421 黒幕情報とジャングル危機 sideヘルゲ
コンラートがデミへ定期的に潜入して獲ってきた情報は、中佐へ持って行って判断してもらっている。中堅マフィア「メギド」がなぜ長暗殺なんていう大それた仕事を必死にやらせているのかの内偵は黒へ持って行き、長の護衛と情報共有させることにした。
俺たちが懸命にその事情を把握する必要は今の所ないし、必要なら中枢から依頼が入るだろう。
使い捨て移動魔法を供給している「ケイオス」についてはできれば現物を手に入れて研究し、危険度を把握してから放置か取り締まり対象かを決めなければならない。使い捨てとは言え、短時間でマーカーへ向かって移動できるというのは脅威になりかねないからな。
正直言えば魔法の完成度としては低品質もいいところだ。だが移動魔法を「回数で小売りできる」というニッチな商売が成り立っているんだからデミは侮れない。
そんな中、アルは度々トビアスと一緒に官邸へ遊びに行っているようだ。母さんも諦めていて、トビアスが気付いたマザーの「自動点検システム」のおかげで今は余裕があるから行って来いと送り出しているらしい。
長やジギスムント翁としゃべっていると黒の内偵がどこまで進んでいるのかが話題に上るらしく、アルもトビアスも「そんな極秘情報いいのー?」と爺さん二人に聞く始末だ。
長の護衛もたまに同席し、「メギドの内偵でこうなっているが、追跡方陣の光点と合致しないケースがあって」などと二人に相談するらしい。すっかり長とジギスムント翁の魔法相談役みたいな位置に落ち着いたな、あの二人は。
ある日俺たちが一階でいつものように「秘密休暇」でダラけていると、アルが魔法部から直に来た。こんな時間に珍しいな。
アル「ねえ、みんなに相談あるんだけどお」
アロ「どしたの、アルノルト」
アル「今日もヒロおじいちゃんたちのトコ行ったんだけどさ、メギドの内偵してる人から変な話があって。グラオでやったミッションで何かヒントないかと思って来たんだー」
アロ「変な話って?」
アル「なんかさあ、メギドってここ数年でできた新しい組織みたいなんだけどね?そこのボスや幹部は何か信仰してるっていうか狂信的っていうか、妙な言動が多いんだって。デミのマフィアのくせに『戦争なんてするから悪いんだ』とか『戦争を起こす現政権は悪だ』とかさ。んで、何でか知らないけどそいつら資金が割と潤沢にあるっぽいのに、どういう商売して儲けてるのかもよくわからない。んで『三人を解放して差し上げて、新しい長になってもらえばいい』とか言うけど、その三人てのが分からないっぽいよ」
アロ「ん~?戦争反対派?それが、デミのマフィア?確かになんじゃそりゃって感じだねえ」
コン「んあー、オカしいっちゃオカしいけどよお…けっこういるぜ?一般市民でございって顔して声高に正論ブチあげていい気になっちまうチンピラってのは。北方砦の周囲の荒野だってよ、『戦いに明け暮れているから悪いんだ、自然破壊ばかりしやがって』とか陳情に来たやつがいたらしいが、そいつは一般市民の皮を被ったデミの不動産業だったぜ?陳情の前に北方の軍用地周辺を買ってあってよ、戦争終結したらそこらの地価があがると目論んでた銭ゲバだ」
アル「うひょー…そんなのいるんだ?言うことが耳触りいい感じなのがタチ悪いね~、目的はただの金儲けで本気で戦争が悪いなんて思想はないんじゃん。そいつ、結局儲けたの?」
コン「んにゃ、そんな浅知恵すぐにバレたさ。中枢もイラついたらしくてな、そいつに『買った土地を緑豊かな場所にしてみせろ、そうすれば戦争をやめてやる』ってブチかましたらしいぜ。あの周辺は水源に乏しいから荒野になってんだ、緑豊かになんてできるワケもねーわな。結局そいつ、正論かましたからおキレイなスローガンにノセられてる取り巻きがいるだろ?そいつらにせっつかれてせっせと荒野に通って破産したってよ」
アル「バッカでぇ~、あはは!」
ユッテ「でもさー、戦争反対派なんてポツポツいたよねー。どれだかわかんないじゃん?」
フィ「…いやいやユッテ…わかるかもしれないよ?キーワードがあったじゃないか。『三人』と『新しい長』だ」
ユッテ「んん?えっとー…あ、新しい長にするなら、そいつらの信仰対象って紫紺のカリスマ持ちなんだ?」
フィ「そうさ。君らが入隊してすぐの頃に苦労したミッション…覚えてないかい?あいつらは『戦争反対派』で『反政府組織』だっただろう。ぼくはマナをさんざん読んだのでねえ…あいつらが組織のトップ三名を崇拝していた気持ちも感じている。そしてその思想が稚拙でしょーもなかったこともね」
