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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
虹の輪舞曲
428/443

427 創世の蛇 sideヨアキム

  






数日間、私はセルゲイさんに刺青の件で相談しに行ったり、ルチアーノに治癒師の手配ができるか相談しに行ったりと大忙しでした。治癒師はお抱えがいるそうで、もちろん痛覚遮断もできると言われて一安心です。


で、肝心の刺青のデザインをどうしようって話なんですよね。ギィは「強そうなら何でもいい」、ジンは「彫師に決めてもらえばいいんじゃないかな」などとあまり興味がない様子。キキは「こうぎょくの絵がいい」と言った瞬間にギィから大反対を受けてシュンとしてました。


で、猫の庭でももちろん相談したわけですよ。



アルマ「刺青のデザイン!きゃあ、何がいいかなァ!」


ユッテ「アルマがデザインするんじゃないっしょ、何にするか決めてセルゲイにやってもらうんじゃん?」


アル「金糸雀のデザイナーなら間違いないよね~、おまかせじゃダメなの?」


ヨア「セルゲイさんには魔法効果をどういう種類にするのかと、何を意匠化するのかは決めてくれって言われてるんですよ」


コン「俺にいい考えがあるぜヨアキム。ここは一発アルノルト画伯の絵をだな…」


全「アメーバが何の意匠になるんだ」



アルは体を斜めにしながら、世にも情けない顔をして「あれは猫…」と微かな声で呟きました。



ニコル「可愛い動物がいいなー!」


ヘルゲ「ニコルは人によって例える動物が違うだろう?統一した方がいいんじゃないか?」


カミル「アルノルト画伯が木彫り工房代表者の絵を描いたじゃねえか」


全「あれは腐った死体」



アルは傾斜角度をどんどん深くしながら「あれは天使のヨアキムさん…」と目尻にキラリと涙を滲ませます。



マリー「まあ、単純に考えたらチェス駒って感じよねえ」


フィ「確かに。幻獣駒専門ならば、幻獣でもいいのではないかい?」


カイ「それカッケーな。ミノタウロスだろ」


オスカー「ケンタウロス、かっこいいぜ?」ボソリ


コン「ケルベロスだっていいじゃねえかよ。三つ首の番犬なんだからあの三人ってことでよ」


アルマ「それは女の子に可哀相だよぉ。エキドナにして腕に蛇が巻き付いてるデザインとかあ」


ユッテ「ハーピーって、翼がデザインしやすそうじゃーん?」


アロ「はーいストップだよ幻獣ども!まあチェス駒ってのは僕も賛成かなー。どの駒にするかは、それこそヨアキムたちで決めれば?」


ヨア「それもそうですねー、じゃあ三人に幻獣駒を見せて選んでもらいましょうか」



私は皆にお礼を言って、アルの肩を軽く叩いて慰めてからデミへ向かいました。




私の作る復刻版の幻獣駒は、何種類もあります。現在もフェアリーチェスで使われている駒と、今はもう使われていない駒も含むので多いんです。使われていないけれど見目の良いデザインなら復刻版の中に入れていますのでね。


元々フェアリーチェスはゲーム好きというか、もうマニアの域にいるような人が「もっとゲームを複雑に面白く!」と言っていろいろな動きの駒を提唱したものなんです。なのでフェアリーチェスと言えばコレ、という駒のセットは決まり切っていないことが多いんですよ。


だからこそ「七百年前にこんな動きの駒が提唱されていたという歴史的資料の意味合いもある」とケヴィンさんはご執心なわけです。


駒の名前はその動きから付けられることもありますが、主流は神話の幻獣ですね。ユッテさんたちが言っていたハーピー等は現在でも使われています。唯一の例外は「モンスター」でしょうね。あれは盤上を広範囲に網羅する動きから、ほぼ最強と言っていい駒なので「怪物」なんです。


フェアリーチェスは国によって違いもあります。ゴーヴァルダナとブルーバックでは、駒の動きは同じなのに違う幻獣の名前が付いていたりしますから、なんともカオスな状態なんですよねー。まあ、作るもののネタが尽きないのはラクでいいのですけど。




