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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
虹の輪舞曲
419/443

418 刺青の後始末 sideヘルゲ

  






ヨアキムがデミの彫師の所へ行き、少し時間が経ってからだった。Kleineクライネ Nachtナハトで刺青の男を監視していた藍は「えー!あ、やば~い!」と大声を出した後、ヨアキムの声で呟きながら俺たちを見た。



『みんな…たすけて…』



次の瞬間、藍はガクリと項垂れてから、ぽすんと倒れた。


アルが慌てて藍を抱き上げると、「回路が一個オーバーヒートしてる…大丈夫、すぐ直せるよ!」と言って修理し始めた。俺はコンシェルジュ端末に飛びつき、数秒前からの傍受内容を一気に読み取っていく。



泥酔してデミへ繰り出した刺青の男。

財布をスリ盗られた瞬間に撃ち出された指弾。

スッた子供を庇うように飛び出した眼鏡をかけた子供。

子供の出しているちゃちな結界を突き抜けた指弾は、子供の眼鏡を直撃した。


そして、変装したヨアキムが、偶然それを目の前で見ていた。

ヨアキムは変装が解けてしまうほど動揺し、幽鬼のような表情で男の喉を掴む。


男を地獄の責苦へ誘っている間じゅうずっと、ヨアキムの心は悲鳴を上げ続け、ヨアキムと繋がっていた藍はその負荷に耐えきれずオーバーヒートした。



これらをほぼ一瞬で読み取った俺は「全員俺と共鳴」と言った。皆もほぼタイムラグなしで何が起こったのか把握し、素早く透明化して現場へ行った。





刺青の男はとうに意識を手放していた。こいつは一応、今回の一連の出来事の糸口だ。情報を搾り取った後ならどうでもいいが、今はまだ死んでもらっては困る。


オスカーは「こいつ解毒掛けてから捕縛して死体置き場に入れておくよ」と言って猫の庭へ戻った。


フィーネはこのジンという子供の眼鏡用にレンズを作り直しながら「マナ・グラスがここまで頑丈だとはねえ…ヘルゲ、君の自重しない性格のおかげでヨアキムもこの子も救われたよ」とクスクス笑う。


俺は壊れやすい水晶レンズの破片で眼球が傷ついたなどという恐ろしい事故がおきないようにと思っただけだ。別に指弾を防げと思って作ったわけじゃないんだがな。




ヨアキムはまるで子供のように泣きじゃくり、スン、スン、としゃくりあげながら「みなさん、ありがとうございました」と言った。


全員が三々五々帰って行く背中を見送っているヨアキムは、とてもあの厄災の箱で黒い手を飼い慣らしていた男とは思えない。ここにいるのは「大切な者を失いそうになって取り乱した、ただの男」だった。


俺はヨアキムの背をポンと叩き「いつでも呼べ。俺たちがいる」と言ってから猫の庭へ戻った。







*****






アロ「さぁ~て…刺青の男、どうしよっか」


オスカー「まずは尋問だろ?イッタい感じで」


コン「ヨアキムがかなりストレスフルな拷問カマしてたからなー…どこなら刺して平気なのか見極めにくいな」


カミル「おいアロイス、お前何か自白させる方陣作れよ。お前が作るやつが一番イイ感じの機能になりそうじゃんか」


アロ「えぇ~?アルノルトに頼んだ方がいいに決まってるじゃないか…何その絶大な信頼感」


カイ「何でもいいからよ、早くあいつボコらせろ。ウチの変態天使をあんなに泣かせやがってよぉ…」


アルマ「ん~…自白剤ならあるけど、あれだけ痛めつけられてるとショック死するかもぉ」


ニコル「じゃあさ~、精霊に頼んでささくれ立ってる神経系だけ癒してみよっか?」


ユッテ「うっひょ、いいねー。アゲてオトす作戦!」


マリー「ねえ、あの弟の幻影出してみましょっか…何かウタうかもしれないわ」


フィ「おぉ、それはいい。ミッション幻獣再び、ですねえ。ではぼくもお手伝いして、精霊魔法で演出担当でもしましょう」




全員言いたいことを言って、草原にある臨時の死体置き場モルグへ歩いて行った。俺はと言えば、アルと一緒に藍たちのチェックだ。藍はヨアキムがいることに気付いてすぐさま接続したためオーバーヒートしたが、紅と翡翠も常時ヨアキムと情報共有している繋がりはある。


メンテナンス結果はオールグリーン。さすがアルだ、負荷がかかった回路だけではなく周辺の方陣もすべてクリーンアップされていて、申し分なしだった。





しばらくすると死体置き場モルグの方向から「ぎゃあああ」という悲鳴が聞こえてきた。…あいつら遮音結界もなしにボコったな、子供が怯えたらどうするんだ。


ナディヤの方を見て「おい、子供たちは大丈夫か?」と聞くとにこりと笑って「大丈夫よ、カイやカミルがアロイスに制裁を受けた時の悲鳴を聞いて育ってるんですもの。あれくらいで泣くような子はいないわ」と言った。