カイ「あー、思い出したぜ。レジエ山麓の迷路洞窟か!あの頃は自動マッピングがなくて苦労したんだよなー」
フィ「それに、資金が潤沢と言っていたね…あの洞窟にぼくらや蘇芳が見つけられないでいた隠し通路や倉庫があったのかもしれない。アロイス、あの時のミッションデータを黒へ回しておくれよ。間違いかもしれないが、調べてみる価値はあると思うが」
アロ「それもそうか…でもフィーネたちも蘇芳数百人の部隊も見逃してるんじゃなあ…こっちで自動マッピングした方が早いかな。ちょっとエレオノーラさんに相談してみる。もしかしたらグラオのミッションになるかもしれないから、そしたら皆よろしくね」
全「うーい」
アル「うはー、やっぱ皆に相談すると早いや!フィーネもさすがだね、ありがとー!」
アルは上機嫌で俺たちにも礼を言い、にこにこしながら魔法部へ戻って行った。
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ヨアキムとアルは時折、金糸雀の里へ行ってはインナの祈りを丘で聞いているらしい。月に一度タラニスへの祈りを捧げる日があり、カペラに許可を得て丘でベルカントを歌わせているんだそうだ。
その帰りに、アルは頻繁に黄色いデイジーの鉢植を買ってくる。今は夏だから花は咲かないが、草原に植えたりして「増えないかなー」などと楽しそうに水やりをしていることもあった。
このデイジーの品種は九月ごろに植え付けたり、越冬させるために株を大きく育てるのがいいだのと聞く。中には温室栽培で開花時期を調整している鉢もあるそうだが、普通栽培の鉢は開花時期が五月から六月だ。
ニコルの妊娠がわかった時には丁度花が咲いていて、アルが鉢を一つプレゼントしてくれたからうちにもある。で、その鉢を見て俺とニコルは首を傾げているところだ。
「…なあ、今は夏真っ盛りだよな」
「そうだねぇ~」
「何でこのデイジー、まだ満開なんだ」
「どうしてだろうねぇ~」
「しかも鉢から溢れそうな株になってるぞ…もっと大きな鉢に植え替えた方がいいんじゃないか」
「そうだねぇ~…ほんと不思議…なんでだろ?」
アルが育てているデイジーの株を見るが、うちにある株の三分の一くらいだ。だが図書館を見てもアルの育て方は間違っていないし、株の大きさもそれで標準という感じだ。
…うちの株だけがおかしいって、何だ?突然変異なのかわからんが、サービス精神旺盛なデイジーだなとニコルと二人で毎日不思議がっている。
そこでアルにうちのデイジーのことを相談してみた。アルは専門家なわけではないが、毎日草原で世話しているんだから異常だったらわかってくれるんじゃないかと思ったからだ。
フィーネと一緒に俺たちの部屋へ来て、鉢から零れ落ちそうなほど大きくモッサリした満開のデイジーを見て、アルはアゴを落とした。
アル「ナニコレ…」
ニコル「やっぱアルでもそう思うんだ~。お花が咲いてるから肥料はあげてるんだけど、普通の分量なんだよ?」
フィ「…突然変異種かねえ。これを草原に植えたら、大繁殖しそうで逆に怖いね」
ヘルゲ「この鉢ではどうにも窮屈そうでな。植え替えるか草原へ持って行こうかと思っていた」
アル「なるほどねー、それもいいかも知れな…ふえ!?」
アルは驚いて、ニコルを…いや、ニコルの腹を見た。
アル「えっと…お友達を連れてかないでって聞こえたんですけど」
ヘルゲ「…は?」
アル「ニコル姉ちゃんのお腹にいる子から、お友達連れてかないでって、聞こえました…」
フィ「…なんと…ヘルゲ、インナさんの話を思い出さないかい?月白では動植物に作用する力を持った自然の体現者がいたという話だったね…」
アル「あー、言ってた!うあ、胎児の段階で植物を元気に育ててるってことかな??」
ニコル「そうなんだ~…でもチビちゃん、このままじゃおうちがデイジーだらけになっちゃうよお…少し手加減して?」
ニコルは困った顔で自分のお腹にいる子供へ声を掛ける。するとアルが「ありゃ、ショボンとしたけどわかったっぽいよ」と苦笑した。
結局鉢から溢れそうな株を少し分けて、アルとフィーネが草原へ植えてくれることになった。
…これは、迂闊にこの部屋へ植物は持ち込めないな。というかこの子が生まれたらパティオの植物が大繁殖してジャングルみたいにならないだろうか。
俺とニコルは暗黙の了解で、それ以降家の中へ植物を持ち込むのはやめた。