409 感覚派でごめんなさい sideアルノルト
バーデン・ヴァルトから戻ってきて、ようやく日々の仕事量は落ち着いてきた。トビアスはユニ研と兼任といいつつマギ言語研究室の忙しさでほとんど行けなかったから、今はそっちに集中してる。
一足先に仕事を覚えたパウラに助けてもらいながら、仲良く仕事してるんだってさ。いいなー、仕事中も彼女と一緒かあ。
俺は後回しになってたマザーの点検手順や、お母さんとテオさんが中心になって研究していた基幹システムの改良案についての考察を叩き込まれていた。
ヘルゲさんが倫理システムを書き換えているので、お母さんの野望の大部分はクリアできているらしいんだけど。そこで止まるわけがないのがお母さんなんだよねえ。一番重要な倫理システムはいいとして、いま悩んでいるのが行政システムと司法システム。
司法に関しては倫理システムからの影響が多大にあるので、もう少しその影響をしっかり見てからってことになってて。行政システムをもっと効率化できれば、国民の暮らしが良くなるだろうって思ってるんだって。
…そんなの中枢に任せればいいじゃーん、とか思ってたけど、要するにここがマザーの弊害というか何というか。細かい行政上の手続きとかをマザーにまるっと任せてるから中枢は「何をするか、どこへこの国を導くか」みたいなことを考えれば済むらしいんだよね。
これで七百年やってきてるから、今さら自分らでやれよってわけにいかない。なので、お母さんたちは中枢からの意見を取り入れつつ改良案を練っているんだそーです。かなり幅広い知識を持たなきゃいけないんだねー、お母さんたちスゲー、あははー…
仕事が終わるとフィーネを迎えに行きます。ミッションがあったり方陣研究室の出張がある時は移動用端末にメッセージを入れてくれるから、行き違いになることはないよ。今日は方陣研究室にいるから一緒に帰れるんだ。
アル「こんにちは~、おじゃましまーす!」
ファビ「アルノルト!こっちだ、こっちに来い!」
すっかり顔なじみになった方陣研究室の人たちに会釈して入ると、たいていフィーネより前にファビアン室長に呼ばれる。フィーネもわかってるので、苦笑しながら一緒に室長の机の前に来てくれる。
アル「なんですかぁ~、またアレですか?」
ファビ「くっそう、絶対に解読してやる…ここはズバリ…『分子間結合』だろう、そうだろう!」
アル「ぶっぶー、残念でしたぁ、違いまーす」
ファビ「ぬおおおお、だったらどうして普通の接着方陣よりも強力にくっつくんだ!おかしいじゃないかああ!」
アル「その強力接着の方陣は建築組合からの注文で作ったんだけどー…ガッチリくっつく接着方陣があると異素材で作るものの耐久力が上がるって言うからがんばったんだよー」
ファビ「フォルカーから聞いてはいたが…アルノルト、お前研究室でガッチリだのがんばった結果だの言っても始まらんぞ…そんなフンワリした言葉じゃなくてきちんと理論で説明せんかああ…」
アル「ファビアン室長も研究熱病者の素養バッチリなんだね…だからあ、いま答え言ったのに~…」
ファビ「何?いつ答えなど言ったんだ?」
アル「だからね、構文に『ガッチリくっついて離れるな』って入れたの。そしたらガッチリくっつく方陣ができたの」
ファビアン室長は口をあんぐり開けると、フィーネを見て、俺を指さして、「ほんとか?」と言った。フィーネはコクンと頷いて「ほんとです」と答えた。ファビアン室長は机に突っ伏して「俺の二日間は徒労だった…」と全身の力が抜けていた。
方陣研究室はマギ言語研究室から降りてきた方陣の研究や、一般に普及している方陣がどのように使われているかも調査する。方陣で事故があったらその危険性を解明して改良申請を出したりもするし、もっとこうすれば方陣のサイズダウンができるんじゃないか、と意見具申もする。
何でマギ言語研究室で研鑽しないかというと、俺たちはマギ言語でダイレクトに方陣を作るだけに暗号化後のサイズダウンにあまり頓着しない。目的を達成できる魔法を作るのが仕事なんだ。
でも方陣研究室は一般人にも使える便利で安全な魔法を普及させるのが仕事だから、マナの使用量を減らすためのサイズダウンや安全性を追求するし、工夫するための思考回路がフル回転してる。なのでマギ言語は知らないけれど、暗号化されたものでもなんとなく一般語で構文の内容がわかってしまう集団だ。
で、その室長がこうやって吠えてしまうのは…ひとえに俺のせい。
俺の作る構文ってお堅い語彙があまり入らないから、さっきみたいな「ガッチリくっつけ」って言葉が俺のイメージで入っちゃうんだよね。なので暗号化された方陣を見て、その内容がワケわかんなくて発狂してるんです。
ファビ「ほんっとにボニー爺さんの再来だな…爺さんもワケわからん構文で先代の室長を困らせてたからなあ…」
フィ「あぁ~、ぼくもボニファーツ氏の構文を見たことがありますが、確かに難解ですねえ」
アル「え、そう?ボニファーツさんの構文て、見てると何となく意図することがわかるじゃん」
ファビ「お前は黙ってろおおお…俺たちはそういう超感覚派の構文に振り回されてたらやっていけない部署なんだ…!」
アル「ありゃー…構文の翻訳文も、今度から一緒につけて方陣研究室に回せばいい?」
ファビ「そうしてくれ…その前に、お前が山ほど作った構文の解読もしなきゃいけないんだ。フィーネ、お前に任せていいか…わからないやつのリスト作って渡すから…」
フィ「ははは、了解ですよ室長。さて、ではそろそろ失礼しますね」
アル「お邪魔しました~」
ふい~、最近ファビアン室長に必ず捕まるんだよねー。フィーネと一緒だから構わないけどさ。そう思ってフィーネを見ると、ちょっと眠そうにくぁ、と小さなアクビをした。
アル「…フィーネ、疲れてるの?抱っこしてあげようか」
フィ「睡眠はしっかりとっているよ。それと眠そうだから抱っこというのは家でだけにしておくれよ…魔法部でまで公開処刑されたくはないね」
アル「むー…わかった。今日はお風呂にゆっくり浸かってね。後でマッサージもしてあげるからね」
フィ「…アルはマッサージするのが好きなのかい?君が疲れてしまうから、そこまでしなくてもいいよ」
アル「ダメです!フィーネに触れるチャンスは逃しません!」
フィ「…そうかい…」
俺はフィーネの審査に数度落っこちてまして、ハウスと待てができないダメ犬認定を受けそうになっていました。なので現在フィーネの制裁発動されていまして、週末までお預けなんです。つまらないです。触りたいです。
ヘルゲさんの極意はダメダメだったみたいで、オスカーさんにも「気持ちはわかるが、ヘルゲ兄は我慢なんてできないぞ。カイ兄とカミル兄と一緒に三バカってマリー姉とアロ兄に言われてるくらいなんだ。一番参考にしちゃいけない人だよ」と真剣に言われた。
なので俺は待てができるわんこ目指して、臨界ボーダーを上げる努力をしているわけです!ですので「ちょっと手加減、たくさんワガママ」作戦は破棄。現在は「いつでも触れるフィーネまみれの手加減生活」を目指してます。
…わおぉ~ん。