…俺たちはあまりいい子育て環境を提供できていないかもしれない。






*****





尋問を終えて戻ってきたやつらは、皆輝くような顔色になっていた。カイに至っては拳に付いた血も拭わずノシノシと入って来ようとしたのでナディヤに叱られている。


尋問でわかったことは、依頼主はデミのマフィアであいつらは下請けの捨て駒らしいということだった。そのマフィアはデミの中堅どころで、何で長を始末したかったのかはもちろん不明。


弟は軍用荷馬車の貨物に紛れて移動し、バーデン・ヴァルトで密かに下車。兄はそのまま北方砦への納品行程に従事。だが北方砦へあと少しで着くという時に弟が死んだことを刺青の機能で察知した。


兄は休憩時間に「暗殺成功率を上げるため」支給されていた移動魔法を使って弟の死体を奪還。すぐさま荷馬車へ戻ってこっそり死体を隠した。


ちなみにこの移動魔法は魔石二つでワンセットだ。つまりこの兄弟は2セット持っていたということだ。最初のワンセットは弟がマーカーとなる魔石を持ち、何かあったら兄が移動魔法で手伝うつもりで本体の魔石を持っていた。だが実際は弟がSOSを出す間もなく始末されただけだった。


そして兄はすぐに荷馬車へ戻ってくることができるように、荷馬車へ二つ目のマーカーを置いて温泉へ。これで短時間の長距離往復をした。




長を暗殺するために支給された移動魔法をなぜこんな場面で使ったのかと言うと、高価な移動魔法を二つも入手したので「移動魔法など使わずに暗殺を成功させて、移動魔法は売り飛ばそう」と思って、とってあったからだ。


しかし弟が殺されたということは遠からず自分の身元もバレてしまう可能性が高い。それで仕方なく移動魔法を使い切り、大金のアテもなくなって悔しがりながら北方砦へ納品に行く。


このまま中央へ戻ったらどんな制裁が待っていることやら、と戦々恐々としながら一週間の行程を経て復路でバーデン・ヴァルトへ到着。おとなしく仕事に従事していたのは、それでなくとも収入が怪しいのに、はした金でも報酬を受け取らなければと思ったから。


そして兄は、バーデン・ヴァルトで刺青から「ターゲット()に近い匂いのする人物」の信号を受け取った。それが、エルンストだった。依頼は失敗したが、エルンストを差し出すことで人質としての価値があると言い張り、制裁を免れようという浅知恵に巻き込まれたわけだ。





ヘルゲ「…ずいぶん事細かに内容がわかったもんだな?まあ、捨て駒だとは思っていたから重要な情報はないも同然だが…」


フィ「それがねえ…弟の幻影を出して精神防壁を脆くしてやろうと思ったんだがね」


マリー「アテが外れたっていうか、あの兄弟がゲスなことがわかっただけっていうかあ…」


ヘルゲ「なんだ?結局自白剤でも使ったのか」


アルマ「使ってないよォ?あのね、あの兄弟ってめちゃくちゃ仲が悪くてぇ~」


オスカー「呆れるよな、死んだ弟に向かって『お前のせいで大金がパァだ!』とか罵るしさあ」


アロ「要するにね、兄弟ゲンカ始めたんだよ、一方的に。だから自白剤だの魔法は一切ナシ。今言った内容、ぜーんぶ兄が弟に向かって文句垂れた内容だから」



兄がひとしきり弟へ罵声を浴びせた後で捕縛されたまま暴れたのでそれからは鉄拳制裁したのだそうだ。殺してはいないので、中佐へ報告してから黒へ弟の死体ともども引き渡した。


中佐は俺たちが別件で行ったミッションに偶然引っかかったという体裁を作って「そっちの手柄にしちまいな」とホデクへ渡し、俺たちへは「ヒマを見てデミの使い捨て移動魔法の使用状況と、今回の黒幕が判明すれば言うことなしだ。だがまあ…優先度は低くてかまわないよ」と言った。



これで懸念材料は特になくなったかと全員の気が緩んでいた時、キャリアーホールからスタスタと中佐が歩いて来た。そしてポカンと見ていた男全員の脳天にゲンコツを落としながら、叫んだ。



中佐「なんで!あんなに!口も!きけないほど!拷問済み!なんだい!この、バカ息子どもがあああああ!!」



…一番痛めつけたのはヨアキムだし、俺は尋問に参加していない…


ジンジンする頭を抱えてうずくまる俺たちを睥睨し、鼻息を荒くしたまま怪物婆は去って行った。








  

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