420 影に溶ける sideコンラート
デミへ透明化で入って、気配も残さず証拠獲りなんてのはよくある仕事だ。デミに巣食う犯罪者(犯罪者じゃないやつなんてほとんどいないけどよ)は、言っちゃなんだが程度が低いから何かあっても大抵こっちが勝つ。
そりゃそうだ、学舎なんぞとは無縁だし、魔法の訓練も何もなし。生きる為に身に着けた「デミでの生存術」がベースになった我流だからな。
まあ、だからと言ってナメるわけにもいかない。その我流には俺たちがスポーツ感覚で身に着けた甘い部分は微塵もない。逆にデミのやつらには効率の良い、研鑽された格闘術が身についていない。
だがデミで幅を利かせるマフィアには、きちんと学舎にも通ったけど何らかの理由でデミへ堕ちたやつもいる。バカしかいねえと思ったら大間違いだ。闇の世界で安定した悪徳をウリにできるなんてのは、頭の回転が速いやつがいねえと無理だからな。ま、そういうやつは大した体術なんてなくて、デミの護衛を持ってるわけだ。
そんな訳で、気を抜いて仕事できるわけでもないが楽勝なのがデミへの潜入。
普段は当然のように透明化して好きに内部を見るわけだが、今回は勝手が違う。俺はコンタクトレンズでオレンジの目を隠し、少し明るい茶色の目になってデミを徘徊する。幻影を使わないのは、イザって時に備えて接続枠を確保っつー意図だな。目的は例の使い捨て移動魔法の情報だ。
エレオノーラさんは優先度低めでいいってことだったがよ。えーと、まあ、なんつーかな。優先度高い仕事はとっくに終わってんだよ、俺たち。報告してねーだけっす、悪ィなエレオノーラさん。
俺がデミへ入り慣れてるんでこのミッションをやることになったんだがよ、アルマにもう少しでバカみたいなカッコさせられるとこだった。いや一回着せられて、「こんな派手な服でどうしろっつーんだ」と脱いできたんだがよ。シャツの左半分で二匹のドラゴンが絡んで死闘を演じてる絵がついてた。
何なんだ、あんなの着てたら「チンピラさんいらっしゃーい」と喧伝してるようなモンじゃねえか。だがアルマはそれでも満足そうに「一回着てくれただけでじゅうぶーん!また新作できたら持ってくるねコンラート兄さぁん」と言った。アルマはアレだな、カミルの嫁になってからまったく歯止めのきかねえ暗黒サイドへの傾倒っぷりだな。
まあ、そんなわけで俺はフツーのカッコでデミをうろついてる訳だが、まあスリと立ちんぼ娼婦とヨッパの大津波ってもんだ。子供のスリには見せ財布をスラせてやって、立ちんぼが近寄ってくれば「俺ァ贔屓の指名があるんでな」と躱し、ヨッパで気のいいやつなら軽く飲みに付き合って話を聞くし、バーテンのおっさんにチップ渡して「情報屋いねえか?」と聞いてみる。
何件目かのバーで「そこで飲んでるやつだ。おいトム!」と情報屋が網にひっかかった。アルに接続して見てたから、本物の情報屋なのは保障付ってのがラクだな。
フィーネに接続し直してトムとやらの正面の椅子へ腰かけた。もちろん斜めに座って、店内を見渡せる位置だ。「なんだ?」と警戒心露わに聞くこのトムはもちろん偽名。どうせ覗き屋トムから来てんだろ。
「よ、悪ィな飲んでる時によ。ギドとリドはどうしたか知ってるか」
「…アンタ、二人の仲間か」
「まさか」
俺がスッと紙幣を折りたたんで出すと、トムは何気なくそれを手の平へ隠してボソボソとしゃべり出す。
「…リドは殺しをしくじって死んだ。ギドは軍部に捕まったらしいって噂だ。誰も見てねえから信憑性は半分だがな」
「はん…なるほどな。俺ぁギドに貸しがあってよ、約束の場所にこねえから探してた。あいつ大金が入るアテがあるって言ってたくせによ…」
「ああ、『メギド』からの仕事だろ。難易度高い依頼なんて簡単に受けるからアホなんだ、あの兄弟は」
「んあ?メギドの仕事って…まさかあの殺しかよ、嘘だろ?あいつら如きで殺れるワケねーじゃんか」
「アンタ、何で知ってるんだ」
「俺にもオファーがあったからだよ。ンなの冗談じゃねえってケったけどな。だがやりやすいようにできる魔法を支給するって話だったから、一瞬グラっとしたわ。だがおかしいぜ、ギドへの貸しをチャラにできるようなギャラじゃなかったはずだ。何が大金だよ、あんにゃろう…」
「…ま、俺はわかるけどな」
トムの意味ありげな視線を受けて、俺は煙草のケースに丸めて入れてあった紙幣を本物の煙草と一緒に二本同時に勧めた。トムはジロリと俺を観察しながら二本とも引き抜いて口を開いた。
「お前、『ケイオス』のお抱えのやつら知ってるか」
「いンや、いるのは知ってるが誰も知り合いじゃねえよ」
「ふん…その中によ、移動魔法作れるやつがいる。カスパーっつう緑青のやつだ。使い勝手はいいが、一回で壊れちまう魔法だ…だがその魔石ワンセットで目玉が飛び出るような値段なんだよ。どうせギドのやつ、それを使わずに殺しをして濡れ手に粟とでも思ったんじゃね?だからシクるんだよ」
「っは~、なるほどな。しっかしメギドもヤキが回ったか?んな高価なもんをあの二人に渡したのかよ…どんなお人よしだ」
「まったくだな。ま、アンタには気の毒だが…ギドからの回収は諦めた方がいいんじゃねえか?」
「…だな。あんな阿呆に貸した俺がバカだったってこった。助かったぜ、これ以上あいつを探すムダ足踏まなくて済んだわ」
「まあそう気落ちしなさんな。アンタみたいな金払いのいい客なら歓迎だ。俺は大抵ここにいるからよ、知りたいことがあったら来いよ」
「プッハ、貸し倒れにあった俺への当てつけかァ?まあそん時ァよろしく頼むわ。またな」
バーを出てヒョイヒョイと歩き、また見せ財布をスられてやりながらデミを出て中心の噴水広場の方向へ歩く。
メギドね…これは黒にでも内偵させた方が良さそうだよな。ギドリドごときに移動魔法二セット渡すなんてよほど追い詰められてるか、本当の阿呆か。だが中堅とは言えマフィア組織一つ作ってんだからな、何か裏事情でもあるんか。
ケイオスは有名なんてもんじゃねえ。デミ・マーケットを事実上牛耳ってる元締め。この巨大すぎるマフィア組織があるから、デミはデミのまま存続してるようなもんだ。こいつにメスを入れるなんて大事業は、それこそ紫紺の長が一大決心して中央の街中を火の海にする覚悟じゃなきゃムリだ。
だからケイオスも引き際がわかってる。違法なものなら何でもござれのデミ・マーケットだが、廃人になるようなクスリは扱わない。子供の人身売買はしない。本気でヤバい魔法の取引はしない。ギリギリのラインで悪質な物品のオークションをするわけだ。
で、そのボーダーラインを越えた組織は俺らにツブされる、と。
もう店じまいしている職人街の濃い影でゲートを開き、俺はその影へ溶けるように帰還した。