413 MVPは誰だ sideヘルゲ
ユッテが自動マッピングを展開すると、エルンストはやはり木箱の中にいた。下段の手前だ、座標もとれたが…気の毒にな、死体と一緒に詰め込まれているぞ。たぶんユッテのマナを感知はされていないが、刺青の男は何だか少し警戒しているような素振りもある。何を感じているんだ、コイツは。
ユッテ『うぅわ、かわいそ…早く出してあげようよ』
ヘルゲ「ヨアキムは…いまデミに行ってるのか。藍、クライネ・ナハトへの入力作業を頼む。アロイスはハイデマリーが戻ったら黒の捜査状況を聞いて藍に入力させてくれ。カイとオスカーはこっちの草原へ戻ってくれないか。エルンストと死体を引っ張り出す。アルマも戻って、エルンストの着替えを用意してやってくれ」
少し、考える。移動し続ける馬車にゲートを開くのは無理がある。取った座標は一瞬で過去の物になり、一秒後には何もない荒野でゲートが開いているというマヌケなことになるだろう。何とか馬車を止めないとな…
マリー「ただいまあ。黒の捜査はほぼ収穫ナシなんですって。長はやっぱり迎撃でいいって言ってただけあって、不明すぎる敵をこれ以上調査するようなことはさせてないみたいねえ」
アロ「なるほどね。うーん、こいつら捕縛して尋問したいところだけど…盗難届も出ていないってことは、この作業員が商会に秘密で動いてるってことかな」
ヘルゲ「…ハイデマリー。精密狙撃はいけるか」
マリー「んふん?いいけどお?」
ヘルゲ「狙いは馬車の引き棒だ。馬を傷付けたくないから、車体との連結部分を片方だけ撃ってほしい。どうだ?」
マリー「ん、了解。ユッテ、馬車が揺れると思うけど…あなたの目が必要なの。がんばってくれる…?」
ユッテ『まっかせてよ、マリー姉』
マリー「コンラート、車体を不可視の守護でソフトランディングさせてちょうだい。ユッテとエルンストにケガさせないで」
コン『おー、了解』
ヘルゲ「ハイデマリーが狙撃したら俺がゲートを開けるから速攻でエルンストを奪還するぞ、全員集中しろよ。ユッテはハイデマリーが狙う連結部分を視認、マーカーの役割をしろ。狙撃成功したら即座にエルンストのいる木箱の座標マーカー役だ。できるか」
ユッテ『はいよー、楽勝!』
ハイデマリーは悠然と現場へのゲートを開き、御者に見つからない死角を確保する。直線で考えればとても連結部分など狙えない角度だし、距離もある。傍から見ればハイデマリーは木々の間にただ佇んでいる女だ。だがカイと共鳴し、ユッテの座標と視野を体感しているハイデマリーはサード・アイを持っているも同然。
視線などで危機察知するユッテのような者がいる時、この方法はかなり有効だ。刺青の男の警戒具合を見て察したハイデマリーは、馬車など視界に入らない方向を向き、自然体で木にもたれかかっている。ちょっと警戒心が強い程度のやつでは、これを察知するのは不可能に近い。
マリー『行くわ。…3、2、1、…シュート』
通常のホーミングバレット型風魔法「鎌鼬」は、大規模魔法だから刃がいくつも飛んでしまう。だが狙撃の際、ハイデマリーはそんな雑なことをしない。ユッテの視線がある場所へ、連結部分のビスを目がけて、たった一つの凝縮された鎌鼬を放つ。
ヒュカッ
グラリと揺れた車体はバランスを崩し、右側だけを馬に牽かれていく。驚いた御者が馬をどうどうと言って宥め、なんとか振り落とされずに停止した。ビスが割れ、引き棒が外れているのを見て「あーあ、点検したのに…」とグチグチ言いながら中の二人に大丈夫か、今から修理すると伝えていた。
ユッテは車体が右の引き棒に引き摺られる遠心力を利用して屋根の縁を掴み、側転の要領で馬車の後部へ移動。小窓からエルンストのいる木箱を視認しようとして…背筋を駆け抜けるゾワリとした悪寒を感じてのけぞる。
小窓からは小さな鉄球のようなものが飛び出し、あやうくユッテは眉間にそれを食らうところだった。
ユッテ『ッヒュ~…指弾とか!こいつもやっぱ殺し屋かな。でもザーンネン』
即座に車体へ近寄っていたカミルとコンラートの闘気で、刺青の男は混乱し始めた。男の危機察知能力はそれほど高くはないようで、キョロキョロしつつ、相棒に怪しまれないように大胆な動きができないでいるようだった。
ユッテは指弾を避けた後は気配を極力消し、即座に俺たちへ木箱の座標を知らせていた。車体が止まって数秒後には、俺たちは猫の庭の草原へエルンストと死体を引き摺り出していた。
もちろん箱の内部へ直にゲートを開き、刺青の男には視認できていない。ついでに傍受スライムをいくつか馬車へ放り投げて、俺たちは全員現場を離脱した。
*****
エルンストは軽い手刀を食らって気絶していたようだったが、どこにも損傷はないとニコルが精霊でチェックした。袋に入った死体と一緒に放り込まれていたため念入りに清浄の魔法をかけ、アルマが用意したものに着替えさせてくれと言ってトビアスやユリウスたちに任せる。
