422 夜の友人たち sideヨアキム
魂が自由になってから、私はなかなか忙しい毎日です。日中はほとんど猫の庭で子供たちと遊んだり、開発セクトの面々と楽しいことをしたり、ミッションのお手伝いをしたりします。
で、日が暮れると夜型のお友達のところへ行くわけです。こういう時に眠る必要も食べる必要もないっていうのは時間がたっぷり使えていいんですよねー。
ギィたちを訓練したり、セルゲイさんの所へ遊びに行ってお客さんの悲鳴をBGMに世間話をしたりね。もちろん、シュピールツォイクにも行っていますよ。閉店が夜八時という、中央の店にしては遅くまで開いている店なので、ギィたちのところへ行く前に寄るんです。
幻獣駒の注文はひっきりなしで、入荷した途端に売れるとケヴィンさんも喜んでくれるので私も嬉しいですよ。ディスプレイ用の水晶製幻獣駒は今日も元気にコトン、コトンとゲームをしていて、チェス好きの方に棋譜のことを尋ねられる機会が増えたのだとか。
ケヴィ「今月の売り上げは飛びぬけてる。ヨアキムの復刻版駒が売れて仕方ない」
ヨア「それはよかったですよー。嬉しいなあ」
ケヴィ「そういえばな、最近子供の中で幻獣駒のケースを食い入るように見てるのがいるんだ。声を掛けたら、セットを買う金はないから今小遣いをためてるって言われてな。確かに子供にゃ手が出ない値段だ。おもちゃ屋なのに悪いことしたって気になった」
ヨア「あー…確かに。じゃあケヴィンさん、駒のバラ売りしましょうか。子供に手が出る値段にして、少しずつ揃えていく楽しみもいいんじゃないですか?」
ケヴィ「…それ、いいな。コレクションてのは熱くなる」
ヨア「通常のチェスマンじゃなくて、幻獣駒だけでいいですか?」
ケヴィ「ああ、大抵の子供は家に普通のチェスセットがあるから興味が湧くらしいな。それに幻獣駒は扱っている店も少ないから、見たことがなかったんじゃないのか。見ている子供は皆幻獣駒がカッコイイと夢中だった」
ヨア「ふふ、いいですねー!全部揃えた時の達成感も味わってもらえそうです」
ケヴィ「じゃあ、今あるクルミ材のをワンセットバラけさせるか?」
ヨア「ん~、でもクルミ材のセットを駒数で割ると…まだちょっと子供にキツいお値段じゃないですかね。もう少し柔らかめの木材で作っていいなら、バラ売り用にお値段を抑えますよ?」
ケヴィ「そうしてくれるとありがたい。まあ、急ぐわけじゃないから一定数の在庫ができたら納品してくれるか」
ヨア「はい、わかりました」
ふふふー、移動魔法のバラ売りからアイデア貰っちゃいました。
あ、そうだ。
幻獣駒をギィたちに作ってもらえるようになったら…魔法制御の訓練にもなるし、将来的に彼らの仕事にならないかな…そんなヒマもなければ作業場の安全確保もできないってことで、一蹴されちゃいますかね。
あー、ジンが穴に入れなくなったらどうやって生きていけるようにすればいいんでしょう。いっそのこと、デミに物件でも押さえて結界でガッチリ固めた避難所を作りたくなっちゃいますよ。まあ、そんなことしてもマフィアに目をつけられる派手な目印になるだけなので無理ですけど。
はぁ…
もうあんな思いはごめんです。ジンを、ギィを、キキを失うだなんて。
【朱雀】とヘルゲさんを魂喰から守れなかった時とは比較にならない痛みでした。そうだ、私ったら心を預けた人の死を直接見たことがないような気がします。ヴェールマランの家族のうち、誰よりも早く私が死んだし。【朱雀】とヘルゲさんは、あの時初めて出会った人だったし。
…私、これからずーっと生きて、猫の庭の皆が老いて死んでしまうのを全て見送ることになるんですね。怖いなあ、すごく怖いなあ。でも、それはきっと「次の彼ら」に出会うための一時的なお別れだと思うことができる気がします。だって私はガードと再会していますから。白縹の彼らだから、そう信じることができる。それがたとえ千年後のことなのだとしても。
でも、ギィたちは?
失ったらもう会えないかもしれない。生まれ変わったとしても、きっと私のことなど忘れてしまうでしょう。だったら、彼らの今生と、私は繋がりたい。今の彼らを大事に、大事にしたい。
彼らを、何としても生かす。
でも焦ってはいけませんよ。彼らにとって最善で、彼らも納得できる生き方を。アジトを提供だなんて奢った考えは捨てなければいけません。そんな風に体を守られたとしても、心を守ったことにはなりませんから。
*****
ギィたちは乾いたスポンジが水を吸い込むように文字を覚え、計算を覚えました。キキなどは「こうぎょくのだいぼうけん」を暗唱できるほど読み込んでしまいましてね。アルのおすすめ童話を金糸雀の里で買ってきてあげたので、いまはそれに夢中なんです。
ジンは誰彼かまわず庇い倒すのを控えて、大人の気分次第で殴ったり蹴ったりされそうな子供を庇うだけにしていました。ちなみにギドを狙ったフェイ君は今の所は無事なのだそうです。さすがに泥酔していても殺し屋に手を出したらああなるとわかったようで、少し慎重さを学んだみたいですよ。
ギィは丁寧な錬成が身に付いたようで、これで魔法制御が上がればレベル5くらいの結界が素早く出せるのでは、というほどの成長っぷりです。三人ともまだ実際に結界を出していないので、自分たちがどれほど上達しているのかわかってないですけどね。
ヨア「三人とも、ずいぶん上達しましたね!これなら結界を自分で出せるかもしれませんよ。試してみましょうか」
キキ「…もう私でも出せる?」
ヨア「三人とも出せる筈ですよ。結界の方陣は覚えましたよね?自分の頭の中で、方陣を思い浮かべてください。どこに何が書いてあるか、しっかりイメージして。…はい、展開!」
ふぉん!
