414 闇を駆ける子供 sideヨアキム
この週末、私は初めて早朝のデミへ足を運びました。ギィたちは午前三時頃までデミを徘徊し、酔っ払いの懐を狙うのだそうです。
そして朝六時頃までに一度起きて、子供たちが身を寄せ合うポイントで合流。道端で酔い潰れて寝ている者や、小競り合いの末に放置された死体などを漁り、日々の糧を得る。
その際に死体は軍部の詰所が見つけやすいように移動させたり、酔い潰れている者はデミの外へ引き摺って放り出したりする。
彼らはそれをやることで「掃除屋」と見なされ、ほんの少しお目こぼしをしてもらえるわけです。それで言うと死体の処理を押し付けられる軍部は、ていのいい処分場扱いですよね。
まぁ詰所の軍人も諦めているようで、死体はすぐに外壁の外へ出して墓地の片隅で火魔法による焼却処分をします。デミで死んだ者の身元を調べるなどというムダはせず、疫病を流行らせないようにする方が優先なわけです。
で、今日はなぜこんな時間に来たかといいますとね。やはりそろそろ、ジンが穴に入れなくなる日が近づいているんです。
短絡的に穴の入り口を広げるのは本末転倒です。小さな子供しか入れないというところに、あの穴の存在意義があるんですからね。
そんなわけで、話で聞いただけでは彼らが大人からどう扱われているのかがはっきりしないと考えまして。彼らの行動パターンを見学しようと思って、透明化してウロついています。
ん~、汚い所ですねぇ、まったく。子供たちは死体や酔っ払いを移動させますが、清掃するわけではありません。
流れた血や汚物がこの区画全域をベタベタに穢し、まるで足の裏に魂喰がこびりついて絡め取ろうとしているかのようです。
懐かしいと言えば懐かしいんですが、もうあの黒い褥は味わい尽くしましたので、私はお腹いっぱいです。
あぁ、もちろん比喩ですよ?ここ七百年ほどは食欲と無縁ですからね。
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歩いていると、ジンが数人の子供と酔っ払いを引き摺っているところに遭遇しました。ジンは小さくて非力な子供が多いところへ行っては力を貸し、僅かばかりの戦利品はその子供たちが漁るに任せています。
自分は何も獲らずにさりげなく周囲を警戒し、小さな子に恩を売るでもなく、終わると次の力仕事をしに行く。
たまに誰かがよろけて大人に「ジャマだクソガキ!」と蹴られそうになると、自分がよろけたフリをして結界を出しながらチンピラの蹴りを受けたりしていました。
…私がそうしろと言ったわけではありません。ましてやギィならば「ンなことしたって誰もありがたいなんて思わねーよ。バカが身代わりになった、ラッキーとしか感じねぇ」と言うでしょうね。
今までも、そんな風にしてケガしていたんでしょうか。眼鏡をしてからのジンは、以前とは比べ物にならないほど敏捷になっています。
避けようと思えばいくらでも避けられるのに。ジンはデミの子供としてはあり得ないほど人間らしい。
私は彼を、無駄死にさせるのはもったいないと、思いました。
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午前九時頃になると、子供たちはまたねぐらへ戻ります。お昼過ぎまで眠って回復し、またやって来る「夜の狂宴」の仕込みをする店からの廃棄物を漁るのです。
これくらいの時間はデミの大人が光を避けるように眠っていますから、子供たちも少し気を抜いて歩いて行動しますね。
ギィたちはこの午後の時間帯に穴へ戻って、魔法の訓練に当てていました。
主に食料や小金をなんとか調達してくるのはギィ。キキは非力ですが、体の小ささを活かして狭い場所にある物を見つけるのが得意です。もちろんジンも小さな子がいないところでは積極的に物資を探します。
そうして以前よりは収穫が少ないですが、レーションを大事に分け合って食べながらなんとか飢えを凌げるので、真面目に訓練していたんですね。特にキキは腕力は無理でも魔法の力で二人の助けになれるかもしれないと、一番真剣に訓練をしていました。
そして夕日が落ちかけた逢魔が時は子供たちの緊張感が最大値になります。まだ酔っていないデミの獣が、少し見目の良い子供を捕まえては人買いに売り飛ばそうと画策したり、自分の欲求を抵抗できない弱者で満たそうと舌なめずりする。
ですがこの時間帯は子供たちにとっての一攫千金のチャンスでもあります。まだ酒場で散財されていないポケットの中身があるかもしれないからです。しかしそれは命を懸けた、まさにハイリスク・ハイリターンの時間帯。
キキのようにどう考えてもリターンの可能性がゼロに近い子供はひたすら逃げ惑います。眼鏡をかける前のジンは視力の悪さと夕刻の幻惑されるような濃い建物の陰影に翻弄されて、よく捕まっては殴られていたようです。ギィだけはそこを駆け抜ける器用さがあったようで、時には殴られましたが大抵は何かしらの成果を持ち帰るのだとか。
そうして夕刻にひと稼ぎすると、またギィたちは穴へ戻ります。眠って体力を回復させ、次の稼ぎ時は酔っ払いが出現する深夜。
これが、彼らの一日でした。
…憤っても仕方ありません。義憤などというものが、彼らにどんな恩恵をもたらすというのでしょう。郷に入らば郷に従え。ですがこれは強い者におもねるべしという言葉ではないはず。彼らの流儀を尊重し、彼らなりの矜持を持ったまま、私はギィたちが生きられる道がないか模索したい。
ジンがどういう気持ちで小さな子を庇い始めたのか。
ギィがどんな気持ちでジンとキキを守りたいのか。
キキがどれほどの想いで強くなりたいと願っているのか。
これを本人たちに聞いてしまったら…私はきっと感情移入しすぎて暴走しそうなので、あえて聞きません。そうじゃないんです。私は…彼らがこの汚泥から芽を出して、どんな花を咲かすのか、実験で観察しているだけなんです。
ですので、私はその汚泥の成分も知らなければ研究考察の手落ちだと考えます。
…デミで幅を利かせている獣がどんな分布なのか、調査してみましょうね。