423 ケイオス① sideヨアキム
あの後、すっかり拗ねた私を皆が宥めてくれました。
いや、ここまで私を拗ねさせたのも皆ですけどね。
いいんですいいんです、どうせ拷問バッチ来いな私にはセルゲイさんみたいな拷問師…じゃなくて彫師はピッタリとか言って皆で笑ってたんでしょ。
口の軽いにゃんこたちも気が済むまでもみくちゃにしましたし、まあいいでしょう。正確には私本来の姿じゃなくて魔法師団長がセルゲイさんの恋人扱いなわけですしね。気にしませんよ…
落ち着いたところで例の使い捨て移動魔法の入手目途が立ちそうですと報告し、手に入ったら開発セクト総出で検証することになりました。
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二日後にまたデミへ行くと、さっそくセルゲイさんはケイオスのボスへ依頼してくれたとのことだったんですが。ちょっと困ったことになりました。
セル「なんかなあ、できるだけ早く、ボスがあんたに会いたいって言うんだよ」
ヨア「えー!嫌ですよ、怖いですよ、だってデミ最大のマフィアのボスでしょう」
セル「まあ取って食われやしねえよ。ボスは話は通じる人だし、基本的には穏やかだ。だがなー…すまん、俺の話の持って行き方が悪くてあんたに興味を持っちまったのかもしれん」
ヨア「どういうことです?」
セル「ああ、要するに普通は行きと帰り用に二セット買うやつがほとんどなんだ。だけど俺の口利きで、尚且つ一セットだろ?そうすると、もしやお前が逃げる気かって、俺が疑われちまったんだ」
ヨア「あぁ~、なるほど…そこまではさすがに読んでませんでした」
セル「そーじゃねえよって散々説明するしかなくてさ。あんたがあの魔法を研究したがってるってのを聞いて、囲い込む気になりかけてんのかも…俺と同じ目に遭わす気はねえし、移動魔法は諦めてくれりゃあ逃げられると思うぜ?」
ヨア「何言ってるんですかあ、そんなことしたらセルゲイさんの狂言だったってことになって制裁受けちゃうのはあなたでしょう」
セル「いや、そりゃ俺が悪いんだしよ…」
ヨア「いいんですってば、ね?私だってセルゲイさんをそんな目に遭わすのはイヤなんです。もとはと言えば私が口利きを軽くお願いしたのがいけないんですから」
セルゲイさんはしきりにスマンなあなんて恐縮しちゃってましたけど、こうなったら虎穴に入らずんばですよ!セルゲイさんへ「ちょっと緊張しちゃいそうなんで、お手洗いを貸してください」なんて言って少し離脱します。トイレに入って遮音方陣を隠蔽付きで展開し、アロイスさんへ通信です。
ヨア「こんなわけでして~。ちょっとケイオスのボスに会いに行ってきますね」
アロ『うっは…わかったよ。えっとね、理不尽な感じで囲われそうになったらカマしちゃえば?』
ヨア「え、いいんですか?」
アロ『うん、今みんなにも聞いてみたけどやっちまえって。もちろん大暴れしてぶっ壊せってことじゃないよ?幻獣ゴーストの威力、見せちゃって~』
ヨア「あは!そうですか。じゃあボスの態度次第でゴーストにレイスにリッチって感じでカマしちゃいましょっか」
アロ『ぷっは、三段活用だね。がんばって、紅たちにはマトモな仕事させるから安心してよ』
ヨア「はーい」
ん~、これは格段に気が楽になりましたよ。方陣を解除してトイレから出たらセルゲイさんがいて「…なんか長くなかったか?大丈夫かよ」と心配されてしまいました…
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ケイオスのアジト…と言っていいんでしょうか、闇市場の事務所は「ツブせるもんならツブしてみな」とばかりに隠されてもいない場所にあります。そこへ向かう間に、私は少しセルゲイさんへ懺悔することにしました。
ヨア「セルゲイさん、実はですね。私、この姿が本当じゃないんです」
セル「あ~…そりゃそうか、商売に差し障りあるなら変装くらいするよな」
ヨア「すみません、騙したままお付き合いしていて」
セル「つっても…どこ変えてるんだ?髪とか目とか?」
ヨア「えっと、全部です。私の特技だと思ってくださればいいと思うんですが、その、姿を変える魔法が使えるもので」
セル「まじかよー…おい、それボスには言うなよ?」
ヨア「もちろんですよ。なのでセルゲイさんは知らないふりしてくださいね。私はただの客で、恋人設定もなしでお願いします。そっけなくしてください」
セル「あ、そうか…クソ、一度アトリエに戻ろう。刺青の絵を描いてやるから」
ヨア「ふふ、それには及びませんよ」
私は即座にセルゲイさんのスケッチブックから拝借した「腕力強化」の刺青を肌に再現させました。もちろん、まだ彫っている途中の状態です。セルゲイさんは「…便利なもんだな」と呆気にとられながら、私を事務所へ案内してくれました。
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そこは「アジト」でも「事務所」でもないイメージの、瀟洒な二階建ての大邸宅でした。うん、生クリームを塗ったくったみたいな壁で、まるでケーキですね。どこかのリゾート地のように棕櫚があって、庭の芝生もキレイなもんです。
セル「ボスに客人連れてきた。取り次いでくれ」
護衛「…セルゲイだな。身体検査する」
