43 考察と苦悩 sideアロイス
リビングで、ヘルゲが昔話をニコルに聞かせている。
僕も自室に戻り、あのふざけた絵の童話の内容を思い返した。
昨夜、ヘルゲはあの童話を一通り読んでからおかしい。
最初は明らかにあの表紙のインパクトで酒をあおっていたけど、途中からは相当落ち込んで、そのせいで酒に溺れたように見えた。
なんとなく、なんだけど。
あの童話が割と真実を突いているのなら。
ヘルゲは、マザーに干渉されていなければ『本物の紅玉』になれていたのに、と思ったのかな。
いや、紅玉って存在にそこまで執着はないか…ということは、自分が紅玉のなり損ないで、やはり歪んでいるんだとでも思って、落ち込んだか。
ばかだなあ、ヘルゲは…
白斑を持つ者の意義。
いったいどういう方法で、あの昔話みたいな盾として使うと言うのか。
ビットは心を壊す禁断の魔法を防ぐ盾。
ヘルゲが「おじいちゃん」から得た情報で、仮説とは言え、先に「盾」ではないかと言っていたこととの一致。
ヘルゲはニコルに簡易な説明しかしていないけれど、ヘルゲの仮説は「マザーからの干渉を防ぐのに白斑が盾の役目を果たしている公算が高い。あの白斑が、マザーにニコルが見つかっていない理由だと思う」ということだった。
そしてヘルゲが実験体として目を付けられた理由も、ほぼ推測がついた。
ヘルゲの誕生日は9月だ。品質検査は11月下旬で、生後約2か月で検査を受けたことになる。
対するニコルの誕生日は6月初旬。5月下旬の品質検査が終了した直後の生まれで、冬の品質検査を生後約6か月で受けた。
もし白斑が生後6か月ほどで定着するのだとすれば、ニコルが難を逃れたのは幸運で、ヘルゲは不運、ということなのだろう。
マザーがとった方法は禁断の魔法ではなかったけど、確かに心は壊しかけていたんだ。
ヘルゲは盾を手に入れる機会も得られずに、中途半端に壊されてしまった。
そういえば、ヘルゲが僕らにバイパスを繋げたときに言ってたことがある。
僕の心には水の壁があったのに、ヘルゲとニコルの心には境界となる壁がなかったって。
広大なだけではなく、壁さえもない。
白縹の常識で考えると、これは「恐ろしいこと」の部類に入る。
だって、深淵と心との境界がほとんどないってことなんだから。
よほど自分をしっかり保てる精神力がないと、きっと果てしなく薄く広がって、自分が溶けて無くなってしまうだろう。
でも、僕が見る限り二人の精神力は「ふつうに強い」と思う。
もちろん弱くはないし、すっごく強くもない。ふつう、なんだ。
ビットが、自我の拡散を防いでいる。
これはたぶん間違いない。
ビットでどうやって他者を守るのか。
…本人が模索するしか、ない。
ふう、とここまで考えて天井を見上げる。
たぶんニコルは、現状のマザーの品質基準には合格しないだろう。
もしニコルからビットを除去する方法がわかったとしても、それはニコルの心を壊すことと同義だ。
…昨夜、ニコルは何て言ったっけ。
確か「それ、こないだおじいちゃんが言ってた”母の轍”の話に繋がる?」と言ってた。
…あの時は「収束」に関することだとしか思ってなかったけど…
母の轍…ああ、そうか…マザーの品質基準ってなんなんだってコトだ。
僕たちはマザーの判断を疑いもしない。
それじゃダメなんだ。マザーを疑ってかからなければいけない。
『お前の真価はそこにはない。用意された母の轍に舵を取られるでない。お前の舵はお前が切れ。輝る水ならいつかわかる』
マザーの定めた白縹の品質基準は、もしかしたら品質を低レベルで安定させるためにあるのかも、しれないんだ。
…はっ、僕たちは自らを高めるために研鑽を積んでいるというのに、なんていう道化なんだろうね。
僕は教導師になってしまった。
今まで「導いてきた」と思っていた子供たちに、どう償えばいいっていうんだ?
いや…気付いたなら、これから変えるのが役目…で、いいのかな。
それしか、償う方法が見当たらないよ。