そんな訳で、ギィたちにクルミ材の幻獣駒を全部お見せしました。私がこれらを作る仕事をしているんですよ、と言うと熱心に一つずつ見てくれます。



キキ「…ぜんぶかっこいい…」


ジン「ヨアキム、すごい腕だな」


ギィ「…こまけぇ~。なるほどな、これを欲しがるやつがいるのはわかる」


ヨア「ギィが私を褒めた…!今日は記念日です!」


ギィ「ほんとお前って、バカな」


キキ「…ヨアキム、泣かないで」


ヨア「う…泣いてません…私は涙腺を鍛えている所なので、泣きませんよ…」


ジン「でも俺、どれがいいのかわからない。どれもかっこいい」


ヨア「うーん、じゃあ軽くこの幻獣たちがどういう由来なのかお話しましょうか」



そう言って神話を語りながら駒を並べていくと、キキは全身を耳にしたかのように聞いていました。そして、三人が最終的に選んだのは「オピオン」でした。


オピオンとは、世界卵から生まれた創世の蛇。目の無いその蛇が混沌を動き回るたびに風を起こし、熱を生み、世界を作る。


駒としては、そんなに強いわけではありません。


でもオピオンを腕に巻き、弱くても自分たちが風を起こせるかもしれないと、熱を生み出せるかもしれないと、今そんな風に思っている。


少し口ごもりながらも、キキはそう言ってくれました。口下手なジンも、口の悪いギィも、「そうそう、そんな感じ」と我が意を得たりとキキに頷く。




私は、ここ数日奔走している間にも「これで本当に良かったんだろうか」と考え込むことがありました。デミの浮浪児は彼ら三人だけではありません。もちろん、浮浪児を全員救うなどと大それた野望があるわけでもないです。


アジトを提供なんていうのは傲慢な考えだと思っていたのに、ケイオスの守りが入ることで彼らには何よりも身の安全が保障されるラッキーが舞い込んだことになった。そう、私は…また自分勝手な傲慢さに、人を巻き込んでいやしないかと不安だったんです。彼らをベルカントのように振り回してはいないだろうかと。




でも彼らはそんな私の不安を吹き飛ばすかのように。


ただ生きられる道を提示されたから飛びついた訳じゃない。


自分たちを活かせる道が提示されたのだと、思ってくれていたんです。




私は涙腺鍛錬の成果など出せず、その日二度目の「泣かないで」を貰ってしまいました。






*****





セルゲイさんにオピオンの駒を見せ、アルマさんが言ったように蛇が巻き付いたデザインにしてくださいとお願いしました。彫る場所は冬でもすぐ見せられるように前腕の、肘のすぐ下あたりを一周させます。手の甲という案も出ましたが、逆に隠したい時に不便だということになったのです。


そしてデザインが出来上がったというので、午前中にギイたちと四人で見に行きました。そのデザインで納得してもらえるのであれば、今日のうちに彫ることができるのだそうです。



ギィ「うは…カッケェ」


ジン「うん、強そう」


キキ「蛇の曲がり方がきれい…」


セル「お、気に入ってもらえたか?」


全「うん」



そのデザインには、まず混沌と呼ぶに相応しい卵がありました。蓮の花や蔓が絡まった美しい模様の卵が青とピンクできれいなグラデーションを描いているのに、騙し絵のようにスカルが潜んでいます。


その世界卵から生まれた目の無い蛇がうねり、腕を一周してから手の先へ向けて大きな口を開け、その鋭い牙と二股に割れた舌を出していました。



このデザインの中には、二つも魔法効果を入れてくれたのだそうです。まず卵の部分には「危機察知」、そして蛇の頭部に「味方識別」。もし服で刺青が隠れていても、蛇の頭部に熱を感じる人物は同じ刺青をした仲間と分かるのだとか。