セルゲイさんも私も服をパンパンと叩かれ、手で確認されました。これで判明するのって暗器の有無ですかねえ。魔石の類はセルゲイさんのアトリエに置いてきましたけど、私ってばリンケージグローブと不可視のヘッドセットしてますし。ヤバい魔法使いを堂々と入れてる自覚ないんですね、グラオの技術は素晴らしいです。
そうは言っても気を抜くわけにも参りません。フィーネさんに接続してマナをきちんと読みながら進みますよ。
この美しい邸宅の要所要所にゴツい男がいて「何かしたらブッコロス」って全員のマナが言ってます。大丈夫ですよー、もう私は死んでますので、そんな手間はかけさせません。
だだっ広いリビングのような、空間を贅沢に使った白い部屋には赤い皮張りの大きなソファセットがあります。セルゲイさんに「ボス、ヨアキムを連れて来た」と呼びかけられた男は、初老だけども鷹のように鋭い目をしたスラリとした人物でした。
マナからは極寒の氷のような静かな景色と、音楽ではなく氷山が割れるような轟音が遠くで響いています。ふーむ、この人がパニックに陥るというのはまずないのでしょうね。これは事と次第によっては私の全力でこの人物を下さなければいけません。
ボス「よく来た。座れよ」
セル「俺もかい」
ボス「お前の紹介だろ?」
セル「ただの客だってのに…」
ボス「なんだ、お前のオンナだって聞いたが」
セル「いい加減にしてくれよ、そりゃ阿呆な娼婦の戯れ言だ」
ボス「そうか。で、お前がヨアキムか」
ヨア「ええ。何の御用で私は呼ばれたんですか」
ボス「そう警戒すんな。あの移動魔法を研究したいんだろ?」
ヨア「そうですね。まあ研究って言っても大したことはできませんけど」
ボス「ふん、お前どこのモンだ?」
ヨア「緑青出身の木彫り職人です」
ボス「…正直に言っといた方が身のためだぞ。わかってるだろ?」
ボスは私のことを調べようとしたけれど何もわからなかったようで、静かにイラついていますね。そう簡単に分かってもらえるわけないじゃないですかー。私の来歴を語り上げたら七百年分あるんですよ?それにチェス駒を木彫りしてるんですから、嘘じゃないですよ。
ヨア「はぁ…セルゲイさん話が違います。なんで金出せば買えるって話がこんなことになってるんですか」
セル「知るかよ、ボスの言う事聞いとけばいいじゃねえか」
ヨア「だって木彫り職人だって正直に言ってるのに信じてもらえないじゃないですか」
ボス「あーあー、わかったって。ンなのはスミ入れの時に言い合いしろ。おい、カスパー呼べ。セルゲイ、お前は帰っていいぞ」
そう言うとセルゲイさんはチラリと私を見てから帰っていきました。代わりに室内へ入ってきたのは、分厚い眼鏡をかけた白衣の男。私の本来の姿といい勝負のガリガリっぷりですねえ。
ボス「おい、こいつ緑青出身なんだってよ」
カス「…へえ。俺、西部学舎のエイス出身なんだ。あんたは?」
カスパー氏は探るように私を見てきます。なるほどね、緑青じゃなきゃわからない話題で化けの皮を剥いでやるってトコですか。
ヨア「おや、エイス出身なのにマギ言語研究室へは入らなかったんですか。私は東部学舎のペンテ出身なんですよ。といってもエイスと兼任でしたけど」
エイス兼任と聞いて、カスパー氏の顔色が変わりましたねえ。もしやプライドが傷付きました?すみませんね、あなたが稚拙なマネするからですよ。
ボスは少しニヤニヤしながら私たちの自己紹介を聞いています。まったく、何が温和ですかセルゲイさん…この人いま、私をゲットするってマナの氷山をガゴンガゴン当ててきてるんですけど。
ボス「なあ、なんでお前もマギ言語研究室とやらに入らなかったんだ」
ヨア「私は他にやりたいことがあったのでケりました」
ボス「…木彫りか?んなわけないだろ、魔法の研究だってしてるじゃないか」
ヨア「趣味の範囲内ですってば。もー、何をどう言えばいいって言うんですか」
カス「…ボス。こいつがエイス兼任なんて嘘に決まってる。それほどの逸材なら中枢が黙って木彫り職人なんかにさせるか」
ヨア「はぁ…なるほどね。カスパーは逸材じゃないからここにいる。だから私も逸材のわけはないと?」
カスパーという劣等感で雁字搦めのマナを垂れ流した哀れな男は、マナを練りながら立ち上がりました。お粗末な収束ですね、何がしたいんでしょう。これ、当然ボスが止めますよね?それとも私と力比べさせて、漁夫の利を狙う感じですか?
…あ、漁夫の利だってマナが言ってます。そうですか、ハイハイ。
カスなカスパーを哀れに思いながら、アロイスさんに接続してマイナスベクトルでマナを掻き消します。何度やっても同じ事です、頬杖付いてよそ見しながらやっちゃいますよ?
ちょっとヒステリーを起こしかけたカスパーは、ボスの手の一振りで護衛に連れられて退室しました。ほんと、マフィアってめんどくさいです。
ヨア「さて、この落とし前は?」
ボス「あいつの命でもくれてやろう」
ヨア「あんなのいりません。代金も普通に払いますんで移動魔法一セット売ってくれれば十分です。あと、今後私に関らないでくださいね」
ボス「そう言うな、お前が気に入ったんだよ」
ヨア「大迷惑です、あなたみたいなおっさんに気に入られて何が嬉しいんですか」
護衛が「てめえ」なんて言って数人近寄って来ましたが、カイさんに接続して闘気をブチまけると後退りしました。おや、なかなか優秀なんじゃないですか?
ヨア「…これ以上は、容赦しない。引き下がるか?戦るか?」
闘気を爆散させたまま。気だるげに頬杖をついたまま。何気なーくボスに聞くと、彼は犬歯を見せながらニィッと笑いました。