430 演技派トビアス sideアルノルト
俺とトビアスは、ヒロおじいちゃんたちを狙った犯人が捕まってご機嫌だった。ギドってやつも捕まったし、リドってやつの死体も奪還したし、その二人に暗殺の指示なんて出してたマフィアも壊滅!さっすがグラオだね~。
面白かったのはエルンストさんで、温泉へ行く前に元気がなかったのは「心配事ややるべき事が多すぎて、寝不足だった」のもあったらしい。で、温泉をゆったりノンビリ堪能したと思ったら手刀を受けて気絶した。そして気付いたら猫の庭だったわけで。
「皆さんにご迷惑をかけたようで申し訳ありません」と恐縮しきりだったけど、ここ最近なかったほど熟睡したおかげですっごく元気になったそうだ。その睡眠のうち半分くらいは死体と一緒だったっていうのは…一応、まだ誰もエルンストさんには伝えていないです。
アル「ん~、これでヒロおじいちゃんにもジグおじいちゃんにも安心してもらえるよね!」
ユリ『アルノルト、長様とジギスムント翁にそれ言っちゃだめだからね?君らはあくまで魔法の相談を受けていたということなんだから』
アル「あ…そっか、グラオのこと言えないよね。危ない危ない…」
トビ「…だがヒロじいちゃんにしてもジグじいちゃんにしても、そのうち気付きそうだよな。あの二人がそんなバカなわけねえよ」
ユリ『ん~…フィーネに相談してみてくれないかな、アルノルト。長様のことだ、もし何かを“見せろ”とでも本気で言われたら、無策じゃ君が抗えるとは思えないな』
アル「う…わかった」
通信を切ってトビアスと「確かに、俺たちに話していたらいつのまにか全部あの件が片付いたんだもんな…」と話しながら、少し不安になってきた。フィーネへ通信を入れてざっくり話すと、すぐにマギ研へ来てくれた。
フィ「母上、申し訳ないのですがアルとトビアスも一緒にヴァイスへお越しくださいませんか。中佐が少々魔法のことでご相談があるとのことで」
デボラ「おお、いいよ。テオ、ヴァイスへ行ってくる。留守を頼むよ」
テオ「わかりました」
フィーネはサラリと俺たちをつれて人気のない廊下でゲートを開き、ダイレクトに大佐の執務室へ入った。
アル「…フィーネ、エレオノーラさんに用事?」
フィ「はは、そうじゃないよ。アルの相談が予想の範囲内だったので、一番早く解決する人の所へ来たのさ。エレオノーラさん、連れて参りましたよ」
中佐「はいよ。デボラは何も聞いてないのかい?」
デボラ「何でここへ来たかはわかっていないね」
アル「あー…えっと、俺がヒロおじいちゃんに今回の事件のことどう言えばグラオについて怪しまれないかなって思って…」
デボラ「ああ、デミのマフィアを一つ潰した件か」
中佐「ふん、お前とトビアスは毎日のように官邸へ行ってお茶してるんだったね?相談内容は追跡方陣に関すること…逃げられた時の方向が北方砦に近くておかしいということ…ギドが捕縛されたことも護衛から聞いている、か」
トビ「使い捨ての移動魔法がデミにあるらしいと軍部から報告があがってきたが現物を見たことがあるか?って言われたぞ。見たことないって言っておいたけど」
中佐「ふん、それで正解だ。グラオが入手済みで解析まで済んでいる状態での放置だが…黒で入手に動いているものの、あいつらでは無理だ。ヨアキムに言って、メギド壊滅以来軍部っぽいやつがデミに入っているから警戒しろとルチアーノへ伝えさせた」
フィ「おや…黒が入手すれば魔法部へ解析依頼が自動的に来るのでは?」
中佐「…まだ早い。アルのオリジナル方陣作成能力が異様に高いのは多数が知るところとなった。もしあの移動魔法が手に入ってごらん。こんな風に改造できるのなら、もっと便利なものにしてくれと言い出す確率が高い。その依頼が入ってしまったら…遠からず完全な移動魔法を世に解き放つことになる」
フィ「…そして完全版の移動魔法は必然的にデミへ逆輸入される、というわけですね」
中佐「そういうこった。そうだね…アルとトビアスは長に対して先手を打ちな。アルがフィーネと結婚していることは、周囲が勝手に調べて長へ報告くらいしているだろう。だから『実は自分はフィーネと結婚している。フィーネへ相談したからヴァイスへ話が行ったかもしれない』とお言い。そうすりゃ私ンとこへ確認なり来るだろうよ」
アル「え…でもそしたらエレオノーラさんが大変なんじゃ…」
中佐「これくらいどってことあるもんかい。たまたまフィーネが数年前にレジエ山麓の反政府組織解体ミッションを担当したのは本当のこった。アルから話を聞いたフィーネが、私へ相談した。私は黒の捜査内容を把握している。反政府組織に心当たりはないかいとフィーネへ聞いた。そこから、糸口が見つかった…簡単だろ?」
