話では、次期トップはアロイスだと言うし。
ああ…全色揃っているようなものだよ。
ちなみに広報部の部長に関してはキーマンだなんて思っていないよ?アルノルトに月白の墳墓の話を聞いた時に、スイゲツという人物がダンさんのことを記録者と呼んだと聞いたんだ。
アルノルトたちはあまりそこに注目しなかったようだけど、メモーリアとは伝説や物語にしか記録されていない言葉だ。大昔、山吹一族は膨大な映像記憶を有する一族として有名だったという。
映像記憶というのは個人の記憶を映像として保存、出力するモノなわけだから、一体何が膨大なのかと言うと。
彼らメモーリアの映像センスというのはずば抜けている。ダンさんがそうであるように、彼らが見ようとするものは水が一滴落ちた時の王冠状になった瞬間だったり、この大陸丸ごと全部だったり、自然の驚異がもたらした破壊と再生の景色だったり、空をゆっくりめぐる星々だったりする。
極大も極小も、彼らにかかれば溜息の出るような芸術品になってしまうんだ。
金糸雀が自分の肉体と技で芸術を生み出す一族ならば。
山吹はあらゆる事象や自然から芸術を見つけ出す一族。
本来の山吹は、こういう人々だった。
そして、もう一つのいろ。
実を言えば現在軍部長官であるクルト・蘇芳はツーク・ツワンクのメンバーなんだ。彼は私の黒く染まっていた心に初めて刃を届かせた人物。その時はすぐに彼がギフトへ下ってしまったもので、その後疎遠になっていたんだけども。
私が金糸雀の里で生まれ変わった後、蘇芳要塞都市への視察に彼が同行を申し出てくれたのには驚いたね。長官自らなど申し訳ないですよとやんわり断ろうとしたんだけれど、クルトは「私はあなたがどのようにこの国を支えるのか見極める必要がある」と、相変わらず少しお堅い…でもとても柔らかなまなざしで笑ってくれたんだ。
仕事ではあの移動魔法の石板を未だに使うしかないので、三時間ほど彼と話した。最初は当たり障りのない軍部や要塞都市の近況などだったんだけれどね。
「ユリウス様は、何をきっかけに変わられたのですか」と真剣な顔で聞いてきた彼に、私ははぐらかして「ふふ、何だと思いますか?私はそんなに変わったかなあ」と笑った。
クルトはムッとして「相変わらずおふざけが好きな方だ。でも私の直感が言っています。あなたは…議会を飲みこめる器になった」と言った。
軍部長官が、長様を差し置いてこういう発言をしたことに、私もエルンストさんも驚いてしまって。思わず「クルト長官、まさか退任なさるおつもりですか!?」と言っちゃったよ。
クルトは小さく吹き出し、「…失礼。違いますよ、私はあなたを若さだけで見くびるつもりはない。大器と感じたのですから、そう申し上げたまでだ」と微笑む。
この時、私とエルンストさんはクルトをクランに誘った。
彼は快諾し、今ではエルンストさんと一緒になって「ユリウス様はふざけ過ぎです」と私を叱る。でも生真面目で規律に厳しいクルトなのに、妙に甘い時もあるんだよね。私を信じているから、私になるべく自由に動いてほしいとも思ってくれている。
通信機がある。一応護身術も身についている。何か危険があればブランからアラートが来る。ならば、ユリウス様に何かあれば国軍を動かしてでも救出しますからねと、事も無げに言う。
移動魔法のことはさすがに教えていないけれど、変装の魔法が使用可能というのもクルトの中では「きちんと防犯意識のある人間だ」と思ってもらえたみたいでね。
そんなわけで、私は中枢議員としては珍しい「気軽に街歩きできるギフト持ち」になれた。
ブランに話しかけながら、たまに顔見知りの屋台のご主人や、ブランを見て寄ってくる子供と話したりしつつ、シュピールツォイクへの道をゆっくり歩く。
今の私は満たされていて、様々な「いろ」に囲まれる幸せを感じる。
紫紺の長様、ジギスムント翁にアグエにエルメンヒルト様。
あー、よく言い合いになるけどアンゼルマ様も。
瑠璃のエルンストさんや、彼の協力者たち。
露草のロミーと彼女の仲間。
緑青のトビアスたち。
金糸雀のインナさんや里の人々。
山吹のダンさんや金糸雀支部。
蘇芳のクルト。
そして白縹の彼ら。
贅沢この上ない色彩の心臓が、私の周囲で鼓動を打つから。
「楽しくて仕方ないよ、ブラン。今日はどんなチェス談義をしよっかなあ~」
素晴らしい頭脳を持つパズル屋の店主と、なんとか一局お願いしたいなと思いながら歩く。この前はヨアキムが作ったという素晴らしい水晶の幻獣駒が胸のすくようなゲームをするのに見入っていて、時間がなくなってしまった。
今日こそは!と思って向かう先で、私はもう一つの見落としていた「いろ」と話す機会を得た。