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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
虹の輪舞曲
416/443

415 望郷の彫師 sideヨアキム

  





その日の夜、猫の庭へ戻ってみて驚いてしまいました。エルンストさんが温泉地で攫われて、それを皆で救出したのだそうです。紅たちと繋がっているはずの私に何も情報が来なかったのは、アロイスさんとヘルゲさんが気を遣って「ヨアキムに心配させるほどのことじゃない」と紅たちへ情報共有をやめさせていたかららしいです。



ヨア「そんなあ、水くさいじゃないですかあー」


アロ「ごめんごめん。もちろんヨアキムは頼りにしてるけどさ。僕としてはそのデミの子の件も大事なことだと思ってるんだよ。それ、ヨアキムにしかできないでしょ?だからそっちを任せてるってことだよ」


ヘルゲ「そうムクれるなヨアキム。俺たちにはお前が必要だが、逆にお前がやりたいことをやる手伝いだってしたい。それくらいさせてくれてもいいだろう?」




…えーと。

なんでしょうね、随分と、その、照れくさいことを言われた気がします。思わず「それはその…そうですか、ありがとうございます…」と歯切れの悪い返事になってしまったじゃないですか。


エフン、コホン。

変な咳払いをしてしまいました。気を取り直しますよ。





エルンストさんはすっかり元気に目覚め、「いやはや、面目次第もございません。皆さんありがとうございました」とペコペコしていますね。


エルンストさんはユリウスさんと通信で「マナ固有紋が取れないか、ちょっと試してみますね」と話しながら振り向いた時、少し離れた場所にいたはずのグレーのTシャツの男がほぼ目の前に迫っていて「…マトに近い匂いがする」と言われたのだそうです。


次の瞬間には視界がブラックアウトし、気が付いたら猫の庭のベッドの中だった、と。


「的に近い匂い」って何でしょうね、温泉に入った後なのに失礼な男です。エルンストさんがたいしたケガもなく、無事に戻ってこれたのは良かったとして…攫うだなんて本当に腹立たしいですね。一応今回の件のあらましは知っておこうと思いまして、藍がナハトに入力していた内容を全て見させてもらいました。


うーん、なるほど。いつものミッションのようにキッチリとケリをつけようとしていないので、いろいろまだ不明の部分もありますけど。エルンストさんが無事だった以上はゆっくりやっても大丈夫、と。


…ところでこのデミの彫師「セルゲイ」って、今日会ったあのセルゲイさんですかね。金糸雀一族だし、まあ間違いないんでしょうけど。偶然って怖いですねえ…







***** ***** *****






夕方のひと稼ぎを無事に切り抜け、ギィたち三人が穴の中で寝入ったのを確認した私はデミの勢力分布でもわからないものかなと思って歩き出していました。朝から子供たちの行動を見ながらウロウロしていたので、なんとなーくですがブロックごとの特色がわかってきています。


一番大きなデミの中心にあるブロックは、フィーネさんたちが移動魔法を手に入れるために行ったというデミの闇市場を牛耳るマフィアが幅を利かせています。


あとはポツポツと中規模のマフィアだの犯罪グループだのがあり、分類するのもめんどくさいほどの「悪徳のるつぼ」でした。闇市場は当然人身売買もあるし、盗品売買もあるし、フィーネさんが求めたように禁忌とされている魔法も扱う。


といっても心理魔法の類はほぼ扱っていないようです。なぜかと言うと、デミの人間は魔法の訓練をしっかりやった者というのが極端に少ない。そんな人間が心理魔法という商品の真偽を見極めることは死に直結するからです。


偶然とは言え、そういう弊害があって本当によかったですよ。洗脳ブレインウォッシュが流出していたら、中央の街なんて簡単に落とせますからね。


しかしそこに目を付けたタンランの呪術師がデミへ入り込み、この国の心理魔法が手に入らないならウチの呪術を売るよ?ってことになって呪術版催眠ヒュプノが犯罪によく使われるようになったわけです。


まったく、金の匂いがする場所には蟲のように集ってくるやつらですね。抜け目がないというか、欲望に忠実というか。


まあ、そんなわけで犯罪グループにも得手不得手があるようです。このグループは人攫い専門とか、暗殺専門とか、窃盗専門とか、クスリの売買専門とか。それらを上手い具合にマフィアが使い、闇市場へ流す。潤ったマフィアは娼館で金を落とす。そんな風に、デミは回っている。