トビ「決まるのはえぇなー。エレオノーラさん、コイツにあんまし演技とか期待しないほうがいいからさ、俺が言うわ」
中佐「…確かに。頼んだよトビアス。デボラもそういうことになるから、長からの通信には気を付けておくれ」
デボラ「ああ、もちろんさ。頼りにしてるよ、エレオノーラ」
俺はサラリと演技力にダメ出しされてヘコみながら魔法部へ戻った。ユリウスにも内容を伝えて、今日も俺とトビアスは官邸へおいしいお茶を飲みに行く。
二日か三日に一回は官邸へ行かないと、ヒロおじいちゃんから「アルノルトは忙しいのか?」とお母さん宛に通信が入るようになっちゃったんだよ…お母さんの健康のためにもね、せっせと通ってるってわけで。
おじいちゃんたちとしゃべるのは楽しいからいいんだけどさ、もうすっかり官邸の使用人さんや側近さんまで俺たちと顔馴染みみたいになっちゃった。
ヒロおじいちゃんを「閣下」呼びする側近さんに「ヒロおじいちゃん、閣下って呼ばれるの苦手みたいだよ?」とコッソリ言ってみたんだ。でも側近さんは「ええ、わかってるんですよ。でも昔からの慣習を崩すわけにもいかないのが辛いところでして。お心遣い、ありがとうございます」なんて苦笑されてしまった。
大変なんだなあ…側近ていうくらいなんだから、一番おじいちゃんたちに信頼されてもいるんだろうに。あえて厳しい態度を取られるようなことしなきゃいけない立場なんだね。
官邸に着くと、いつもの中庭におじいちゃんたちがいた。あっちこっちに通信を入れたり、側近さんに何かの手配をさせていたり忙しそう。今日はマズかったかな?
ヒロ「おう、座れ」
トビ「…忙しそうだけど、いいのかよ」
ジグ「かまわん。大規模な熱水鉱脈が発見されてな。保護区にするための設備やら人員を緑青の街へ派遣しているだけだ」
トビ「へえ、何が採れる鉱脈なんだ?緑青ってことはレジエか」
ジグ「ああ、レジエの水晶だ。だがとんでもない鉱脈でな。保護するだけだ、採掘はしない」
トビ「あー、そっか保護区って…ん?水晶の熱水鉱脈ってフィーネさんが言ってたやつか」
フィーネの名前と、知っているはずのない鉱脈を知っていたような口ぶりに、二人のおじいちゃんがピクリと反応した。
うっは…トビアスすげえ。ナチュラルにぶっこんだな…
ヒロ「…トビアスは知っているのか?」
トビ「んにゃ、聞きかじっただけ。あの逃がしちまった暗殺犯いたじゃん。あの話、アルの嫁さんにも軽く相談してあったんだよ。フィーネ・白…あ、今は緑青か。知らねえか?」
アル「俺の奥さんねえ、ヴァイスの事件捜査専門なんだ。北方砦に向かうなんておかしいと思ってさ、フィーネならどう考えるかなって思って相談しちゃったんだ」
ジグ「方陣研究家のフィーネ・緑青殿か。そうか、お前の嫁だったな」
ヒロ「あー…そういえばそうか。お前、成人してすぐ結婚か。早いな?」
アル「あう…フィーネかわいいから誰にも取られたくなくて…」
ヒロ「ぶっふ…そ、そうか。そりゃまあ、捕まえておくに越したことはないな…」
ジグ「それで、フィーネ殿が何と?」
トビ「ああ、要するにさ。たぶんフィーネさんがヴァイスに何か言ってくれたんだろうなって。何日かしたら『安心しろ』って言われたし、そしたら護衛さんから黒幕のマフィアを壊滅できたって聞いたからよ。そいつらフィーネさんが何年か前に捜査した集団の残党で、そん時は発見できなかった水晶の熱水鉱脈を隠してたんだって悔しがってたぜ」
ジグ「ああ、そういうことか。ヒロ、バルタザール大佐とエレオノーラ中佐が気を利かせて捜査に協力してくれていたのかもしれん。事情を聞いて礼を言わんといかんな」
ヒロ「そうだなあ、それにアルノルトの嫁にも礼を言わんと」
アル「ええ~、いいよいいよ。おじいちゃんたちが感謝してたって伝えとく」
ヒロ「なんだ、連れてくるのはイヤか?」
アル「…会議所と官邸でフィーネのかわいさにクラッとするやつ見っけたらムカつくから連れてこない…」
ヒロ「ぶっは!お前…だっはっは、嫉妬深いやつだな!そんなに可愛いか、かえって『見てみたい』ぞ!」
トビ「アルノルト、お前ってバカだよほんとに」
ジグ「男ならドンと構えんか。家内を安んじる大黒柱だろうに」
アル「…ユリウスから聞いたよ?ジグおじいちゃんてば奥さん四人もいて、でもイマイチ家庭をおさめるのがヘタっぴだって…」
ジグ「ユリウス議員…本気で儂を敵に回すか…!」
俺はちょっと口を尖らせながらジグおじいちゃんへ反撃した。結果、ジグおじいちゃんはまたしても無駄なユリウス矯正計画を決心して拳を握りしめた。
ごめーん、ユリウス…