429 熱水鉱脈 sideヘルゲ
俺とオスカーは洞窟入口に集合して透明化したまま相談していた。自動マッピングで地下三百mに確認できた巨大な空洞に「危険域」という表示が出たからだ。詳細を表示させてみると空洞の内部はほぼ水没しており、水面から露出している部分の湿度は90%、気温50度という、聞くだけで滝のように汗が流れそうな場所だった。
この侵入者どもは、五分もいれば意識を失いそうな場所へわざわざ何を隠しているんだか。何の予備知識もなしにゲートを開けていたら酷い目にあっていたところだ。
念のためにマッピングをさらに深くまで展開してみると、マグマ溜まりの跡があった。現在は冷却されているようだが、こんな近くにあったら大昔はとんでもない熱だっただろう。冷却されて気温50度なんだから、考えただけでゾッとする。
オスカー『ヘルゲ兄、どうする?ニコルに接続して守護を出そうか』
ヘルゲ「いや、透明化の解除はしない方がいいし、ガードで十分いける。先に洞窟内部を一度見に行ってから侵入者の捕縛にあたろう。ガードが湿度と気温調整もするから気楽に行け」
オスカー『了解』
オスカーは無駄口を叩かずに粛々とミッションを遂行する。まったく、こいつは本当に出来た弟だ。これがカイやカミル、コンラートだと、何かしら軽口を叩かれて俺がイラッとするのが普通だ。あまりのスムーズさに驚いた後で「これが普通だよな」と残念な気持ちになる。
マッピング画面でオスカーの座標も把握できている。
ガードの結界でそれぞれを包み、ゲートを地下空洞へ繋いだ。
瞬間、ブワッとガードの表面が曇ってから大量の結露がついた。どれだけ湿度が高いんだかな。渦巻くような熱気へ向かって、俺とオスカーはガードで浮きながら入っていった。
*****
そこは、巨大な熱水の湖だった。大規模な温泉などと言えば気持ち良さそうな雰囲気だが、健康にいいイメージは微塵もない。こうしてガードに包まれていれば呼吸も何も問題ないが、生身でいたら俺たちは茹で上がった肉塊になっていると思われる。だが、この洞窟で特筆すべきは熱水ではない。
これは、たぶん史上最大規模の水晶の柱だ。
俺が水属性の大規模魔法「グラムス」を最大出力で出したかのような景色。神殿の柱かそれ以上の太さの水晶柱が、数百本は無造作に湖で刺さりまくっていた。
…いや、刺さっているように見えるだけで数十万年かけて水中で生成された、水晶の柱だろう。水位が下がっているところは、その自重で崩壊している箇所もあった。
月白の墳墓がある水晶台地にもかなり大きな水晶があったが、一つの結晶の大きさがまったく違う。クアルソ台地の水晶は長くても2mほど。それが剣山のようにギチギチと至る所に詰まっていた。
だがここは一本の太さが3m以上。長さに至っては水没しているので正確にはわからないが、短めに見積もっても30mはある。それが、数百本。
オスカー『…ヘルゲ兄。あいつらの資金源って、ここの水晶なんじゃないの?』
ヘルゲ「だろうな。これだけあれば、そりゃ無尽蔵の資金源と言えるよな。だが命懸けの採掘作業だろう。よくやるもんだ」
オスカー『ほんとだよ。つかさあ、これ国が管理しないとヤバくねえかな。魔石の値崩れ起こすだろうし、何よりここまでスゲェ水晶柱なら十中八九は保護区に指定されるだろ?』
ヘルゲ「当然そうなるよな。学術的価値は計り知れないし、どれだけこの貴重な結晶を破壊したんだかな。ほんとにここがメギドの資金源なんだとしたら、あいつらリアに嬲り殺されるぞ」
オスカー『うわ…またリアの監視強化しなきゃ…』
オスカーはまたしてもリアがやらかしそうなネタが増えたという感じで声に張りがなくなった。気の毒にな、お前は茨の道をよく我慢して進んでると思うぞ。
しばらくその熱い湖の上をゆっくり飛んで観察していると、上層からの通路の出口にあたる穴が見えた。ほぼ全てが水晶の剣山でできたギザギザの地面がむき出しになっており、ここでちょっと転んでしまえば大ケガ確実だ。
あいつらはこの地面の水晶を採掘していたのか、と思ったが…天井を見て唖然とした。切株よろしく、直径5mはあろうかという水晶柱の切断された跡があったからだ。
ヘルゲ「オスカー、天井を見ろ」
オスカー『…うわ!こいつら最低じゃんか…あんな太さの柱、この洞窟でも最大規模だったんじゃないのか?折ってバラして売りましたってか…』
ヘルゲ「ここの水晶柱、透明度も抜群だ。さぞかし高級品として売れたんだろうな。ちょっとアルにも接続して見てみるか…」
簡易グローブでアルへ同時接続してみると、この湖はマナの光の渦だった。とんでもないマナ含有量だ。人間が手を出してはいけない領域なのは、もう間違いない。
オスカーも同様にマナの渦を見たようで、「マジ許せねえな…」とブツブツ言っていた。
*****
さて、捕縛対象者はと言えば…未だに下り道をジリジリと降りてきている最中だった。その道はいくつか狭くなっている所もあるが、立って歩ける程度の高さもあるし傾斜も緩い。その分距離があるのはわかるが、遅すぎやしないか?