多少組織立ったとは言え、今も昔も決して無くならない闇の世界を普通に歩いてみようと思いました。もちろん、変装しますよ?ギィに言わせれば最初のあの日に会った私自身は「カモられて当然」と思うほど弱っちいノータリンという見た目だったらしいです。


ヒドイですよね…


ですので一生懸命思い出して、ヴェールマランの魔法師団長の姿にしたんですよ。彼は魔法も得意でしたが、鍛えられていて筋骨隆々でしたのでね。服装はほどほどに悪趣味なチンピラ風の服。すみませんね、師団長。でも下手に生きてる人の姿を借りたら後が大変ですから。


私は飲食ができませんので、酒場での情報収集ができないのがイタいですねー。かと言って娼館なんてもっと困ります。そうか、私ってばこの欲望まみれの区画に一番馴染めない体なんでした…!


これはウッカリです。何もせずにウロウロしている者ほど怪しいことはないですね。何か用事を探さなくっちゃ、なんて思っていた時でした。



男「おい、あんた!そこのド派手な龍虎のシャツ着たあんた!」


ヨア「…もしかして私ですか」


男「そうだよ!ちょ…ちょっと顔貸してくれ!」



何の御用でしょうね。行くのはかまわないんですが、今「ド派手」って言いませんでした?暗がりに溶け込もうと思って黒いシャツにしたんですが、背中の白と黄色の龍虎が目立ってしまったんですかね…失敗です。


その男に付いて行くと、ある建物の二階へ案内されました。普通なら「知らない人にノコノコ付いて行っちゃダメ」案件だとは思うんですが。この人、さっきから私の顔に目の焦点が合ってないことがあるんです。ベルが視えている可能性、大なんですよ。






その部屋には壁を埋め尽くすほどたくさんの絵の具がありました。それと、たくさんの針と消毒液の匂い。そして色んな図柄が書かれたスケッチブック。なんでしょう、絵描きさんのような、拷問屋さんのような。ずいぶんとピンポイントで私に目をつけてくれたものです。



男「あー…悪いな、呼び付けて。あのよ…あんた、何で紡ぐ喉があるんだ?それもそんな体からズレた位置で、祝詞もいける完璧な紡ぐ喉じゃねえか、男なのに…」


ヨア「ぶは…あはは、あなたは金糸雀一族の方なんですね。えーとですね、私が紡ぐ喉を持ってるわけじゃありません。私の守護霊がカナリアなんです。信じられないかもしれませんけど」


男「そんなことあるのか?守護霊なんて存在すんのかよお…いやいや、実際視えてるんだから信じないわけじゃねえよ。でもカナリアの守護霊なんて視るのも聞くのも初めてでさ…懐かしくて、つい声掛けちまったんだ」


ヨア「そうでしたか。長い間里へは帰ってないんですか?」


男「ん?ああ~…そうだな、かれこれ十年は帰ってない。まあ、帰れないってのが正しいけどよ。俺はセルゲイだ、よろしくな」


ヨア「これはご丁寧に。私はヨアキムです、よろしくお願いしますね」


セル「…あんた、軍人か商人なのか?こんな下手なスパイは見たことねえな、他のやつに絡まれる前にここから出た方がいいぞ?」


ヨア「あらら…スパイなんて大それたことはしてないですけど…デミの人間じゃないのはすぐわかるってことですね?」


セル「…スッとぼけてんなあ、あんた…その口調にその服。チグハグもいいとこだ、どこのいいトコの坊ちゃんだよ。あ、女でも買いに来たけどどうしていいのかわかんないのか?」


ヨア「セルゲイさん、何か自信も元気もなくなっちゃいますから、手加減してください…それに娼館へも用事はありませんよ」


セル「ふうん?まあいいけど。なあ、そのカナリアの守護霊って…歌えんのか?」


ヨア「ええ、もちろん。でもこんなところで歌ったら大変なことになっちゃいますよ」


セル「ま、マジか…ちょっと待ってろ!」



セルゲイさんは棚から一つ魔石を取り出すと、遮音の方陣を部屋に展開しました。…驚きですね、デミでこれだけの資材と魔法を持っているとは。この方はマフィアの庇護があるか、この方自身がデミで価値ありと周知されているんでしょうね。



