405 アヒムさんの偽善 sideヨアキム
ヘルゲさんとフィーネさんにアヒムさんと話をさせてほしいとお願いしたのは、ギィと会った数日後のことです。あの外壁の穴についてはお二人にもきちんと報告しまして、軍として黙認しているのかを確認したかったのです。
でもヴァイスは街の警らに関っていませんので、現状どういう状態なのかはわかりません。当然、マザーにもそんな穴のことは何も記録がありませんでした。そりゃそうですよねえ、デミの子供の避難所だなどと正式に認めるわけもなければ、マザーに記録のある穴など、いつデミへ情報が抜けるかわかりません。
私たちは西地区の「黄金の小麦亭」でアヒムさんと会うことになりました。ヘルゲさんはコーヒー、フィーネさんは軽食を頼み、私もカモフラージュのためアイスティーをお願いしました。フィーネさんに後で飲んでいただきましょうね。
アヒム「待たせたな」
フィ「アヒムさん、お呼び立てして申し訳ないです」
アヒム「かまわん。デミのことだな?」
ヘルゲ「ああ、そうだ」
フィ「アヒムさん、彼をご紹介しますね。ぼくが緑青姓になったのはご報告したと思いますが、そちらの家族でヨアキムです」
ヨア「ヨアキム・緑青です。よろしくお願いいたします」
アヒム「アヒム・白縹だ。…デミの何を知りたい」
私は外壁の穴について話し、現状どういう扱いになっているか知りたいのだとお尋ねしました。するとアヒムさんは軽く息を吐き、「…まだ使われているんだな」と言いました。
やはりあの穴はアヒムさんが潜入時に開けたものなのは間違いなかったようです。当時、悪質な人身売買組織へ潜入していたアヒムさんは、計画の大詰めという時に一つのアクシデントに見舞われたのだとか。
それは子供をいたぶるのが趣味というマフィアの幹部が十数名もの注文を掛けてきた、というもの。その幹部は、人身売買組織のボスと共にアヒムさんのターゲットだった男でした。その男はクスリのルートを一つ敵対組織にツブされ、鬱憤を子供相手に晴らしたわけです。なので「消耗品の補充」をしようとした結果の、大量注文。
アヒムさんは究極の選択を迫られました。計画を遂行するならば大勢の子供を幹部へ納品するのを見逃さなければならない。子供の命を選択するならば、計画は練り直し。最低でもあと一年は機会を待たなければならない。
アヒムさんは、計画遂行を選びました。
…当然、ですよね。アヒムさんが潜入していた五年の間に死んだ子供は、今回納品される人数の数十倍に上ります。そして一年足踏みするなら、さらに増える。しかも軍は商品の子供を保護はしないのです。デミの子供は暴力が日常的なので、孤児院に入れると他の子供が暴力のはけ口になってしまうから。
アヒムさんは考えて考えて、あの壁に穴を開けました。納品される子供たちに、「二日間耐えろ、そして二日後に騒ぎが起こったら、この場所の壁に穴があるから逃げろ」と言ったそうです。
人身売買組織のボスの懐刀であるアヒムさんにそう言われても、子供たちは全く信用しませんでした。それでもアヒムさんには、それしかできることがなかった。
そして計画の大詰めを迎え、アヒムさんの手引きでシュヴァルツが人身売買組織を壊滅させることに成功しました。
アヒムさんとシュヴァルツはもう一人のターゲットの家へ踏み込み、マフィアの幹部を始末しました。ですが二日前に納品された子供たちのうち数人は既に死亡していたそうです。残った子供たちの足には鎖が付いていて、目には何も宿っていない。アヒムさんは鎖を外し、もう一度言いました。
「この場所に、穴があいている。壁に手をつけて走れ。穴を見つけたら飛び込め。…生きろ」
もうアヒムさんはそれ以上何も言わず、振り返らず、立ち去りました。彼が言うには「何も言えず、振り返ることもできず、逃げるように立ち去った」とのことでしたが。
そうです、彼も私と同じ。同じ罪悪感を抱え、子供たちへ赦しを請うことは許可されない大罪人となって計画を遂行した。あの穴のことは軍へ報告していないのだそうです。たまにこっそり見に来ては偽装が解けていないか、穴が外へ繋がっているかの確認だけしていたそうで。
私は彼に深く頭を下げ、「話してくださって、ありがとうございます」と言いました。
アヒムさんにデミのことを他にも少々お聞きし、私は必要な情報を得てヘルゲさんたちと猫の庭へ戻りました。
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ヘルゲ「ヨアキム、それで…どうしたいんだ?」
ヨア「んーと、まずはギィにもう一度会いたいですね。そして彼らに一番足りないものを少しだけ差し上げようかと。うまくいくかわかりませんが」
フィ「ヨアキム、グローブと翼で十分防御はできると思うが…くれぐれも気を付けておくれよ。甘い所ではないよ?」
ヨア「ふふ、心配してくださってありがとうございます。せっかくギィが偽善者だと私を看破してくれたので…おせっかいしに行って参ります」
ヘルゲ「必要なものがあれば言え。すぐに用意する」
ヨア「はい、よろしくお願いしますね」
ヘルゲさんとフィーネさんは私の意志を尊重してくださり、きっとやめさせたいのに黙って協力してくれます。ですので私もいくつもの安全策について三人で話し合い、なるべくお二人に心配をかけないようにしました。
そして私は、その日の夜にデミへ向かったのです。