ヨア「やった!すごいです、三人とも出せたじゃないですか!うんうん、やっぱり発動スピードはギィが一番ですね。咄嗟の防御はギィが強いでしょう。でもジンは錬成量が多いだけあって分厚い結界が出せますね。これはレベル4に近いなあ、素晴らしい。キキは薄い結界なのに、強度が抜群じゃないですか。やっぱり繊細な扱いをするから、マナの密度が高いんだ…これもレベル4に近い。三人ともすごい!偉いです!今日は報酬のレーションを倍にします!」
私が嬉しくなって手放しで三人を褒めると、キキは照れて真っ赤になり、ジンは自分で出した結界を触りながら達成感でいっぱいの笑顔。ギィはと言えば耳だけを赤くして顔は平然としているという器用さで「これくらいどってことねえよ」と言いました。
むう…嬉しいくせに~。ギィってばツンなんですね?アルマさんに教わりましたよ、それはツン属性と言うらしいです。私はいつか君をデレさせてみせます。
*****
ギィたちにご褒美のコンバット・レーションを渡し、私はセルゲイさんのアトリエへ遊びに行きます。
その道すがら、大抵娼婦に声をかけられていたんですがね。それまでは「そんなヒマはないから」と言って、それでも纏わりついてくる人を振り切ってはアトリエへ逃げ込んでいたわけです。
最近コンラートさんに「そういう時は馴染みがいるからイラネって言えばいいんだ」と教わりましてね。なるほど!と思って今日はその手を使ったんです。
「馴染みがいるから、悪いね」
そう言った瞬間、いつもその場所で私に声を掛けてくる娼婦は呆れた顔をしました。
「アンタ、スミ入れに行ってるんでしょ?じゃあセルゲイのオンナなんだ。そりゃ娼婦はいらないワケよねぇ~。今まで悪かったわあ」
…
…
私、トンデモない誤解を受けてませんか…ッ!?
いくら私が「ちが、違うから!」と言っても娼婦はワケ知り顔で「いいっていいって、それくらい隠すほどのこっちゃないわ」とカラカラ笑って取り合ってくれませんでした。
ドヨドヨした空気を纏ってアトリエに現れた私を見て、セルゲイさんは「どうしたよ?」と心配そうな顔です。
「…セルゲイさんにも悪いことをしてしまいました…」
「なんだあ?」
「娼婦の方に、私がセルゲイさんの恋人なのだと誤解されてしまいました…」
セルゲイさんはブゥゥゥー!と顔を横に向けて吹き出し、豪快に笑いました。
「おま…おま、不器用にも程があらぁな、一回くらい誰か買ってやりゃ良かったのに」
「えー、いりません…」
「はー、ひー、おもしれー!」
「面白がってる場合じゃないですよ、セルゲイさんも同じ誤解されたんですよ?」
「いやいや…俺は女を相手にするって知られてるから。今さらそれがバイ扱いになっても別に痛くも痒くもねえよ…はー、笑ったああ!今から腰でも抱いて酒場に繰り出せば確定だぜ?」
「セルゲイさぁ~ん…勘弁してくださあい…」
「ぶふふ…笑っちまって悪かったって。でもそういうことにしといたらラクじゃねえか。スミ入れに来た客のフリじゃ、期限付きだろ?俺はずっとあんたとダチでいたいし、ベルの歌を聞きてぇよ」
「うー…それもそうですかね…わかりました。はああぁぁ…」
「そう落ち込むなよ~。詫びに何か刺青彫ってやろうか?」
「…それは今の所遠慮しときますよお。それよりセルゲイさん、私は魔法研究が趣味でしてねえ。緑青の血が騒ぐので、あの使い捨て移動魔法が欲しいんです。伝手ありません?」
「んあ?そりゃワンセットでよけりゃ口利きくらいはしてやるよ。だが高ぇぞ?」
「んふふ~、最近商売が順調なのでそれくらいはなんとか出せます」
「ふうん?わかったよ、ワンセット融通してくれってボスに言っとくわ」
私はこうして、使い捨て移動魔法の魔石をゲットする糸口を掴めたのでした。
ですが引き換えに何か大事な物を失った気がしています。
猫の庭の皆さんには知られたくないですねえ~。
ちょっとドヨンとしたまま猫の庭へ戻ると、珍しく全員まだ一階にいました。深夜ではありませんが、これくらいの時間は皆さん部屋にいるのに。何か緊急ミッションでもありましたかね…
ヨア「ただいま戻りました。何かありましたか」
ユッテ「あったあった。重大事件があってさ」
カイ「一大事もイイとこだぜ」
カミル「まさかウチの大天使がよお…」
全「 男 色 だ っ た と は 」
私は紅と藍と翡翠をしっちゃかめっちゃかに翼で羽根つきし、残りの翼で体育座りをした自分を隠して繭になりました。