ヨア「これはすごい。あなたはデミの実力者なのですか?よく強盗に遭いませんね」


セル「いや、実力者に飼われてるだけさ。この方陣の魔石に驚いたのか?これはな、俺の仕事上必要なんだよ。俺は彫師をやってる。だから痛みに弱いくせにタトゥ入れて箔を付けたいやつらが来るのさ。んで、そいつらがギャーギャー喚くとうるさいだろ?遮音の方陣がなきゃ、この部屋から出てけって言われちまう」


ヨア「あは、なるほど!ではベルが歌っても大丈夫ですねえ。どんな歌をお願いします?」


セル「リクエストしていいのかよ!?えっと…じゃあ、見送りの歌が、聞きたい…」


ヨア「…ベル、その歌わかります?」



そう聞くとベルはコクンと頷き、静かに歌い始めました。古代語ですから、セルゲイさんにはわからないと思うんですが…それでもメロディーが同じだったのか、『必ず帰っておいで、待ってるよ』『気を付けて、元気で頑張るんだよ』といった内容の歌を聞いて、セルゲイさんは「はは…ははは…」と笑いながら涙を流す。


さっき、セルゲイさんは「帰れない」と言っていました。きっと彫師としてのセルゲイさんの腕が代えがたく、彼をお抱えにしているデミの実力者を振り切って里へ帰ったら迷惑がかかるから、帰れない…そんなところ、なのでしょう。


「見送りの歌」が終わっても泣き止まないセルゲイさんに、ベルは『元気を出して』と歌い出しました。ベルも故郷を捨てて私に捕まってしまい、帰りたかったろうに帰れなかった子です。他人事とは、思えなかったのでしょうね。







私はセルゲイさんが落ち着いてくれるまでは静かにしていようと、周囲をなんとなく眺めていました。それでタトゥの図柄が描かれた開きっぱなしのスケッチブックを見て、不思議なことに気付きました。


マナが、宿っているんです。


その民族的な模様を意匠化した、鋭い鎌が組み合わさったようなデザインの中で、マナが光っているんです。これは、もしかして。



ヨア「…セルゲイさん、一つお聞きしたいことがあるんですが」


セル「ズズッ…ああ、悪い。つい懐かしくて、みっともねえとこ見せたな。何だ?」


ヨア「そのデザイン、もしかして魔法効果があるんですか?」


セル「あー、そっか。あんたなら視えてもおかしくないか。そうだよ、俺の彫るタトゥには魔法効果がある。腕力増強とか、脚力増強が一番多いかな」


ヨア「うわー…それはまた凄い。あ、なるほど…そういえば模様に魔法効果のある陶器店もありますもんねえ」


セル「ああ、あんたあの店のこと知ってんのか。まあ同じようなことだな。ただ、俺が好んでデザインするトライバルって模様は、どうも効果が攻撃的っつーかな。要するに、デミのやつらが欲しがるような効果ばっかりなんだ。あいつら魔法素養が薄いだろ?魔石持ってりゃすぐ盗まれる。だけどタトゥなら盗まれない上、勝手に微弱なマナだけで補助魔法が付与されるようなもんだ」


ヨア「そうでしたか。あなたが帰郷できないわけですね…」


セル「はは、自業自得さ。何も考えてなかったんだ、あの頃は。ただ、好きにデザインしてメシ食えるってのが嬉しくてさ、何も…考えてなかった」



セルゲイさんはとても寂しそうに笑いました。孤独っていうのは、どこにでも転がっていますね。理由も人の数だけあって、その一つ一つが、一人一人に突き刺さっている。違う理由なのに、孤独という痛い感情は皆同じだなんて。私たちは違うように見えて、やっぱり同じヒトとしての種なんですね…



ヨア「セルゲイさん。ええっと…私は本当にスパイとかじゃないんですが、デミという世界を見てみたいんです。でもお酒は飲めないし娼館にも興味はありませんし、不審人物丸出しになっちゃうんですよ…なので、セルゲイさんのところへタトゥを入れに来た客だってことにしてくれませんか?お礼にベルの歌をお聞かせしますし、必要なら料金も払いますので」


セル「なんだ、そんなことくらいお安いご用だ。もちろん金なんていらねえよ、いつでも来い。俺にとってはあんたの守護霊の歌は…何物にも代えがたい。ええっと、ベルってのか。良かったら…また、聞かせてくれよ」



ベルは機嫌のいい小鳥のようにさえずり、セルゲイさんも相好を崩します。彼と握手して別れ、私は背中の龍虎を消した黒いだけのシャツで穴の方向へ戻りました。







  

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