そう思ってオスカーと打ち合わせてから、奴らの背後50mほどの場所へゲートを開けてみた。出てみると、足元は水晶だらけ。なるほどな、剣山の上を慎重に歩いていればこれだけ遅いのも頷ける。
ヘルゲ「こいつら、何日かけて採掘に来てるんだ…こんな湿度の中で数日なんて考えたくもない」
オスカー『ヘルゲ兄、あれ。高レベル結界出して休みながら進んでるよ。ご苦労なこったなー』
ヘルゲ「…ガードと守護に感謝したくなるな。こいつらは移動しながら環境を勝手に整える。結界は断続的に出さないと進めないからな」
( …ようやくか。ようやくそこに思い至ってくれたかよマスター。何年かかった? )
うるさいな、たまに下手に出るとこれだ…
二人に近寄ると、息切れしながらも声を出し合っていた。お互いの安全確認のためなんだろうが、苦しそうでつい気の毒になる。まあ、金に飽かして手にいれたような重装備だし、各種の高度方陣で酸素の供給や冷気を出すこともしているから降りて来られるんだろう。
A「おい、採掘場まで、あと、どれくらい、だ」
B「わからん、だが今日中には、着く」
A「くそ、今回は、S級を、1トンは欲しいって、言ってた、よな」
B「ああ、奥にある、柱を、一本、折れと、言ってた」
A「…俺の、風魔法じゃ、そろそろ、柱を切るのも、つらい距離、なんだがな」
B「ライムントに、言って、いい方陣を、用意して、もらおうぜ」
二人の話を聞いてみると、この洞窟へ潜って既に2日は経っているらしい。それに、こいつら1トンとか軽く言っているがどうやって運び上げるつもりなんだと疑問に思った。だが、話すネタが尽きないらしい二人はゼーハー言いながら勝手にしゃべる。
柱を折ったら、建築現場などで使われるほど大きな荷運び用の方陣で柱を浮かせる。そしてケイオスから定期的に買っているカスパーの移動魔法でゲートを開け、作業場へダイレクトに柱を運び入れると言う。
ヘルゲ「アロイス、藍にこいつらが持っている移動魔法が誰の所有なのか調べさせてくれ。あと『ライムント』がどこの誰だかわかるか」
藍『まだ蓄積情報が少なくてごめーん。たぶん今の所有者リストに載ってる名前って、そこにいる二人になってる!でもメギドの構成員だよー』
アロ『あー…メギドの幹部の名前にあるね、ライムント。ビンゴなんじゃないの?捕縛でいいよ』
オスカー『んじゃ、また柱を折られちゃたまんないし。やろっかヘルゲ兄』
ヘルゲ「おう。オスカー、こいつらを一人ずつガードの結界内に連れ込んで意識を刈るぞ。こんな足場と湿度の中で暴れるのはゴメンだからな」
オスカー『了解』
俺とオスカーで一人ずつ。ガードがバックリとそいつらを包み込んだ瞬間、俺は手刀で首を叩き、オスカーは鳩尾を殴った。そのまま隣に倒れさせて、同じ結界内にそいつがいるわけだが。
ヘルゲ「うぐ…オスカー、戻るぞ!」
オスカー『う、うえ…こいつの腹殴ったらビチョッて音がした…』
俺たちは汗まみれで気色悪い手触りの捕縛者をガードの結界外へ出したい一心で、連結させたデカいゲートをすごい速さで展開し、猫の庭の草原へ帰還した。
草原へ着いた瞬間にガードの結界を解除させ、思わず止めていた息を吐き出す。そして投げ捨てるように放り出した捕縛対象者は、汗のかき過ぎで水音を立てながら転がった。
ダッシュしてそいつらから離れた俺とオスカーは潮の香りがする爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込み、オスカーは「空気がうまい…」と呟いた。俺も同感だ、生きて新鮮な空気が吸えるというのは素晴らしい。
アロ「おつかれ~…うわ、すごいねこいつら。清浄の魔法かければよかったのに」
ヘルゲ「そんなヒマがあるか、呼吸が最優先だ…」
オスカー「アロ兄…とりあえずメギド全員捕縛の指示出してくれよ。ひでえことしてるんだ」
アロ「…うーわ、なにこの水晶柱!これ、切り売りしてたのか!?」