セルゲイさんもこの刺青がどういう使用目的なのか分かっているので、私がOKを出した子にしかこの仕掛けはしないと言ってくれましたので安心です。



セル「ま、治癒師まで手配するって言うからここまで複雑な彫りが子供にできるんだぜ?そうじゃなきゃトライバルはほぼ筋彫りだから、こんなぐるりを一気に彫るなんてキツすぎるんだ」


ヨア「うあー、そうなんですね。治癒師さんには充分なお礼をしなきゃ。絶対痛くしないでもらいましょう」


ギィ「痛くてもかまわねえって言ったのに…ヨアキム、お前は金の使い方を間違ってると思うぜ」


キキ「がまん…できるよ?治癒師なんてもったいないよ…」


ジン「…ん。もったいない」


ヨア「いいんですっ!私がイヤなんですっ!見てるだけで怖いんですっ!」


セル「ぶっは…お前、普通の客の彫りは平気な顔して見てるくせに」


ヨア「う…だって知らない人ですから」


セル「まあ、そういうことにしといてやるよ。よし、治癒師が来るのは午後一番だ。痛みが遮断されるっつーても体はちゃんとダメージを受けていて、エネルギーを使う。ケータリングのメシを奢ってやるからたらふく食えよ」


ギィ「いいのかよ!」


セル「おう、お前らは俺の恩人トコのガキだからな。特別サービスだ」


ヨア「またセルゲイさんはそんなこと言う~…たまたまルチアーノの機嫌が良かっただけでしょ、大げさです。それに魔法効果を二つも入れてくれてるし。絶対に相場の値段を言ってくださいよ?そうじゃなきゃ悪くてここに来れなくなっちゃうじゃないですか!」


「ンだよ、いいじゃねえか。この仕事終わったら、俺は十年振りに里帰りできるんだ。機嫌いいんだから魔法効果分くらいはマケさせろよ」



本当に機嫌良さそうに鼻歌まで歌うセルゲイさんは、ギィたちにたっぷりの食事をさせている間に準備を始めます。ちなみに私にも勧めてくれたんですが「すみません、朝ごはんをたくさん食べすぎてお腹がすいていません」と丁寧に辞退させてもらいました。


ギィは「そんなんだからガリガリなんだぜ、食える時に食わねえとダメじゃん」と私を叱ってからもりもり食べていました。ごめんなさい、食える時がないんですよ、私。





セルゲイさんは治癒師さんが来るとすごい技を見せてくれました。三人いっぺんに寝かせて、ほぼ同時進行で彫っていくんです。普通のお客さんだと痛みに気を付けつつゆっくりやるんですが、今回はそこを考えなくてもいいというのが大きいんだとか。


彫られている本人たちは滅多にない満腹感と、涼しい部屋と、ベルカントの歌う子守歌で完全に眠ってしまいました。治癒師さんは痛覚遮断を一回かけてしまえば特にすることもないので、数時間後に傷を治す時また呼んでくださいと言って帰っていきます。



セル「寝顔はまだあどけないんだけどな」


ヨア「ええ、ほんと。可愛らしいですよね」


セル「ヨアキムはこの前から『自分は大したことしてない』とか言うけどよ。こいつらにとっては大したことだぜ?もっと、自分の判断に自信持てよ」


ヨア「…そうですね、ありがとうセルゲイさん。そうだ、金糸雀の里へ帰ったらカペラに寄ってみてください。ヨアキムの友人だって言えば、きっとたくさんカナリアの方に歌を聞かせてもらえると思いますよ」


セル「…お前、どーゆー伝手で…」


ヨア「ベルを里帰りさせたくて連れて行ったら、長のインナさんとお友達になれたもので」


セル「あー…そりゃそうか。ベルならタラニスへの祝詞も歌えるもんな。っは~、お前マジで何者だって感じだな。どこでもトップとオトモダチかよ。もう俺、驚くのやめた」



呆れながらもセルゲイさんはかなり短時間で彫りを終え、少し時間を置いてから治癒師を呼んで三人の傷を治してもらいます。


腫れもなく、美しいオピオンが腕に宿る三人は、まだスヤスヤと眠っていました。







  

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