…問題は、なぜエルンストが攫われたかなんだが。ユリウスにその時の会話を聞かせてもらったが、エルンストは別に無謀なことをしようとしたわけではなかった。ユリウスはうめき声をあげたエルンストに驚き、「命令だ、戻れ」と焦って叫んだからだ。
俺は傍受スライムの映像と音声をリアルタイムで藍に監視させ、カミルたちと一緒に死体の入った袋を開けた。コンラートは左側の鎖骨近くにある5cmほどの刺し傷を見て、「シュヴァルツらしい傷だな。ここから垂直に刃を入れれば心臓へ一直線だ。ナイフ使いがやったんだろうよ」と言った。
黒が身元を調べようとしたというのは本当のようで、防腐の方陣で腐敗を防いでいる。先週殺された男の死体がここまで綺麗なのはそのおかげだ。
ヘルゲ「こいつをどうするか。黒へ渡すにしても説明が面倒だな」
フィ「あの刺青男の身元を何とか洗ってみて、それからでもいいのでは?一時的に土魔法で死体置き場を作り、子供たちの目に触れないようにしなければね」
紅「ただいまでーす!北方砦コースの『味自慢商会』物流セクトの就業形態は御者1作業員2がスタンダードでっす。グレーのTシャツは制服というほどではありませんが、レーション納入業者のわかりやすい目印として定着しているので作業員に支給されるそうでーす」
翡翠「もどったよ~!彫師は金糸雀の元テキスタイルデザイナー『パーヴェル』とトライバルデザイナー『セルゲイ』がいましたぁ!パーヴェルは金糸雀の里でデザインのみを請け負っていて、セルゲイは中央でデザインと彫師を兼任してまーす」
フィ「おや…ではセルゲイが有力候補だね。中央のどこにいるかわかるかい?」
翡翠「それがぁ~、デミの中なのはわかるんだけど…さすがにそれ以上わかんなかったあ…」
ヘルゲ「そうか。やっぱりあの刺青の男、デミ出身なのかもしれんな。傍受スライムも入れたことだし…もう取り立てて緊急性のあるものはないな?」
フィ「そうだねえ。あの死体の処分はエレオノーラさんにでも後で相談しよう」
アロ「…あの極悪味のレーションにお似合いの色だね、Tシャツまで粘土色か…」
コン「落ち着け、アロイス」
エルンストがとりあえず無事に戻ったので、俺たちのスイッチはほぼオフになりつつある。これで真犯人がわかってもわからなくても、当面危険はなさそうだからな。
ナディヤが全員に飲み物を淹れてくれたので、俺たちは余計にリラックスしてソファで雑談し始めた。
アル&トビ「 … こ の 落 差 。 」
コン「んあ?どしたよお前ら。ナディヤのココアだぞ、飲まねぇのかアル」
アル「飲むよー、飲むけどさあ」
トビ「…確かにエルンストさんが無事に戻ってこれたのはいいけど、どうして襲われたのかわかんねえじゃんか」
ヘルゲ「あの馬車に傍受スライムを入れてある。リアルタイムで見させているし、中央であの男が馬車を降りたら追跡するようにしてあるからな。今は急ぐ必要もないだろう」
俺たちがまったりコーヒーを飲んでリラックスしているのが奇異に見えるらしく、アルとトビアスは呆れたような顔をしている。
俺たちは最近「秘密休暇」を作ることに慣れてきて、短時間でドカッとミッションを片付けてはのんびりするのがデフォルトになりつつある。
アロイスはあまりにその采配が順調なので「僕たちってその内に、普通の社会人としてはダメな感じになりそうだね」と妙な危機感を持っていた。
もしかして、俺たちはアルに「ダメな社会人」と思われているのか…?
俺がなんとなく「それは兄としてイヤだな…」とブツブツ言っていると、コンラートが「なんだヘルゲ、まだ何か気にかかることがあんのかよ?」と聞いてくる。
ヘルゲ「俺たちはダメな社会人かもしれん。アルとトビアスに呆れられている気がしないか」
コン「…バカじゃねえのかお前…と一蹴できねえのがつれぇな。確かに最近ダラけてる時間は多い」
カイ「なんだ?俺ら、ダラけすぎてるか?そうだな…俺、今日はひとつも暴れてねえ」
カミル「俺もだ。今日のMVPはユッテとハイデマリーだしな」
ヘルゲ「…グラオで一番働いているのは誰か決めるのはどうだ」
カイ「いいねぇ。キル数で決めようぜ!」
コン「それじゃ俺ら潜入メイン組が不利じゃねえか。選定基準は公平にしろよ」
カミル「キルの華麗さで芸術点入れろ」
コン「意味わかんねえ」
ヘルゲ「大規模魔法を出した回数」
コン「させねえよ?」
カイ「じゃあお前は何がいいんだよ!」
コン「グローブでの能力貸し出し回数」
全「シネ」
アル「兄ちゃんたちってさあ…きっと俺と同じで真剣に生きてるように見えにくいんだね。お互い苦労するよねー、がんばろうね」
俺たちはここ最近で一番の精神的打撃を受けた。