俺よりもよほどそういった学術的価値に敏感なアロイスは、オスカーの見せた映像記憶に怒り狂った。そして汗まみれの二人を乾かした後ですべての装備品や方陣の入った魔石を取り上げ、ギチギチと捕縛方陣をキツくしてから覚醒させた。
A「な…なんだここ…お前ら何者だ!?」
アロ「こっちの台詞だね。君らメギドの構成員だろ?あの水晶の採掘…国の許可あるのかなあ?」
B「…!? くっそ、現政権の手先か!軍部のイヌだな!?」
オスカー「うーわ、染まってるなーコイツら」
アロ「ねぇ、知ってる?君らの大好きなトラウゴットとヴァレンティーンとベンヤミン…宗旨替えしたってよ?戦争反対じゃなくなって、戦争も仕方ないねってスタンスになってるんだけど」
A「現政権のデマを信じるほどバカじゃないぜ?」
アロ「ふーん?」
アロイスはすっかり隠すこともしなくなったS属性を炸裂させ、数年前に捕縛・拘留された反政府組織のトップ三名をフォグ・ディスプレイに映写し始めた。
喜色満面で「ベンヤミン様!」とか「トラウゴット様!」などと叫んだ二人の構成員は、その映し出された内容を見て段々と顔色がなくなってきた。
この数年の間に紫紺の中枢議員による面談や国の現状に対する集中講義を受け、自分たちよりも強烈なカリスマを持つ者と「この国を自分たちはこういう思いで動かしている。戦争が良いことだなどとは思わないから、君たちの話も聞きたい。どうすればこの国はより良くなるだろう?」といったディスカッションをしていた三名。
言い方は悪いが「自分たちより強烈なカリスマ性を持つ者に洗脳された」と言うのが正しいかもしれん。もちろん面談した中枢議員にそんな思惑がある気配は少しも見受けられない。この国を良くしていこうという同志なのだから、君たちの理想を実現するにはどうしたらいいだろうか?と真摯に話を聞いただけだ。
そして三名の意見や思想が現状に見合ったものならば、中枢議員としての自分を賭けてでも長様に進言するよと真剣な面持ちで問いかける。
…これにオチないわけがない。
この三名は一か所に自分たちを集めてディスカッションさせてくれた議員を信用した。そして普段は個別の部屋から出られないだけで食事や読書は自由、苦役も特に課されないし、義務はディスカッションのみという高待遇でいられる環境に、完全に心を許してしまったのだ。
A「そんな…バカな…」
B「洗脳だ、洗脳されたに決まってる!」
アロ「バカなのは君たち。洗脳されてたのも君たち。言っておくけど、もうデミにメギドっていうマフィアはなくなるからね?既に軍が出動してるからさ」
オスカー「それとこの三名はまだ余罪があるから獄中から出るのに十年はかかる。でもお前らは高品質の水晶だっていうだけで保護区クラスの自然破壊して金儲けに走ってた、ただの悪質なマフィア扱いだからな?トラウゴットたちはまだあの高待遇だけど、お前ら絶対一生苦役付きの劣悪獄中生活だから」
アロ「…ま、長の暗殺計画があったのもバレてるしさあ。死罪の方がいいって顔してるけど、僕らは全力で君らを生かすから。最低最悪の環境でね。あの水晶柱の本当の価値を無視して切り売りした罰…存分に償うといいよ」
ニ ッ コ リ 。
う…見るんじゃなかった。
アロイスは近いうちにヴァイスの統括を任されるという重圧を跳ね除け、覚悟を決めたと思ったら「あの笑顔」の威力が数倍になった。
ビルギットに仕置きをした頃に比べれば月とスッポンだ。いや、何で月に対してスッポンが比較対象になるのか未だに俺にはわからん。というかスッポンなどどうでもいい、俺はアロイスのあの笑顔が世界で一番怖い。
あの洞窟の気温と今の体感温度との差が激しすぎて、俺は派手にくしゃみをした。
アロイスの「ねぇ、知ってる?」を脳内再生させると
もれなく豆しばの声が再生される罠。
豆アロの知りたくなかった豆知識を聞かされた二人は
食欲を失くしたようです。