41 拗ねた黒くま sideニコル
窓からお日さまの光が入ってきて、少し眩しくて目が覚めた。
でもいつもの景色とは違っていて、一瞬ここがどこだかわからない。
とてもシンプルなベッドと、チェストと…顔のそばに「ロイ」と「ヘル」が見えてホッとする。
ああ、昨日は兄さんたちの家に泊まったんだっけ…
手早く身支度を済ませて、窓を開けるとさわやかな風が入ってきた。
ん~、気持ちいいお天気!
「ニコルー、もしかして起きたかな?」
「あ、はーい!おはよう、アロイス兄さん」
部屋のドアを開けると、エプロン姿のアロイス兄さんがおたまを持ったまま、キッチンから顔を覗かせてる。
「おっはよ、ニコル。ヘルゲとコンラートを起こしてくれるかな?朝ごはんがそろそろできるからね」
「うん、わかった!部屋に入っちゃっていいのかな?」
「いや、二人ともリビングで寝てるよ」
「え?そうなの?」
そーっとリビングに行くと。
一人掛けのソファで腕を組み、座ったままオットマンに長い脚を乗せて寝ているヘルゲ兄さん。
三人掛けのソファで、背もたれに片足をのっけて横になってるコンラート兄さん。
うーわ、お酒くさーい!!窓!窓開けないと!
というか、なんで二人ともすっごく眉間にシワ寄せてんのかなー
そんなに寝苦しかったら、ベッドで寝ればいいのに…
「ヘルゲ兄さん。ねえねえ、もう朝だよー、起きて!アロイス兄さんが朝ごはん作ってくれたよ」
ヘルゲ兄さんはうっすらと目を開けると、組んでいた腕をほどいて私を持ち上げ、そのまま横向きに膝の上へ座らされた…何してるのよおぉぉぉ。
「ヘルゲにーさーんっ何寝ぼけてるのよう、起きてぇ!!」
ゆさゆさと肩を揺さぶると、こんどはむぎゅーっと抱きしめられて、頭をなでなでしてくる。うわあああぁぁん!私はぬいぐるみではありませーん!
「…うー…おはよー、ニコルちゃん…なんだァ、ヘルゲにだけ大サービスだなァ」
「さーびすじゃありませんんん!助けてくださーい!ヘルゲ兄さん、寝ぼけてるのー!」
「いやあ、俺も命が惜しいんだよねぇ~。アロイス呼んでくるから、待ってなー」
大あくびをしながらのそのそっと起き上がると、ゆーっくりキッチンに向かうコンラート兄さん…
お願いです、スピード上げてください…っ
「…よし、起きるか」
「!? 起きてるじゃなーい!!」
ぼかすかとヘルゲ兄さんの背中を殴り、ダイニングへ押しながら向かう。
後でリビングの惨状をなんとかしないと…すごい酒瓶の数だったなー…
柔らかいロゼッタをポトフに浸しながら、なんだか病人食みたいな朝食を食べるヘルゲ兄さんとコンラート兄さん…
私だけ元気いっぱいで、アロイス兄さんは少しだけ疲れてるって感じ。
二人で甘いパネトーネも食べて、ベーコンサラダも平らげた。
「…二日酔い??って、こうなるの?」
「んー、ヘルゲが解毒の方陣使ってたから、二日酔いっていうより寝不足かもねえ」
「…解毒できるからってあんなに飲んだら、やっぱり体に悪いと思うなあ、私」
「まったくだね。おーい、二人とも聞いてる?」
びっくりするほどスローモーションにしか動かない二人は、ギギギ、と音がしそうなぎこちなさでこちらに顔を向けた。
「…お前、さっさと寝ただろうが」
「そうだ、お前ずりィぞ…」
「あんなの一回読んだら、あとは思索するに限る。君らはなんで羞恥に悶えながらもあれを眺めつつ会議なんてできるんだよ?僕はゴメンだね」
「好きで見てたんじゃねぇ!ヘルゲがいちいち『ここがおかしい』だの『こんなもの初等教育にならん』だのイチャモンつけっからだろ!」
「やかましい…俺はもう一度寝る…」
あらら…ヘルゲ兄さんが部屋に引っ込んじゃった…
「まったく、こんな天気のいい日にしょうがないねぇ。んじゃニコル、午前中は僕とデートでもしよっか。商店に新しいぬいぐるみも入ってたし、久しぶりに海を見に行ってもいいし」
「ほんと!?やったー!じゃあ、海行ってからぬいぐるみが見たいです!あ、あとアルマとユッテに髪飾りも見てあげたいなぁ」
「はいはい、ご随意に。そんじゃ、こことリビング片付けちゃおうかな」
アロイス兄さんと二人で片付け始めると、コンラート兄さんがふらりと立ち上がった。
「…アロイス、悪ぃ…きぼちわるいからシャワー貸して…」
「…風呂場で吐くなよ?」
「りょーかーい…水浴びたいだけだから…ダイジョブ…」
「さっき、ヘルゲ兄さんが解毒かけたって言ってなかった?」
「たぶんロクでもないこと言って、ヘルゲにレベルの低い解毒しかかけてもらえなかったんじゃないかな?」
やっぱり、お酒ってこわいですね…
この後アロイス兄さんと楽しくデートしてお昼前に戻ってきたら、完全復活したヘルゲ兄さんが盛大に拗ねてた。
…なんか、今朝からヘルゲ兄さんが黒くまモードのヒドいのになってる気がするなあ??
私がもっと小さかった頃みたいに、膝に乗せたりなでなでしたり…どうしたんだろ?
「はいはい、午後はヘルゲがニコルとたくさん話すといいよ。それでいいだろ?」
「当然だ」
アロイス兄さんからも特にお咎めなし…ん?これはアレかな?
「ヘルゲ兄さん、落ち込んでるでしょう」
「落ち込んでなどいない」
「落ち込んでる、でしょう?」
じーっと目を見る。見る。見る。
「…少しだけだ」
よし、勝った。
そうとわかれば、お話するだけだね。
私はアロイス兄さんに頼んで、お茶とパネトーネの残りをもらった。
ヘルゲ兄さんの隣に座って、じーっと、目を見る。
しぶしぶとヘルゲ兄さんが話すのを、私はただ聞くことにした。